第32話 五階層
光る柱は外に出るための転送陣、そして近くにあった壁面の穴にはやはり、五階層へ行くための緩やかな階段があった。
ダンジョンに入ってから一時間たらず。
ここまでは聞いていた通り、誰でも簡単に攻略できる難易度だ。
「そういえばさ、別のパーティと出会えるかもしれないんでしょ?」
「ああ」
階段を下りながら、リザが聞いてきた。
ダンジョン内ではまれに、他の人と同じマップに入る
ただ、そうなると前の階層に戻れないそうだ。
攻略情報によると、他の人がいるマップにつながる場合、階段ではなくトンネルのような空間を通って次の階層に進むらしい。
もし体力的に次の転送陣まで進めるかわからないなら、そこで戻って前の転送陣で外に出た方がよいということだ。
「次の五階層で誰かと会うことはないだろうけどね」
「あいつとは会いたくないな~」
「あいつ?」
「そう。ヴィクター・アーゴルド」
「……」
「以前、何かあったって言ってたけど」
それは二年前、ヴィクターを含めた配信者とそのパーティ、総勢百名をこえる合同配信に参加した時のこと。
リザによると、急に難度の高いエリアに挑むこととなってしまい、ひどい目にあったという。
難度の高いエリアに行くことは、配信視聴者を魅了するよい手段だ。
しかし、不測の事態が起こるかもしれないリスクもあるので、入念な計画と準備が必要になる。
その点を踏まえると、あまりに不十分すぎたのだ。
挑もうとするエリアの危険性は当初から知られていて、かなり無茶なものだったらしい。
だが、ヴィクターの鶴の一声によって強引に決まった。
反対意見もあったが、辞退してはヴィクターからも視聴者からも何を言われるかわからない。
結局それ以上、トップ配信者である彼の言うことに反対できるものはおらず、全員が挑むことになった。
そして結果は……散々なものだったという。
「ひっどいんだよ。自分じゃ何もしないで命令ばかりして。最後には、あたしたちを囮にして見捨ててさ」
リザの表情は笑っていなかった。
顔には出さないが本気で怒っていることが見て取れた。
ひどい目というが、おそらく死者が、もしくはそれに近い被害が出たのかもしれない。
ヴィクターにとっては実のところ、視聴者も増えるし問題ないのだろうが……。
♢♢♢
かなり長い間、階段を下りていただろうか。
黙って聞いていたリザの話がちょうど終わった時、五階層に到着した。
そこは遺跡の内部にいるような感じを受けた。
足元の床、壁、天井は全て正方形の石が敷き詰められていて、ところどころ剥がれ落ちていたり割れていたりする。
壁には明かりとして松明が設置されており、薄暗くはあるが視界は確保されていた。
通路の横幅は狭く、高さも天井までは三メートル程度。
人が通る分には問題ないが、戦闘を行うにはかなり狭そうだ。
これだとモンスターは前か後ろからしか襲ってはこれないだろう。
二人は前だけに注意していれば問題はない。
あとは罠があるかを注意すればよいか。
しばらく進むと、左右に通路が分かれていた。
今まではただ真っすぐ進めばいいだけだったが、ここで初めて分かれ道があったのだ。
「どうしましょう?」
アンナが少し困った様子で言った。
「ん~」
リザも眉をひそめて考え込む。
「ユウヤさん、どちらがいいでしょうか?」
「それは……」
「あ、待って。ユウヤはどっちいけばいいか、わかっちゃってるでしょ。言わないで」
「どっちが正解というか、モンスターの気配がある方はわかるけど」
「じゃ、そっちがハズレなのかな。ん~と」
リザはもう一度、右と左を交互に見てから右を指さした。
「こっち行こう!」
自信満々の表情で俺を見るリザ。
残念、そっちはハズレだった。
右側はモンスターの気配がする道なのだ。
正解の道を教えようか迷ったが、まあこの階層のモンスターも強くはないだろうし、行っても大丈夫だろう。
俺は表情で正解かどうか悟られないように「じゃあ行ってみようか」と言って二人を先へ促した。
しばらく歩くと、広い部屋に出た。
ただし先に進む通路がないので、この部屋で行き止まりみたいだ。
「もしかしてハズレでしょうか?」
アンナの問いに俺は少し笑ってうなずいた。
「え~、な~んだ。絶対こっちだと思ったのにな」
残念そうなリザだったが、気持ちを切り替え部屋の中をうろつき始めた。
部屋の隅には大きな壷がいくつも並んでいる。
「でも、何かアイテムとかあるんじゃない? あの壷の中とか」
そう言って、壷が並んでいる所へ近づこうとした彼女を俺は引き留める。
「待った」
「え?」
「壷の中にモンスターが潜んでる」
俺は気配のある二つの大きな壷を指さした。
「そうなの? じゃあ、どうしよう……」
リザは少し考える素振りをする。
だがすぐにいい方法が思いついたみたいだ。
「そうだ、アンナ。壷に水を入れてみてよ」
「水ですか? わかりました」
アンナは水の塊を二つ作ってそれぞれの壷に落とした。
すると、中から大ネズミが二匹飛び出してきたのだ。
「わっ!」
「きゃ!」
リザの背丈くらいはある大きさ。
全身銀色で細い目は赤く光っていて、体長ほどある長く太い尻尾を持っていた。
威嚇するように鋭い歯をむき出しにして、今にも飛び掛かってきそうだった。
「くるよ! あたしが引きつけるから。その間に魔法で攻撃して」
「はい!」
リザは短剣を構え大ネズミに向かっていった。
一匹の側面に移動し、短剣を横に振るう。
だが、大ネズミは後ろに飛び退いたため空振りに終わってしまった。
「えっ、ちょっと!」
意外と素早く動かれたことに驚きの声を上げるリザ。
少し戸惑う様子だったが、間合いを取って再び短剣を構える。
「……えい!」
そこでアンナが火の魔法を放つ。
炎がもう一匹の大ネズミへと向かっていくのだが、それもよけられてしまう。
「そんな……」
「落ち着いて、アンナ。もう一度」
俺はアンナに声をかけた。
「動きが止まった所をよく狙って」
「は、はい。わかりました」
アンナは再度杖を構え、炎を放つ準備をしてチャンスをうかがう。
すぐにその時はきた。
リザの攻撃をかわして立ち止まった大ネズミに向かって、アンナは炎を飛ばしたのだ。
まともに炎を受けた一匹は悲鳴を上げながら転がり回り、完全に消滅した。
「たあっ!」
隙をついて、リザがもう一匹に斬りかかる。
胴体に斬撃を受けた大ネズミは倒れ、その場で動かなくなり、すぐに体が消えていった。
「やった!」
リザが喜びの声を上げる。
「やりましたね」
アンナもリザに笑顔を見せる。
「二人とも、よくやったね」
「へへ~。まだまだ余裕だよ」
「ありがとうございます」
笑顔を向けてくる二人を見て、俺も嬉しく思うのだった。
「さあて、他の壷は安全だよね。何か入っているかな?」
意気揚々と、リザは再び壺を調べることにしたようだ。
結構大きな壷だったので、そのままでは中が見れなかった。
なのでリザは飛び上がって、壷の中に顔を突っ込んで覗き込んだ。
「あれ……」
しかし、すぐに顔をしかめて飛び降りる。
どうやら何も入っていなかったようだ。
「じゃ、こっちは……」
同じように他の壷も覗いて見ていったのだが、結局、小さく束ねられた薬草を一つ見つけただけだった。
「これだけかぁ」
リザはがっかりした表情で言う。
短剣で薬草を束ねていた紐を切ると、それを道具袋にしまった。
「まあ、初めはこんなものだよ」
「そだね。じゃあ、次行こ」
俺たちはもと来た道を戻り、今度は左の道を進んでいった。
少し進むと、道はまた左右に分かれていた。
「ようし。今度は当てるから」と、意気込むリザ。
「こっちね!」
「どうしてそう思ったんですか?」
右を指さしたリザに、アンナが聞いた。
「さっきは左が正解だったから、今度は右が正解じゃない?」
自信満々で俺とアンナを見るが……残念ながら今回も右からモンスターの気配がするのだ。
先に進むと、さっきと同じように大きな部屋があった。
そして部屋の中央には、木のモンスターがいた。
「あちゃ~、またハズレ?」
リザは肩を落とした。
太い幹を持ち、枝が腕のように長く二本伸びている植物系のモンスター。
おそらく部屋の中に入ったら襲ってくるだろう。
「どうしましょう?」
アンナがたずねると、リザは戻ろうと答えた。
来た道を戻り左の正しい道を進む。
すると三度、左右の分かれ道があった。
「今度こそ……こっち!」
リザは右を指さした。
連続で左が正解だったから、今回こそ右が正解と考えたらしい。
だがまたしても……。
「……あれ、違うの?」
俺の顔を見てリザが言った。
表情を読まれたのかもしれない。
俺は苦笑いしつつ頷いて答えた。
「うう、またか」
「一応、右行ってみる?」と俺は聞いてみたが、リザは首を振って左の道を歩き始めた。
そして四度目の左右の分かれ道。
ここでもリザの予想は外れるのであった。
異世界配信者の記録~無名配信者のもとにいた彼が、世界に変化をもたらす唯一無二の存在だった 多紀真砂 @kttds
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