奇特──または異色

 晩餐会が開かれたのは、町中の小高い丘に建てられた豪壮な屋敷だった。

 辺りはすっかり宵闇にのまれている。だというのに、ここモーリッツ邸だけは燦然とした光を放っていた。


 まず最初にリヤンを迎えたのは、5メートルを超える雄大な門だ。敷地を囲む外壁を越えない限り、中へ入る場所はここしか無い。

 開けた門の両側には、2匹の巨大な獅子が彫り込まれていた。


「失礼。ボディーチェックをさせて頂きます」


 燕尾服を纏った使用人が数人、リヤンの行く手を阻む。

 リヤンは晩餐会へ参加するために、それなりの服を調達してきた。スラムをうろついていた連中からくすねたものだが、彼らもどうせ盗んだか、もしくはゴミを漁って手に入れたものだろう。


「どうぞ、お通り下さい」


 軽く懐をまさぐられ、ポケットの中を確認されただけだった。

 リヤンは屋敷へと続く石畳を歩いていく。


「ずさんな警備だな──」


 そう口籠もり、ころり、と口の中の〝飴玉〟を転がした。

 もし来客者が口内に凶器を隠し持っていたら、彼等は全員クビになるのだろうか。


 辺りを見回すと、ボロ布を纏った浮浪者が大勢いた。

 誰でも参加できる晩餐会なのだから当然ではあるが、この場合には似つかわしく無い光景だった。


 リヤンは目の前にそびえるモーリッツ邸を見上げた。

 月空を背景に浮かび上がる、三階建てのバロック建築。

 装飾過多で、いやに曲線を強調した建物が、暖かい光を漏らす窓をいくつも並べている。


 懐かしい──とは思いたく無かった。


 リヤンは邪念を払うように首を振り、屋敷の中へと足を踏み入れた。

 広く、天井の高い玄関ホール。

 吹き抜けを登る階段を上がり、調度品の並ぶ廊下を歩く。


 たどり着いた食堂には、すでに多くの人間がごった返していた。


 20メートル四方の部屋に、金細工の施された長机が並ぶ。卓上には肉、魚、果物と、豪華な食事がひしめき合っていた。

 照明は数えきれないほどのランプと蝋燭。昼間とさして変わらない、明るい空間に仕立て上げられている。

 そして室内の空気も──和気藹々とした和やかなものだった。


 そこにいるのは大半が貧困層だ。布切れのような服に、汚れきった顔。靴すら履いていない者が大勢いる。

 だが彼等は総じて笑顔を浮かべていた。

 食べ物に貪り付き、酒をあおり、大声で談笑している。


 反面、浮かない顔をしている者たちがいた。

 数える程度だが、豪奢な服を纏った本物の貴族達の姿が見て取れる。


 リヤンは話をしている貴族を見かけ、気づかれない程度の距離に近づき様子をうかがった。

 赤い服を着た、脂ぎった樽のような男。そしてモップのような髪と髭を蓄えた、緑の上着を羽織った男だ。


「ふん。もはや恒例ですな、モーリッツの点数稼ぎも」


「まあ、そう言いなさるな。

 慈善活動という名の労働力搾取。それは確かにそうでしょう──」


 興奮気味の樽男を、モップ男爵がなだめているようだ。


「──しかし、賃金が低いとはいえ、それで食い扶持が繋げる者がいるのも事実……双方に利益のある関係なのですから、文句の付けようがありませぬよ」


 そう言ったモップ男爵は、ややあってから不適切な笑みを浮かべた。


「とはいえ──こんな薄汚い連中と懇意にするなど、私は願い下げですがねぇ……」


 ──そうだ。

 その価値観こそが、貴族と貧民における、ごく一般的な感覚なのだ。

 リヤンは心の中でそう思った。

 だからこそ、モーリッツ家がしていることは奇特な行いだと言われるのだ。

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