片田舎の少年とスカウトの青年
「オレの名前はアリエル・ウェイン! お前すっげえ強そうだな! 良かったら一緒にオレとこの街を救わないか?」
地元の広場なんて目じゃないほど広い公園へと続く十段程度の階段の上で、オレは声を高らかに上げた。
オレが今いるのは、大陸西部に位置するオルエンランドの首都、聖都オルエナ。豊穣の神オルエナを崇めるオルエナ教の大神殿がある街で、至る所にオルエナを象徴する大樹が描かれた、信仰に篤い街でもある。とはいっても妄信と言うわけでもなく、国内のみならず他神を崇める他国の人間も多く住んでいる、人の行き交う活気ある大都会だ。
そんな大都会を目指し、実家のあるオルエンランドの片田舎から馬車で数日の距離を旅して、先日ここにたどり着いた田舎臭い十六歳の少年であるオレは、実は非常に困っていた。
このように、通りすがりの黒髪で細身の青年に残念な者でも見るかのような視線を浴びながらも、声をかけるくらいには。
「…………」
「あ、いや聞かなかったことにして無言で立ち去るのはやめて!?」
早々に踵を返してその場を離れようとしていた青年に対し、オレは慌てて追いかける。
「悪い、急すぎたよな。実はちょっと理由があって、お前みたいな強そうなやつを探してたんだ。飯をおごるから、話だけでも聞いてくれないか? 頼む!?」
大げさに頭を下げつつ、オレは両手を合わせて懇願する。オレのあまりの勢いに面食らっているのか、青年は動かしていた足を止めた。迷惑かもしれないが、オレだって必死だった。己の勘を信じ、こうして見ず知らずの人に頭を下げている。
頼む、うまくいってくれ!?
果たしてそんなオレの祈りは届いたのか。
「……飯を奢るっていうなら、話くらいは聞いてやる。だから頭を上げろ。悪目立ちするだろうが」
渋々と言った口調だったが、そう青年が口にするのを耳にして、オレはばっと顔を上げた。
「ありがとう! うまい飯屋を知ってるんだ、付いてきてくれ!」
ギリギリ首の皮一枚繋がりそうな状況に、オレは気持ちが浮つくのを感じた。
「……お前、めっちゃ食うじゃん」
黒髪の青年をお気に入りのレストランに案内してしばし。オレは目の前の光景に思わずそう漏らす。
ここはレストラン『サイド』。オレが聖都にやってきて右往左往していると、幸運にもここの店長に声をかけられてから、今まで頻繁に顔を出しているお店だ。どうやらオレが漏らした地方なまりを耳にしたらしく、オレの実家のある村の隣町の出身であることがわかり、仲良くなった次第だ。
気のいい人で、食材が余りそうになった時などは、よく格安価格で食事を提供してくれるし、ツテで安く品の良い宿も紹介してくれた。物価の高い聖都でもあるので、彼に出会わなければ今頃財布は危険な軽さになっていたと思う。
とは言え、それでも支出を補うほどの収入がないと厳しいわけで。
「……話は聞いてる。勢いで実家を旅立ったはいいが、金が無くなりつつあるから大きな仕事をしたい。そういうことだろ?」
「まあ、そういうことなんだけど。分かってるなら遠慮しろよ」
大量の空の皿を遠慮なく量産している青年に、オレは棘を含んでそう口にする。
「食えるうちに食っておくのが心情なんでね。しかもそれが奢りなら余計にだ」
しかし青年は悪びれる風もなく、そう漏らすと次の皿の料理に手を付け始めた。流石に会計が怖くなったので、それが最後だと釘は指している。
「それで? お前の狙う大きなヤマって何だよ」
「今回目を付けたのは、教会からの仕事なんだ」
オレがそう口にすると、青年はふと手の動きを止めると。
「……教会が冒険者に仕事だって?」
その後、怪訝そうな声を上げた。
青年がこのような反応を示すのもわかった。彼は教会の特異性を理解しているからだろう。
ここオルエンランドには国教であるオルエナ教があり、他国にはそれぞれ大小様々な信仰がある。教会と言うのは、それぞれの信仰する神に合わせて建てられるため、それぞれ意匠も異なれば説法する教義も異なるのだが。唯一、国教になるような大きな宗教に関しては、とある掟が存在する。
それは、教会の出す仕事や依頼は、冒険者には流さない……と言うものだ。
冒険者は、各国の冒険者協会に登録するいわば何でも屋。その質は千差万別で、国お抱えになるような者もいれば、オレみたいに田舎から都会を夢見て飛び出してきた非力な世間知らずもいる。世間知らずで悪かったな。
それはそれとして。人によっては国から依頼される難題もこなす冒険者に対して、教会は彼らに一切助力を乞わないことで有名だ。教会は、自身の私兵である兵士……この国では教徒騎士と呼ばれるが……か、あるいは国が抱える騎士団を頼る。国に対する教会の影響力は小さくないので、国も彼らが関わる仕事には、配慮して冒険者を呼ばない。それほど、教会は冒険者のことを毛嫌いしている。理由までは、オレも分からないが。
そんな風潮がある中で、オレが教会からの仕事と口にしたので、青年も眉をひそめたのだろう。
「それは本当に教会なのか?」
青年がまっすぐにオレを見つめる。もしかしたらでまかせか、もしくは騙されていると思っているのだろうか。確かに知らない人からすれば、眉唾な話かもしれない。けれど、オレは確たる証拠として、手元のカバンから綺麗に折りたたんだ依頼書を取り出した。
「本当に教会からだよ。オレの村って農業が盛んなこともあってか、オルエナ様を信仰する、信心深い人が結構多くてさ。それを見て育ったから、オレもそんな敬虔なわけじゃないけど、教会へのお祈りを良くするようになったんだ。だから聖都に来ても、オレは良く教会に赴いてはお祈りをしてたんだけど。そこで先日司祭様に直接もらったんだよ、これを」
青年は手にしたスプーンを下ろし手渡した依頼書を眺め始める。
「……教会の紋章に間違いないな。内容は……聖都近郊の遺跡の、害獣駆除……?」
「そう、害獣駆除」
ちらりと、青年がオレを上から下まで……と言ってもテーブルの上から出てる上半身だけだが……見つめてくるのが分かった。実家にいる頃は、畑仕事などの手伝いをすることも多かったので、だらしなくお腹が出ているといったことはないのだが。騎士のようにがっちりした体型でもないし、どちらかと言えばさぼることも多かったので、もやし体型の頼りない少年に見えてしまっているだろう。
「……害獣とやらが何なのか分からんが、お前がこの依頼をこなせるようには見えないんだが」
ばっさりと青年はそう言ってきやがった。オレは思わず心外だと胸を張る。
「馬鹿にすんなよ! オレだってやるときはやるんだからな!」
例え父さんからもらった直剣がろくに振れないから、ほぼお飾りになっていたりしようとも、頑張ればオレだって戦えるはずなのだ。
……聖都まで安全な馬車の旅をしていたので、実戦経験はないが。
「……けど、やっぱオレだけじゃ不安だったから、なんか話ができそうな強そうなやつを探してたんだ」
しかし意気揚々と依頼を受けたオレだったが、冷静に考えればオレの手に余るであろうことは火を見るよりも明らかだった。なのでこうして戦えそうなやつを広場で物色していたというわけだ。
「なんで俺に声をかけたんだ? というか、俺のこの格好を見て強そうって、どう見たんだお前」
その言葉に、今度はオレが青年の姿を眺め見る。ついでにテーブルの下まで眺め見て青年から顰蹙を買った。
この国では珍しい、黒髪黒目の青年。年はオレより少し上くらいだろう。
動きやすそうな服装をしているが、直剣や弓などといった大きな武器を持っている様子はない。かといって、魔術師のような杖も身に着けていない。腰元に刃渡りの短い細剣のようなものを二本差しているので、これが得物だろうか。
改めて見ると、青年の出で立ちからは、ちらっと以前見た有名な冒険者が持っていた圧倒する強者の雰囲気は見受けられない。どちらかと言うと、かなり主張が少なく大衆の中で目立たないような雰囲気を醸し出している。強者とは真逆のオーラ。強そうという言葉を投げかけるには適していなかったかもしれない。
だが、明らかにこの国の出身ではない見てくれだし仲間もいなさそうなので、一人旅をするだけのスキルは持ち合わせていることがわかる。
などなど青年の姿からはそのようなことが窺えたが。実際オレが声をかけたのは、もっと別の意図であった。
彼からは、どことなく気になる雰囲気を感じたのだ。
一人にしたら危うい、どこか尖り過ぎた鉛筆のような、折れること……死を厭わない達観したような、そんな気配。勿論、そんなものはオレの気のせいな可能性もあるのだが。
けれど、彼からは……助けかどうかは分からないが、何かを求めている気がしたのだ。
それが放っておけなくて、オレは強そうなどと適当なことを言って声をかけた。
……まあそんなことを言ったら、また不審な目で見られそうな気がするから、口にはしないけど。
「まあ、どうせ声をかけるなら年が近そうで、ゴリゴリな体育会系じゃなさそうな奴が良いなと思ったんだよ。かといって魔術師と話が合うとも思えないし。そんなところで、お前を見かけたから声をかけた。それだけ!」
オレがそう言いきると、青年は呆れたような顔を見せた。何なら大きなため息もひとつ。
「……お前、すげえな。俺が思っていた以上にすごい。こんなすごい奴初めて視た気がするわ。すっごい、馬鹿」
「おい! 馬鹿ってなんだ馬鹿って!? 馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ!」
「ガキかお前は……」
青年はどこか思案気にがしがしと頭を掻く。やがて彼は小さく肩をすぼめると、手にした依頼書を軽く振った。
「まあ、一飯の恩もあるし、この依頼報酬も相場と比較して高い。お前の馬鹿さ加減を称して五割で良い。それで手伝ってやるよ」
「……なんかすっごい理由が気に食わないけど。手伝ってくれるなら助かる!」
青年の力量がいかほどかはまだ分からないが、少なくともオレよりは戦えるはずだ。
オレはさっと右手を差し出す。
「改めて。オレの名前はアリエルだ。一応冒険者協会には剣士として登録してる。よろしくな! えっと……」
そこまで言って、そう言えば青年の名前を聞いていなかったと思い至る。オレが言葉尻を濁していると、青年は言いたいことを察したのか、右手を空けて握手に応じてくれた。
「ソータだ。スカウトをやっている。短い付き合いだろうが、まあよろしくな」
「おう、よろしくなソータ!」
黒髪の青年改めソータとの契約が成立し、オレは笑みを浮かべて手を握った。
この時はまだ、ソータとの付き合いがこんなに長くなるとは、夢にも思わなかったな。
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