聖都近郊の森

 ソータへ協力をお願いした後、実際にその害獣駆除の対象場所に行くのは、二日後にしようということになった。仕事をするにあたって準備がしたいとソータに言われたので、一日間をあけた感じである。

 聖都に来て冒険者登録を済ませてから半月余り。何だかんだ街中で完結する、あるいは街の外に出ても街が見える程度の距離で依頼をこなしていたオレは、数日街を離れるという依頼は初めてのことであった。なので、何を準備したらいいのか、いまいち分からなかったのだが。話を合わせた後そそくさとソータは去ってしまったため、自分一人で準備をせざるを得なくなった。

 ……今考えれば、冒険者協会に相談すれば確実だったのではないかと思う――




「……お前は近隣の害獣駆除で、どこまで行くつもりなんだ?」

 約束の日に大荷物を抱えてきたオレを見て、ソータは呆れた顔を見せてきた。

 オレとしては、一応真面目に選んだつもりである。

「だって、数日街を離れるんだったら、色々必要になるだろ? あれもこれもいるなぁ……って考えてたら、こんなになっちゃったんだよ! 逆にお前はなんでそんな軽装なの」

 自分の胴体がすっぽり隠れるようなリュックを背負ったオレは、反して先日とあまり装備が変わっていないソータの姿を見て、オレは口を尖らせた。

 もし必要なものがあっても、貸してやらないからな!


「最悪必要なものは、現地で調達すればいいからな。身軽が売りのスカウトが、大荷物で動きが鈍るとか、有り得ないだろ?」

 やっぱり旅に慣れているのだろうか。ソータはあれくらいの荷物でも十分だと思っているようだ。確かにオレは、どうやって生活していくかだけを考えて準備をしたが、戦闘に関しては何も考えていなかった。

 改めて考えると。最早剣を構えることすら難しいほど、背中の荷物が邪魔臭い。オレがソータの言葉に目を見開いていると、彼ははぁとため息をついた。


「……まあ、備えることは悪いことじゃねえけど。取り敢えずお前は荷物番だな、自称剣士?」

「自称とか言うなよ! ちゃんと剣士だ! ほら、腰のこの直剣が見えないのか!?」

 オレは腰をひねり、差している直剣をソータへ見せつける。実家を出るときに父親から貰ったものだ。シンプルな装いだが、しっかりした造りで物が良いことが、素人のオレでもわかる一品だ。

 そんなオレを見て、ソータは鼻で笑いやがった。


「ちゃんと扱えればな。どうせお前剣術の心得とか何もないだろ」

「な、そ、そんなことないし!? 百戦錬磨の剣豪だし!」

 多分鞘から出したことさえ、百回もあるか怪しい剣豪だが。

「はいはい。『百戦錬磨の剣豪サマ』がいれば、俺も安心ですよ」

「うわっ、そんなこと絶対思ってないだろお前! お前こそ、そんなちっちゃい剣で戦えるのかよ! すぐ折れそうじゃんそんなの」

 オレはソータの腰に刺された二振りの短剣を指さす。刃の部分で言えば、長さも幅もオレの持つ直剣よりも小さいだろう。二本合わせてもだ。

「本職はスカウトだって言ったろ。偵察やかく乱が主な仕事で、剣士みたいな敵と面合わせて戦うような職業じゃないからな。最低限戦えればいいから、こんなもんだ」

 悪びれた様子もなく「取り敢えず出発するぞ」とソータはさっさと前を歩き出す。それに慌ててオレは付いていった。


 街を出る際にそんな出来事があって。暫く街道を歩き、対象の遺跡があるという森の入口にたどり着いたのが、数時間後だった。

 主にオレの足が鈍重だから時間がかかったと、ソータは苦言を呈していた。その時は必要なものだと、オレもとっさに反抗したはいいのだが。

 今もその考えは変わらないか、と問われると……ちょっと即答しかねる。役立ったのは確かだけど、すごい邪魔だったんだよな……。




「ひえええぇぇ!?」




 ぼてぼてと重い荷物を背負いながら森の中を走るオレの後ろを、イノシシが追いかけてくる!

「た、助けてくれぇ!?」

 その獣を見つけた瞬間、いつの間にか姿を消していたソータに対し、オレは半泣きで助けを求める。腰に差している剣を使えば、応戦できるとはわかっているものの。そんな技術があったら端からこんな情けない状況に陥っていないということも重々承知しているわけで。オレはただひたすら逃げ回ることしかできなかった。

 とは言え二足の人間が四足の獣から逃げ切れるわけもなく。あれだけ離れていた距離をすぐさま詰められたオレは、すぐ後ろにイノシシの荒い鼻息を感じて死を覚悟した。


 そんな時。

 不意に背後のイノシシがけたたましい鳴き声を上げた。直後、どしんと鈍い音がしてすぐ横の木が大きく揺れる。


「え――」


 勢いのまま数歩前に出たオレは、慌てて音の方に顔を向けた。そこには件のイノシシが、先ほどオレがすれちがった大木に激突し、その巨体を地に伏せている光景があった。

 よく見ると、その首筋には二本のナイフが突き立てられている。


「全く。百戦錬磨の剣豪サマが聞いて呆れるな」

 直後、頭上からソータが降ってきた。どうやら彼は木の上に退避していたらしい。オレを差し置いて。

 実に軽やかな仕草で着地するのが憎らしい。

「おま、ずるいぞ!? なんで一人だけ木の上に逃げてるんだよ!?」

 オレはひぃひぃ言いながら逃げていたというのに!

 荒い呼吸をしながら、オレはソータに対して詰め寄ったが。当の本人は逆に残念な者をみるかのような視線を寄越してきた。

「わざわざ真正面から戦う職業じゃないって言っただろ。いいじゃないか、怪我もなく仕留められたんだから。良い逃げっぷりだったぞ、職業囮さんよ」

「囮じゃないし、剣士だし!」


 とは言ったものの。いきなりの遭遇戦で腰の剣すら抜かずに逃げることしか出来なかったオレが、果たして剣士と名乗ってよいものかどうか。まあ、持っている武器は剣だけだし。冒険者登録をするにあたって必ず職業は書かなければならなかったので、選択肢はなかったのだが。

 対して、ソータの方は実に鮮やかな手際だった。あの一瞬で木の上に身を隠し、そこからイノシシの急所に向けてナイフを投擲するなんて。何ならイノシシは動いていたのだ。よっぽどの手練れだと思う。


 囮として使われたのは癪だけど。こいつがいないと、オレは下手すりゃ死んでたんだよなぁ。

 そう考えると、彼を責めたてるのはお門違いだと察したオレは、肩を落としながら口を開く。


「……まあ、助かったよ。お前が倒してくれないと、今頃大怪我してたと思う。ありがと」

 実家にいた時から、元々そんなに争い事が得意じゃなかったオレだったが、まさかここまで役に立たないと思っていなかった。思わず目が潤みそうになっていたところで、「あー……」とソータが面倒くさそうにうめくのが聞こえた。

「元々俺はこういう荒事も多いからな、大したことじゃねえよ。お前はまあ、雇い主だからな。戦いに自信がないなら、後ろで大人しくしとけ。報酬分は働くさ。何なら、お前は街に戻ってくれててもいい」


「それはダメだろ! 流石に無責任すぎる」

 流石に自分の受けた依頼を他人に押し付けて、自分はのうのうと街で過ごして利益だけもらうのは違うと思う。協調が当然の村でそんなことしてるやつがいたら、総出でひねりつぶされるぞ。

 そう思っての発言だったのだが。予想外の反応だったのか、ソータは面食らったような顔をしていた。


「……何だよ? なんか変なこと言ったかオレ?」

「……いや、何でもない」

 オレが首をかしげている間に、ソータはさっと背中を向けると、がしがしと頭を掻く。

「取り敢えず先に行くぞ。血の匂いにつられて新しい獣が来られても困るしな」

「げっ、そ、それは困るな!? 行こう行こう!」

 ソータの言葉に、オレは慌てて彼の後ろをついて歩いた。

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