さしあたっての目標は

「え、えええーーーーー!?」


 オレは仰天しながら、再度股間に触れる。やっぱりそこには雄々しい……とオレは思っている……息子さんの感触はなく、すっきりと更地になっていることが分かった。

「お、オレ、女の子になってる!?」

 女の子ならば、あの華奢な四肢も可愛らしいソプラノボイスも納得できる。オレ好みの美少女なのもポイントが高い。

 そうではなくて。

「な、なななんでこんなことになってるの!?」

 もしかして見間違いかと何度も水面を眺めてみたり、自分の腕を眺めてみたり、頬をつねってみたりしたが、そのどれもが今の状況は冗談ではないことを示してくる。

 全く意味が分からないが、今のオレは本当に女の子になってしまっているらしい。

 全く、意味が、分からないが!


「――その様子じゃ、お前が意図してなった……ってわけじゃなさそうだな」

 とそこで、オレの騒ぎを聞きつけたのかソータが姿を現した。オレは彼の姿をみるや、掴みかかる勢いで近づく。


「なあソータっ。これは一体どういうことなんだ!? 何でオレは女の子になってるの!? この子は一体誰なんだ!?」

「いっぺんに聞くな! それは俺が聞きたいわ」

 オレの今生最大とも言っていいほどの焦りっぷりとは裏腹に、ソータはあまり動揺していなさそうだ。

 もしかしたら、こいつは何か知っているのだろうか。それともただの他人事だからか。


「……ちなみに聞くが。実はお前、変身とかそういう魔術が元から使えた、なんてことはないよな?」

 確認とばかりに、ソータがそう問いかけてきたが。オレは全力で首を横に振った。

「あるわけないだろ! そんなすごい魔術が使えたら、今頃オレは剣士じゃなくて魔術師を目指してるよ!」

「……まあ、そうだわな」

「じゃあ、もう一つ聞くが」とソータは軽くオレを指さしてきた。

「お前、その姿になる直前のこと、どれくらい覚えてる?」


 オレは眉をひそめ、勢いのまま口を開く。

「はぁ? そりゃ覚えてるよ。あんな衝撃的なこと、忘れるもんか。遺跡の奥の、水晶が光ってる場所について、そこに銀色の長い髪をした女の子が剣を突き立てられてて――」


 ……銀色の長い髪をした女の子?


 そこまで自分で口にしたところで、オレはばっと近くの水面に目線を落とした。

 そこには先ほど見えたのと変わらず、戸惑いの表情を浮かべるオレの姿がある。

 指通りの良さそうな銀色の長い髪を垂らし、白いドレスのようなワンピースを着込んだ、異国情緒あふれる少女だ。

 オレは翡翠色の目を大きく見開いて、愕然とする。


「……あの場所にいた女の子だ」


 僅かな時間しか拝めていないが、特徴的な姿をしているあの少女のことは目に焼き付いていた。改めて冷静に確認すると、水面に映る姿は、記憶の中にある少女のものそっくりであった。

「え、でも――」

 オレは戸惑いながら自身の胸元に手を当てる。そこにはさらりとした服の感触と、男の時にはない不思議な柔らかい感触がある。

 あの時見た、深々と剣が突き刺さっていたであろう穴は、そこには一切なかった。


「あんなぐっさり剣が突き立ってたのに、なんで無傷なんだ……?」

 普通に考えて、胸に剣が突き刺さるなんて致命傷だ。あの少女がいつからあのような状況だったのか分からないが、とっくのとうに死んでしまっているはずだ。なのに、何故か今こうしてオレの体として普通に動いている。

 そう、オレの動かす身体として。

「――というか、なんでオレはこの子の体になってるんだ?」

 もしかしたら、あの見えていた剣は幻影だったのかもしれない……そのように考えれば、無傷で動いているというのもまあ分からなくはない。けれど、オレの体が男の時から少女のそれに代わっている理由は、全く理解できない。夢でした、なんてオチくらいしか思いつかないが……残念ながらたちの悪い夢を見ているわけでもなさそう。


「そのことなんだが」

 オレがぺたぺたと自分の……少女の顔を何気なしに触っていると、ふとソータが悩まし気に腕を組み口を開いた。

「お前が意識を失った後、元のその体の持ち主と話す時間があってな。『使命を果たす間は、体を借りたい』とそいつは言っていた。意味はよく分かんねえけどな」

「体を……借りる? それじゃあオレの体には、オレの代わりにこの女の子が入ってるってこと? そんなこと、できるもんなのか?」

 オレはソータの言葉に首をかしげる。


 体を入れ替えるということが、実際何をしたうえで成り立っているのかは分からないが。少なくとも脳を入れ替えるとか、そんな有り得ないやり方ではないと思う。逆にそれだったら怖すぎる。……ないよな?

 ではなく、このようなことが出来るとしたら魔術の力なのだとは思うが。オレは魔術に詳しくないのでよくわからない。けれど、こちらも先の直接脳を入れ替えるみたいな、一種の有り得ない話だという感覚は何となくある。

 それはソータも同じなのか、この体の本来の持ち主と話が出来たという彼も、あまり納得した様子ではなかった。


「俺はそんな話を聞いたことはないが、出来るらしいぞ。実際、お前とあの少女が入れ替わったのも、魔術だと言っていた。『魂魄置換の術』……と言っていたが」

「こん……なんて?」

「魂魄置換だ。……まあその名の通りなら、魂とか体を入れ替える術なんだろうな」

「……そんな術があるんだな」

 オレが知らないだけで、世界にはそのような術があるらしい。ただ聞かされただけでは、オレも鼻で笑ってしまうだろうが。……今はそれが冗談ではないことを文字通り体感しているので、文句も言えない。そういうものだと、現実がぶん殴ってくる。

 それはそれとして。


「……いや、何かすごい術のせいで体が入れ替わったっていうのは分かったけどさ。何でオレは体を入れ替えられたの!? その使命ってなんだよ!」


 そこがオレの一番の憤慨ポイントだ。オレはこの十六年男の体で男として生きてきた生粋の野郎だ。それがいきなり説明もなしに体を女の子に変えられて、非常に戸惑っている。女の子の生活なんて考えられないし、自分がそこに染まるのも全く想像できない。周りから奇異な目で見られそうなのもお断りだ。平凡な見た目で全くモテなかったが、それでもオレは男のままが良い。モテなくて悪かったな。


 オレが可愛らしい声を荒げて主張するも。対してソータはひどくなげやりだった。

「そこまでは語らなかったな。見ず知らずの野郎と体を入れ替える必要があった、その御大層な使命とやらは。想像もつかねえしな」

「そこまで聞いたなら、聞いとけよ! 大事なことだろ!?」

「のうのうとただ転がってただけのお前が偉そうに言うな!」

 ソータも少女から理由までは聞けなかったらしく、オレの言葉に色よい返答をしてくれなかった。オレはぐっとこぶしを握り地団太を踏む。


「あーもう! こうなったら直接聞くしかないな! そんでもって、体もちゃんと元に戻してもらわないと困る!」


 このまま美少女アリエルで過ごすということは、オレにはできそうにない。このままでは、女の子ときゃっきゃうふふすることもできないじゃないか。いや出来るのかもしれないが、オレの望む形ではない。

「取り敢えず、早くオレの体を操ってるその子のもとに行こう! ソータ、その子が何処に行ったか分かる? 走れば追いつくかな?」

 意思を固めて早速、オレは逸る気持ちを抑えられずにソータを問い詰める。するとソータは「……生憎だが」と肩をすぼめた。

「それは難しいだろうな。どれだけ時間が経ったのか、俺自身にもわかんねえ。何なら――」

 そこで言葉を区切ったソータ。そして次につなげた言葉に、オレは悲鳴を上げることになる。



「……俺たちが今どこにいるのかすら、分からないしな」







 目が覚めたら見知らぬ森の中。その上女の子になっていて、大層混乱したけれど。ソータがいてくれて、変わらない態度で接してくれて。改めて思えば、相当救われたんだと思う。オレ一人だったら、訳の分からないまま、絶対途中で野たれ死んでたよ。このときからもう、オレはソータにお世話になりっぱなしだったな。

 色々なところに廻ったけれど、その中でもあそこは特に記憶に残ってる。滞在時間こそ短かったけど、何せオレの戦い方が初めて分かったところだし。それに……『今のオレ』とソータの冒険が始まったのも、ここからだったじゃないか。


 ○○―西部辺境の町『ファーフォルト』




「おおっ、なんか町みたいなの見えてきた!」

 オレはようやく森が開け、平原の先に人の営みがありそうな光景を目にして思わず高めの声を上げた。


 ソータの爆弾発言を耳にしてから、はや数日。オレたちは今自分たちが何処にいるのかすら分からない状態で、森の中を彷徨うこととなった。ソータの推測では、若干気温が低く木々の植生が異なることから、ここはそもそもオルエンランド内ではないかもとのことだ。調査した遺跡は、オルエンランドの中央あたりに位置するため、隣の国でも相当な距離がある。一体どうしてそんなことになっているんだとオレが喚くと、やはりそれもこの体の元の主のせいだとソータは言っていた。恐らく転送魔術であろうことも。


 身体を入れ替えるだけじゃなく、よく分からないところに許可なく飛ばすなんて、とんでもないやつだ!


 オレの怒りをさらに買った犯人をとっちめるべく、まずオレたちは聖都オルエナに戻ることを目標とした。そのためには、まずここが何処なのか把握する必要があるし、遠いのなら移動手段も考える必要がある。

 そして兎にも角にも、今いるこの森を抜ける必要があった。


 慣れない野宿と一緒に付いてきた大荷物にひいひい言いながら、野生の獣に襲われソータに迷惑をかけながら、オレたちはついに町を見つけたのだ。

 オレは体がへとへとなのも忘れて、平原を町目指して走り出す。近づくにつれ段々と、その町の雰囲気が感じ取れるようになってきた。


 規模的には、村ではなく町と言ってもいいだろう。平屋の建物が多いが、ところどころ背の高い建物も見て取れる。周囲には広く畑が広がっており、すぐ傍を流れる川には、小さな桟橋と小ぶりな木船が止まっていた。お昼前であることもあって、家々の煙突からは白い湯気のようなものが噴き出ている。まるで周囲の村のまとめ役でもあった、実家の村の隣町みたいな雰囲気だ。自然の光景をだいぶ削ぎ落としていた聖都よりは、オレにとってよっぽど安心する光景かもしれない。


「……でも、やっぱりオルエンランドじゃないみたいだな」

 オレはポツリとつぶやく。

 町の雰囲気は、オレの知る田舎の町とあまり変わらない。けれど、目につく家の意匠が大きく異なることが分かった。オルエンランドとは異なる文化なのだろうと推測できる。


「町に入ったら、取り敢えず先に宿を探すぞ。情報収集はそれからだ」

 小走りで先行したオレに追いついたソータは、さっと町の姿を眺め見ただけでそそくさと前を歩いて行ってしまう。感動の薄い奴だなと思ったが、自身の体の疲れも相まって反抗する元気はわかなかった。背中の荷物を改めて背負い直し、オレもその後ろについていく。


「……『ようこそ、ファーフォルトへ』だってさ。やっぱり聞いたことない名前だなぁ」

 畑の合間に設けられた街道を進んでいくと、門のようなものが見えそこに看板が打ち付けられていた。文面を見るに町の名前だとは思うが、聞いたことのない名称だった。

 門の傍には、門番らしき軽鎧を着込んだ男性が、槍を片手にこちらを眺めていた。彼はオレたちが近づくと、そそくさと門の前に立つ。

「止まってくれ。君たちはこの町の住人じゃないな。この町に何の用だろうか」

 口調も比較的穏やかだし構えるまではしていないが、門番は警戒を示すかのように槍の先をちらつかせる。刺さったらただじゃ済まなさそうなその刃先に、オレはビビって身を縮ませた。

 そんな門番に対し、ソータはさして気にした風もなく、首にかけていた冒険者を示すタグを見せる。


「俺たちは冒険者だ、登録証もある。この町には、首都に向かうついでで立ち寄ったんだ。見てもらえばわかるだろうが、まあ金を稼ぐというよりは、諸国を旅するのが好きな物好きさ」

「……随分遠いところから来たんだな。失礼、後ろのお嬢さんも冒険者だろうか」

 ぼーっとソータが対応している様を眺めていると、不意に門番の男性がこちらへと目を向けてきた。オレは慌てて首にかけていたタグをお手玉する。

「別にそんな焦る必要はないよ」

「あ、えと、これです!」

 オレのその慌てっぷりに、どこか微笑まし気な表情を浮かべる門番。明らかにそそっかしいやつだと思われたのが丸わかりで、オレは顔が赤くなるのが分かった。


「なんと、お嬢さんはオルエナから来たのか! そりゃ遠い。……しかし、どういう組み合わせだ?」

 どうやらここは、聖都オルエナからは相当遠い場所であるらしい。そして門番は、そんな遠出してきたオレたちの関係が気になる様子だった。

 それに対し、ソータが困ったように肩をすぼめた。そして小声で門番へ答える。

「まあ、そこは……ちょっと込み入った事情があってな。ちょっとお転婆が過ぎる娘と、その護衛……と理解してもらうと助かる」

「……まあ変な騒ぎだけは起こさないでくれ」

 どういう風に解釈したのか、門番は複雑な表情を浮かべると、すっと身を引く。どうやら町の中に入る許可が出たらしい。


「あーそうだ。宿を探してるんだが、安くておすすめの場所はないだろうか」

 その門番に対し、ソータは問いかけた。そしてそこで旅費が心もとなければ教会が格安で泊めてくれるという、あり難い情報を得ることが出来た。


「ようこそファーフォルトへ。問題さえ起こさなければ、俺達は遠くから来た冒険者を歓迎するよ」


 そう言って門番は、堂々とした所作で力強く敬礼を行った。

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