オレ、白魔法使いになります!

「あー、疲れ――うぐぅっ!?」

「……何やってんだお前」

 板を張り合わせた簡易ベッドにダイブしたオレは、何も敷いてないお硬いそれに強度勝負で負け、無様に丸くなった。

 まさかこんなにも硬いとは……この身体って、ほんと撃たれ弱いな。

 華奢で肉付きも良くないこの体は、衝撃から体を守る物が全くない。その分男の時と同じ感覚で動けるのは良いのだが、果たしてそれは女性としていかがなものか。


 オレは衝撃のしびれが薄くなってきたのを見計らい、体を起こしてベッドに腰を下ろす姿勢へ変えた。

「いてて……それにしても、良かったな。後一部屋だった個室を、滑り込みで取ることが出来て!」


 今オレたちがいるのは、ファーフォルトにある教会の一室だ。門番の人に言われたように、この教会は外からくる冒険者に対して、宿のような役割も担っていた。と言っても、貸し出してくれるのは寝る場所くらいで、食事もなければ寝具のようなものも自前で用意する必要がある。何なら、基本は大広間に雑魚寝させてもらえるだけらしい。

 その中でも、今回オレたちが小さいとはいえ部屋を充てられたのは、オレのおかげと言っても過言ではない。


「それにしても驚いたよ! オレに白魔法の才能があったなんて!」

 思わずオレの声は弾んだものになった。


 白魔法というのは、回復、浄化、支援といった人々を癒したり助けたりする魔術が特徴で、主に教会の関係者に術者が多い。詳しいことはよくわからないが、神の慈悲や恩恵を授かる魔術と言われていて、大気や自分の有する魔力を用いて発動させる魔術とは区別されるという。だから、白魔法……魔術ではなく魔法と呼ぶのが正しいのだとか。

 魔力や魔力を感知する感覚さえあれば、比較的誰でも習得できる魔術とは違って、白魔法ははっきりと使える人と使えない人とに別れるらしい。それは神に愛されているか否かで決まり、敬虔な神の使徒のみが扱える人知を超えた寵愛……とかなんとか、先ほど興奮気味にこの教会の修道士の方が語ってくれた。言うほど敬虔でもないオレが使える時点で、眉唾だけども。とは言え、はっきりと使える人使えない人が別れるのは確からしい。例えばソータは、白魔法の才能はないと、先ほど修道士に断言されたばかりだ。


「オレに感謝しろよ? オレに白魔法の才能があったから、教会の人がここを貸してくれたんだからな!」

 オレは得意げになって、片腕を広げ高らかに主張する。オレの白魔法の素質を見抜いた教会の人が、オレのことを見習い修道士として見てくれた。そのおかげで、こうして修道士用の小部屋を貸してくれたわけだ。長くなったが、オレのおかげというのはそういう理由である。


 そんなオレに対してソータは、出入り口に近い壁際に寄り掛かりながら、鼻で笑ってきた。

「今まで散々ぴーぴー泣いて迷惑かけてきたんだから、つけを払っただけだろ」

「そんなぴーぴー泣いてないだろ!? 素直に感謝すればいいのに、可愛げのないやつだなぁ!」

「大の男に可愛げも何もないだろ……」

 やれやれといった様子で、ソータはオレが背負っていたリュックにくくられていた外套に手を伸ばした。

 それを見て、オレは首をかしげる。


「どこか行くのか?」

「町で情報を掴んでくる。ここがどのあたりなのか知る必要があるし、長旅になるなら、物資の確保もしておかないといけないからな」

「え、じゃあオレも行くよ」

 先ほどはソータに感謝しろと豪語したが。ソータに多大な迷惑をかけているという自覚はあった。だからこそ、オレにも出来そうなことは手伝おうと思ったのだが。

「お前はここにいろ。自覚があるか知らんが、旅に慣れていない中で強行軍だったから、相当疲労がたまっているはずだ。急に倒れられても困るから、今は休んどけ。何なら、その白魔法とやらを修道士に教えてもらってきたらどうだ?」

 しかしオレの提案はぴしゃりと拒否されてしまった。その理由がオレの疲労を鑑みてというところが、更にいたたまれない。


「……お前は? お前だって、疲れたまってるんじゃないのか?」

 むしろこの道中、周囲への警戒や獣の対応など、すべてソータがこなしていた。朝はオレが起きる前には活動していたし、夜もオレの方が先に寝付くせいで、ソータが眠りについた場面を見たことが無い。一応寝ているとは思うのだが……。

 逆にオレが手伝ったのは、道中の食事当番くらいだ。仕事量的には全然均等ではない。オレだってかなり疲労がたまっていると自覚はあるが、ソータのそれはオレの比じゃないと思われる。しかしソータはそのような態度をおくびにも出さない。

「俺はお前と違って旅に慣れているからな。別に大したことじゃねえよ」

「あ、おい――」

 そう言ってソータはさっさと部屋を後にしていった。オレは声をかけようと中途半端に伸ばしていた腕を、ゆっくりと下す。


「……やっぱオレ、ソータにとってただの荷物になってるのかな……?」


 もしソータ一人だけだったら、あの森から町まで来るのも大してかからなかっただろう。時間がかかった理由の大半が、オレの体力が持たなかったせいで足を止める時間が多かったからなのだから。オレの準備した荷物だって、大半が役に立たないものだったし、物資だって彼一人分だけでなくオレの分も用意しなければならない。

 自覚はある。明らかにオレはソータの足を引っ張っているだろう。


「……何とかしなきゃいけないよな」


 ここがどのあたりなのか分からないが。門番の人の反応を見るに、オルエナに戻ろうとするとかなりの長旅になるだろう。その間ずっとソータにおんぶにだっこだと、同じ男として……少なくとも精神的には……やはり悔しいという思いがある。

「オレが求めてるのは、ただの腰巾着じゃなくて、頼れる相棒! みたいな間柄なんだ」

 それこそ勇者の伝記に描かれるような、お互いの背中を預けられる漢気溢れる感じの関係が望ましい。オレは昔からそう言ったお話が大好きだった。

 だからこそ、オレはソータと肩を並べられるだけの何かを得る必要がある。


「……そうだよな。うじうじ悩むより、出来ることを考えた方が良いよな!」

 改めて口に出したことが功を奏したのか、オレは疲れも相まって沈みかけていた気分が浮ついてくるのを感じた。何なら、今から色々出来そうなほど元気が湧いてくる。


 そんな時、こんこんと扉をたたく音が聞こえた。教会の人かなと思い声をかけると、思った通り修道服を着た年上の女性の人が、扉を開けて入ってきた。手にはお盆があり、その上にはほんのり湯気を立てるカップが二つ乗っている。

「お茶をお持ちしましたけど……お連れの方はご不在ですか?」

「ありがとうございます! あいつなら、ついさっき外に出ていきました。情報が欲しいとかなんとかで」

「そうでしたか。先ほどと言うことは……直ぐにはお戻りになりそうにないですね。片方は下げておきますね」

「ああ大丈夫ですよ。置いててもらえれば、オレがどっちも飲みますから!」

「沢山歩いて喉乾いてますし」と言うと、女性は小さくほほ笑みオレにカップを手渡してきた。そしてもう片方を、近くのテーブルに置く。


「あ、あのっ、ちょっと聞いてもいいですか」

 女性は飲み物だけ提供しにきたのか、その後部屋を後にしようとした。

 オレは慌てて女性を呼び止める。

「ここって、なんの神様をお祀りしてるんですか?」

 すると女性はきょとんとした顔をした。

「うちの教会でお祀りしていますのは、レレイア様ですが……もしかして異国からいらした方ですか?」

「あ、はい。実はオルエナの方から来てまして……」

「まあ! オルエナって、オルエンランドの聖都オルエナですか? オルエナ様のご加護を頂戴している」

 すると女性はお盆を小脇に抱えると、ぱんと嬉しそうに手を叩いた。

「そうです! その、色々な神様に興味があって……あの、レレイア様ということは、このあたりはレイテンシア王国になるんですか?」


 レレイアと言うのは、聖水の神様と言われ、水にまつわる恩恵を授ける水の女神様である。詳しい教義などは知らないが、そのレレイアを国の神として崇めているのが、東の大国レイテンシア王国だということは知っていた。

 オレの知識は正しかったのか、女性は「はい」と朗らかに頷いた。

「ここは西端になりますが、レイテンシア王国に属しますね。遠いところから、よくお越し下さました。大変だったでしょう」

「あー……そ、そうですね。仲間はともかく、オレはあまり旅に慣れていなかったので、へとへとですよ。ははは……」

 オレは乾いた笑みを浮かべながら、女性からもたらされた情報に内心驚きが隠せなかった。


 レイテンシア王国って……大陸挟んでほぼ反対側じゃないか!


 大陸地図を見てみると、東端と西端を担うのが、それぞれレイテンシア王国とオルエンランドであることがわかる。その距離は気が遠くなるほどで、馬車で一体何日……いや、何十日かかるのか想像もできない。その距離をオレたちは転送魔術で運ばれたということか。

 オレはそのなかなか受け入れがたい現実にくらくらしつつも、辛うじて声をかけた本来の目的を思い出す。


「あのオレ、オルエナ教徒で……まああまり敬虔な方じゃないけど、白魔法を覚えたいんですが……。異教徒でも教えてもらうことって出来ますか!?」

 すると女性は目を丸くして固まった。


 ……あれ、もしかしてオレまずいことを言ったかな!?


 オルエナ教徒が異なる神であるレレイア様を祀る教会で白魔法の教えを乞うという場面が、かなり場違いであることは薄々オレも感じている。敬虔な信徒のみが扱えるらしい魔法を、まさか異教から学ぶなんてどういう了見だ、敬虔とはなんだ敬虔とは……と言ったところだろうか。

 女性の反応が芳しくないので、オレはびくびくしながら女性の次の言葉を待つ。果たして彼女は一体何を思っているのだろう――




「――素晴らしい心意気です!」




 オレが緊張で小さくつばを飲み込んでいると。不意に女性は嬉しそうにそう口にすると、オレの両手を取った。

「是非とも学んでいってください。基礎の白魔法でしたら、信仰する神に関係なく使用することが出来ますから、大丈夫です」


「ず、随分と嬉しそうですね……?」

 女性の勢いに気圧され、思わず口からそう漏れる。しかし女性は意に介した様子はなく、むしろ力強く頷いた。

「ええ。近頃は白魔法を習得しようとする人がほとんどいなかったもので。こうして若い方が同じく救済の道を歩んでくださることが、嬉しいのです」

「救済……?」

 おうむ返しに呟くと、女性は「ええ」と口にすると、きゅっとオレの手に込める力を強くした。

「相手を攻撃したり、壊したりすることを目的とした黒魔術とは異なり、白魔法は癒しや浄化などを有します。その本質は、苦しむ人々を助けたいという慈悲の思い……人々に救済を与えることを切に願う、貴き精神なのです。貴女も、どなたかを助けたいと思って学びたいと思ったのでしょう?」

 優しい表情でそのように問いかけてきた女性に、オレは若干気後れしながらも少し考える。


 確かにオレが白魔法を学びたいと考えたのは、ソータの助けになりたいと考えたのも理由にある。まあそれはあくまで理由の一部分であり、大半は足手まといになるのが嫌だという自尊心と、魔法が使えたらカッコいいなという子供じみた憧れである。ソータへの手助けは、どちらかというと自尊心の延長で生まれたもので、もののついでである。

 だが、流石にここまで嬉しそうに語ってくれる女性に対し、そんな水を差すようなことは言えない。オレは愛想笑いを浮かべながら、どっちつかずな反応を返すことしか出来なかった。


「そうと決まれば、今から大丈夫でしょうか。白魔法についてご教示させていただこうと思います。久々の教えを乞う信徒なので、気合を入れてお教え差し上げますね!」

 その後、気合の入った様子で付いてきてほしいと言う女性に、オレはテンションの差を感じながらもおずおずと付いていった。

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