再会──または邂逅

 不思議なもので、社会の中には必ず一定の割合の落ちこぼれが生まれる。

 それにどれだけ手を施したところで、貧困層というのは決して無くならない。

 10年の歳月が流れてもスラムがこの町から消えてなくならないのは、まさにそれを体現しているのだろう。


 ふと、リヤンは部屋の中に列が出来ていることに気づいた。

 その先を目で追うと、二人の貴人の元へと続いていた。


 その片方、ドレスを纏った婦人に、先頭の痩せこけた男が傅いている。


「あなたはどんな人なのかしら」


 おっとりとした、母性を感じる優しい口調。

 輝くブロンド髪を結い纏め、華やかなコサージュを飾り付けた女性。

 それはリヤンの母だった。


 傅く男は祈るように、額の前で両手を組んで口を開く。


「わ、わたくしめは足が悪く、力仕事はできません。ですが手先が器用です。昔は細工の仕事をしていました……」


「あら、だったら猟師に知り合いがいるわ。皮なめしもしていて、人手が欲しいと言っていたはず──」


「まちなさい。それは厳しいだろう」


 母の言葉を、隣にいた初老の男が遮った。

 白髪混じりの髪を油で後ろに撫でつけ、厳かな立ち襟の、薄灰色をした礼服を纏っている。

 柔らかさの中に、力強さを秘めた瞳──リヤンの父だ。

 

「なめしの仕事は材料を運ぶだけで一苦労だ。それより、工場での作業が向いているだろう。あそこは一日中、座りっぱなしだからね」


「確かに、それがいいわ! 話は付けておくから、そこで働きなさいな──」


 二人の会話を前に、傅く男は何度も深く頭を下げていた。

 どうやら、この行列はリヤンの両親から仕事をもらうためのものらしい。


 二人とも──歳を取ったものだ。

 記憶に残っている姿より、随分と覇気が無くなったように思える。

 果たして、今のリヤンを前にして、二人はどんな反応をするだろうか──。


 微かな不安を抱きながら、リヤンは列の最後尾へ並ぶ。

 そうして半刻も経たないうちに、順番が回ってきた。


 目の前に立ち尽くすリヤンの姿を、母の青い瞳が真っ直ぐ捉えていた。


「──あなたはどんな人なのかしら」


 向けられた優しい微笑み。

 これまでの参列者と変わらない問いかけが、10年ぶりにリヤンにかけられた言葉だった。


「私は──」


 思わず言葉を濁してしまう。

 泳いだ視線が父と重なるが、彼は表情ひとつ変えずにただリヤンを見つめていた。


「私は……何も持っていません。

 生まれた家に与えられた責務から逃げ出し、家族を捨て、故郷を捨て──しかしその後に、何も得ることができませんでした。

 人間以下の存在に成り下がるならばと、全てを諦め死のうとしたこともあります……」


「まあ……それは……」


 〝可哀想な人〟と、口にはしなかったが、飲み込まれた感情を察することは出来た。

 向けられたのは慈悲の眼差しだ。

 たった一息で説明しただけの内容に、リヤンの母は本気で涙を浮かべていた。


「人は誰しも、何かを抱えて生きているものさ……」


 そう言って母の肩を抱き寄せたのは父だった。

 こちらも感傷に浸った表情を浮かべている。


 ──気付く訳が無い。

 二人の記憶にあるであろうリヤンと、今の自分とでは、似ても似つかないのだ。

 火傷の痕が残った顔に、潰れた声。泥に塗れた薄汚いリヤンが、まさか自分の子供だとは思うまい。


 ふふ──と、リヤンは自分でもよくわからない笑いを漏らしてしまった。


「……こんな私でも、何かできることはあるでしょうか?」


「何かあるはずよ。誰にだって、必ず役割はあるんだから。それを一緒に探していきましょう!」


「……ありがとうございます」

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