第31話 一~四階層

 水滴の滴り落ちる音が聞こえる。

 そこは空気がひんやりとして湿度も高く、どこか陰鬱とした雰囲気の場所だった。


 足元を見れば苔むした岩肌が広がり、壁面にはツタのような植物が生えていて、自然の洞窟といった感じだ。


 薄暗い空間だが、全く周囲が見えないわけではない。

 小さい夜光石が、そこかしこに転がっていて、ほのかに光を放っているからだ。

 

 後ろを振り返ると入り口があり、青白い障壁が外と内を隔てている。

 だが、外の様子は見えない。


 俺たちが入った後、今この瞬間にもダンジョンに入る人たちはいるはずだが、誰もこの場に足を踏み入れてくる様子はないのだ。

 

 入る人によって構造が変わる……ある意味、俺たちだけのダンジョンにいるのか。


「さあってと!  何が出るかなっ!」


 リザは先頭に立ち、ワクワクした様子であたりを見回している。

 逆にアンナは、少し不安そうにきょろきょろしていた。


「あ、あの。ユウヤさん」


「どうしたの?」


「いえ、その。久しぶりに、こういった場所に来たので……やっぱり少し、緊張しますね」


「そうだね。まあ、気持ちを楽に」


「は、はい。わかりました……」


「後ろは気にしなくていいから」


 俺は一番後ろにいて、前を行く二人を見守る形にする。

 ただ、モンスターが出てきても俺は手をださない。

 二人が戦わないと経験にならないからだ。


「どこからでも、きていいよ~!」


 リザは短剣を両手に持ち、ぶんぶん振り回しながら歩く。

 まるで遊んでいるかのように。


 どこからでもとはいうものの、横幅が少し広いだけの一本道だ。

 モンスターが隠れられる所はなく、飛び出してくるような気配もないが……。


「リザ。あまり気を抜きすぎないようにな」


 俺は後ろから声をかける。


「はーい! わかってるって!」 


 俺は肩をすくめ、アンナの方をちらっと見た。

 彼女の方は少し緊張が解けてきたようだ。

 さっきよりは落ち着いた表情をしているように見える。

 大丈夫な様子を確認した俺は、少し後ろに下がった。

 

 五分ほど歩いただろうか。

 その間、全くモンスターが現れる気配はなかった。


「……なんにもいないね~」


 つまらなさそうに言うリザ。


 一階層だからというのもあるかもしれない。

 もしかして真っすぐの道が続いているだけなのだろうか?

 ふと、そう思ったら本当にそうだった。


「あれ、階段だ」


 道が細くなった先に、下へ降りる階段が見えた。

 一階層はこれで終わりということか。


「な~んだ。一階はもう終わり?」


「そのようですね」 


「じゃあ、早く次に行こ~う!」


 俺たちは階段を降り、二階層へと進む。


 二階層は一階層とは雰囲気が同じだが広々としていた。


 大きな岩が所々に転がっており、それ以外は何もない平坦な道が続くだけ。

 ここも真っすぐ進めばいいだけだろう。

 ただ……。


「モンスターはいるね」


 俺は二人にそう伝えた。


「え、ホントに? どこ?」


 リザは辺りをキョロキョロ見渡している。

 アンナは少し顔をこわばらせ、不安そうだ。


「あの岩陰に潜んでる」


 俺は前方、道の左右にある二つの岩を指さした。


「そ、そうなんですか……」


「よ~し」


 リザは意気込むと、ゆっくりとした足で右側の岩に近づいた。


 すると、そこにスライムが一匹隠れていたようで、ぷるんっと飛び出し襲ってきた。


 緑色をしたスライム、 体中央の核を破壊すれば倒せるモンスターだ。


「うわっと」

  

 どうやらスライムは、奇襲するつもりだったようだ。


 しかしリザは慌てず、一歩後ろに下がりスライムの攻撃をかわす。


 そして短剣を横になぎ払い、核ごとスライムを両断した。  


 スライムはそのまま溶けるように消えていく。


「ふっふ~ん」


「左も」


 俺がリザに声をかけた間もなく、左の岩陰から今度は二匹のスライムが同時に飛び出してきた。


 だがこれも落ち着いて一匹ずつ対処するリザだった。


「簡単だね。しばらくは、あたしだけで十分じゃない?」


「うん、そうだな」


 確かにリザ一人で十分だろう。

 だが彼女一人だけに経験を積ませるのはよくない。


「じゃあ、次はアンナが前に」


「ええっ! 」


「あの岩陰にもいるから」


 俺は更に前方にある岩を指さす。


「わ、わかりました……」


 アンナは不安そうにこちらを見た。

 俺はうなずいてみせる。

 すると彼女は意を決し、岩に向かって歩き始めた。


 杖を前に掲げ、一歩また一歩と慎重に進んでいく。

 杖の先端は魔力でうっすらと光り始めており、いつでも魔法を発動できるように準備万端のようだ。


 ある程度岩に近づいた時、三匹のスライムが飛び出し岩の上に乗った。

 今度はすぐに襲ってこなかった。

 様子を見ているようだ。


 そんなスライムに対して、アンナは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、杖を前に突き出した。


「…………!!」


 炎の塊が出現して、スライムたちに向けて放たれる。

 炎は真ん中のスライムに命中し、一瞬のうちに消滅した。


 だが、残り二匹はそれぞれ左右に飛び退いていた。

 そしてまず、左のスライムがアンナに襲い掛かったのだ。


「えっ? えっ? きゃ!」


 短い悲鳴を上げつつも、襲ってきたスライムに向けて杖を振り下ろす。


 見事、核に命中。地面に叩きつけられたスライムは消滅した。


 しかし、右側からも迫っていてアンナに飛び掛かった!


「たぁぁー!」


 そこでリザが助けに入り短剣で切りつけた。


 がしかし、核を外したようだ。


 切り取られたものの、核のある部分がリザの顔にべちゃっと貼り付いてしまった。


「うっ、むぅ!」


 リザは慌ててそれを剥がすと放り投げる。

 そのままスライムは逃げていってしまった。


「あ~、ちゃんと倒せなかった」


 悔しそうにするリザ。


「ごめんなさい、リザ。私のせいで」


 しゅんとするアンナだったが、リザはすぐに笑って見せた。


「ううん。それよりアンナ、すごいじゃない。杖でうまく当てるなんて!」


「え、そ、そうですか? 」


「そうだよ。 結構難しいんだよ、動いているスライムの核に当てるの」


「たまたま、うまくいっただけですよ」


「そんなことないよ~。ね、ユウヤ?」


 微笑みあう二人に俺はうなずく。

 そして、密かに二人へかけようと準備していた補助魔法の術式を解いた。


♢♢♢


 以降、二階層でモンスターは出てこなかった。

 気配はするのだが襲ってこないのだ。

 真っすぐの道を十分ほど歩くと階段があり三階層へ。


 三階層も薄暗いことに変わりなかったが、鍾乳石が至るところに見られた。

 そこにコウモリのような羽をもった小さな生き物が多数いるのが見えた。

 ただ、襲ってくる気配はないため無視することにした。


 ここの階層も真っすぐに進むだけ。

 十分ほどで四階層へと続く階段を見つけ、俺たちは下へと降りていった。


 四階層、そこはドーム状の空間が広がっていた。

 先ほどまでとはうって変わって非常に明るく、なにより暑かった。

 湿気は少なく乾燥しているようで、地面はざらついている。


 ここは岩で囲まれた広場のようになっているのだ。

 そして所々に徘徊している、トカゲのようなモンスターや芋虫状のモンスター、さっきとは違い茶色をしたスライム。


「暑いですね、ここ」


 アンナは額の汗を拭いながら言う。


「だね。ここはすぐ出たいな~」


 リザが辺りを見回すと、すぐに右手前方を指さした。


「あれ、なんだろ」


 そこには地面から光の柱が立ち上がっていたのだ。


 それから、近くの壁面が開いているのも見える。

 おそらく階段があるのだろうか。


 とりあえず俺たちは、壁伝いにそこへ向かっていった。


 が、その途中だった。

 近くにいた数匹のスライムと、トカゲ型モンスターが襲ってきたのだ。


 ただ、二人は用心していたので慌てる様子はなかった。


 まずリザが、最初に飛んできたスライムを短剣で切り裂いた。


 さらにアンナが、二匹目のスライムに向けて炎の弾を放つ。

 ところが……動きを止めたもののスライムは消滅しなかった。


「えっ!?」


 予想外の出来事にアンナは驚き、思わず声を上げてしまう。


「水魔法で」


「あ、はい!」


 俺の言葉を聞いて、アンナは慌てて水魔法を繰り出した。


 水弾がスライムへと命中すると、そのまま溶けるように消えていく。


 すると、その近くにいた残りのスライムとトカゲ型モンスターは、怯んだのか距離を取り襲ってこなくなった。


「水が苦手なんでしょうか?」


「そう。弱点とかは覚えておくといいよ」


「はい。ありがとうございます、ユウヤさん」 


「じゃあ、水を撒いていけば襲ってこないかな?」


 リザが言うように、アンナは試してみることにした。

 水を少量だし、モンスターのいる方に散布しながら進む。

 

 それは思った以上に効果はあったみたいだ。 

 こちらの様子をうかがうも、全く近づいてこようとしなくなったのだ。


 こうしてモンスターに襲われることなく、俺たちは光る柱の下にたどり着いた。


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