救いたがりの冒険譚
沖野 深津
第一章 救いたがりの『少女』の誕生
序章
「わぁ! 懐かしいなここ!!」
さらりとした銀の長髪をなびかせながら、その少女は晴れやかな表情で階段を駆け上がる。陽の光をあびて輝くその髪と、見るものを惹きつける大きな翡翠色の瞳、そして何より整った容姿に浮かぶ笑みは、まるで天使のようだ。階段の先にある広い庭園は、さながら天使の踊り場といったところだろうか。
しかし、辺りには掃除し尽くせない大小様々な瓦礫が転がっているし、舗装された道のめくれも良く目立つ。庭園に面する建物は大小さまざまな損壊を受けていて、よく見ると石畳にはおびただしい血の跡がある場所も。それらは、ここで大きな戦いがあったことを雄弁に語っていた。
しかし、その戦いも終わった。生き残った人々は、再び立ち上がり始めている。この都市も、今は瓦礫が散乱しているのかもしれないが、やがては人の往来が常に途絶えないにぎやかな街並みを取り戻すだろう。街の人々からは、戦前の美しい故郷を取り戻すという、そんな確かな意思を感じる。
終戦の最大の功労者である少女が、先ほどから全身で喜びを表すのも、無理はないだろう。
少女は十段程度の階段を登り切ると、くるりと反転し同伴していた黒髪の青年を見下ろす。
「ここだったよな。えーっと、どうだったっけ。……確かこうだ!」
少女は思案気に首を傾げた後、何か思い出したのか顔を輝かせた。そしてきびきびとした動きで片手を腰に当てた後、どんと胸に拳を当てて高らかに講じる。
「オレの名前はアリエル・ウェイン! お前すっげえ強そうだな! 良かったら一緒にオレとこの街を救わないか?」
言いきった後、少女は少しの間をおいてほんのりと頬を赤く染めた。
「……って、よくもまあそんな大口叩けたよな、あの頃は。改めて思うと、何様だよ!? って感じ」
染まっているのを誤魔化すかのようにぽりぽりと頬をかきながら、少女は恥ずかし気にそっぽを向く。その様子がいかにも彼女らしくて、青年は小さく笑みを浮かべた。
「……あの時『何だこの頭お花畑な馬鹿野郎は』と思ったのを思い出したわ」
青年がそう言うと、少女は心外だとばかりに両手を広げる。
「うっわ、ひどくない!? 確かにオレはそんな頭良くないけど、悪いこと言ってないじゃん!」
「現に――」と少女は不意にあたりを見回した。そこには大勢の人が、自らの街の栄華を取り戻そうと手を取り合っている光景がある。いくら片付けても減らない瓦礫に辟易としているようだが、そこには笑顔も見て取れる。
ただ、視界の隅には悲痛な面持ちで祈りを捧げる者もいた。これだけ破壊された後だ、皆が皆無事だった……というわけではないのだろう。
「オレたちは、救ったんだよな。この街だけじゃなく、世界を。…………沢山の人が、その過程で犠牲になっちゃったけど。……オレがもっとしっかりしてれば、こんなことには――」
「アリエル」
尻すぼみに調子の落ちていく少女の言葉にかぶせるように、青年は彼女の名を呼んだ。
「お前は確かに世界を救ったんだ。そりゃあ、全部が全部を救えたわけじゃねえ。零れ落ちたものも確かにある。けどな、それはお前のせいじゃない。お前の性格だ、忘れろというのは無理だろうが……背負い込むな。自分を責めるな。お前は……よくやってるよ」
普段はつっけんどんな態度の多い青年が、優しく労わってくれたのが効いたのか。少女は元々大きな目をさらに広げて、やがて瞳を潤ませ始めた。
「そう、かな……? オレ、みんなを助けることが、出来たのかな……?」
そうすると決壊は早かった。少女はぽろぽろと涙をこぼし始めると、小さくうつむく。その様を見た青年は、ゆっくりと彼女に近づくと、優しく頭を撫でる。
「そう言ってるだろ。今こうして生きている街のやつらは、みんなお前が救った人たちだ。俺だって、お前に命を拾われてここにいる。胸を張りゃいい。だから、そう泣くなって」
青年がそう口にすると、少女はぽふんと青年の胸元に顔をうずめた後「……泣いてない」と嗚咽交じりに呟いた。
「落ち着いたか?」
「……うん」
少しの間涙を流していた少女だったが、やがて落ち着いたのか青年から身を離した。
「ごめん、ちょっと取り乱した。……ありがと、もう大丈夫」
「それは何より」
少女はごしごしと腕で目元を拭うと、気持ちを切り替えるように小さく自身の頬をパンパンと叩く。そうすると、少女の顔に再び活気が満ちてきた。
「……よっし、大丈夫! 次の場所に行こうぜ。えーっと、次は――」
そう少女が啖呵を切ったところで、不意にどこからか腹の虫が聞こえてきた。音はすぐ近くから聞こえてきたようだが、青年の顔に変化はない。
代わりに、少女の顔がみるみるうちに赤く染まった。
「あ、えっと……」
「……」
恐る恐ると言った様子で青年を見上げる少女。誰の腹の虫が鳴ったのか明白だったが、彼は敢えて口にしなかった。代わりに盛大にため息を一つ。
「……まあ、良い時間なのは確かだな。先に昼飯にするか」
「べ、別にオレが腹減っているわけじゃないぞっ。いい、今のは多分別の――」
「じゃあ、昼飯は後にするか?」
「…………いや、今行く」
ぼそりとつぶやく少女に、青年は肩をすぼめるだけで特に混ぜ返さなかった。
「それじゃあ、あいつらと合流するか――」
「あぁ、ちょっと待って!?」
合流用の合図に使っている特殊な笛を取り出そうとしたところで、不意に少女が青年の腕をつかみ彼の動きを止めた。青年が訝し気な表情を浮かべたのに対し、少女はなにやら焦ったように口を開いた。
「せ、せっかく二人きりなんだからさ。昔の思い出とか、ちょっと話しながらご飯食べないか? さっきちらっと見たんだけど、初めてお前と会った時に使ったお店が、まだ生きてたんだ。そこに久しぶりに行ってみないか!?」
「どう、かな……?」と何故か必死に青年を引き留めようとする少女。その様子に、青年は何かを察したようで、「あー……」と気恥ずかし気に目を泳がせた。
やがて青年は、小さくため息を吐くと取り出しかけていた笛を懐に戻した。
「そう、だな。ようやく暇が出来たんだ。ちょっと思い出にでも浸るか」
「そうこなくっちゃ!」
青年が承諾の意を示すと、少女はぱっと表情を輝かせて青年の手を取った。
「それじゃあ行こう! こっちだ!」
そう青年の前を先行する少女は、とても愛らしくて。青年もどこかその表情は穏やかだった。
そう。本当の始まりはこの街からだったんだ。
最初はただ偶然にも鉢合わせた物同士だった。たまたま通りかかったところから始まったよな。偶然がなければ決して関わることがなかったと思う。けど今思うと、やっぱ何か縁があったんじゃないかなって思うよ。
そのまま奇跡のように道を連ねて、様々な冒険を経ることになったよな。ほんと、何度くじけそうになったことか。
良いこと悪いこと沢山あったけど。……そうだな、ここで一度振り返ってもいいかもしれない。
喰い尽くされる脅威からこの世界を救うこととなった、救いたがりの冒険譚を――
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