第30話 モイアの洞穴へ②

 エレノアの配信レンズがクルクルと回り、周囲を映している。

 俺の方には視界が入らないように。

 彼女はこれからのことについて、いろいろと視聴者に説明していた。


 いつのまにか数百人に膨れ上がった集団が、ぞろぞろと大広場を練り歩く。


 記者が三人ほど取材を求めてきたが、「ダンジョンから戻ってきたら」と、エレノアが答えていた。


「ユウヤさんは、アンナさんとリザさんと?」


「ええ、まあ」


 歩いている最中に、エレノアが少し右を向いて、たずねてきた。

 

「あたしとアンナって、ダンジョンとか、あんまり行かないのよね~」


「そうですね。最後にダンジョンへ行ったの、いつだったかしら?」


「アンナは……もう半年以上前だっけ。カルミナ近くの洞穴行った時」


「ああ。私とリザとチーコさん三人で行った……」


「そうそう。なんか毛むくじゃらなモンスターの大群に追いかけ回されて、大変だった!」


 そんなことがあったのか。


 カルミナに近い場所とはいえ、絶対安全というわけではない。 

 モンスターが弱くても、大群だと手に負えないことだってある。

 

「そうですか。でも今回は、ユウヤさんがいるので安心ですね」


「はい」


「だね~。安心」


 アンナもリザも、俺を見ながらニコニコと笑っている。


「ふふ。信用されているようで、なによりですわ」

 

 まあ二人は、特にアンナはダンジョン経験が少ない。

 俺とパーティを組むことになったのも、一番はその理由だった。 


 アンナグループのパーティ編成は、

 俺、アンナ、リザ、の三人と

 ミカ、チーコ、ユーシー、雹華、の四人だ。

  

 ミカやチーコは、そこそこダンジョンへ潜りに行っている。

 ユーシーや雹華は、そこまでダンジョン経験がある方ではないらしい。

 とはいっても四人の中では、おそらくミカやチーコより実力があるだろう。


「そうなると……」


 エレノアは俺に少し近寄り、声を小さくして言った。


「何階層まで潜られる予定でしょう?」


「二人が行けるところまでですけど」


「すると六か七階層くらい……長くても二,三時間ほどで戻られますわね」


「そうなんですか」


「わたくしのパーティーは、おそらく十五階層くらいまで行けますから。半日近く戻ってこられないかもしれませんわ」

 

 ある程度強いパーティで深く潜るようになると、何日もかけて攻略するようにもなる。


 それだけ一階層ごとに難しくなっていくのもあるが、なにより一回でもダンジョンから出てしまうと、また最初からやり直し。ダンジョンの構造も変わってしまう。


 回復アイテムはもちろん、食材などもキチンと用意し、時間をかけながらでも慎重に攻略しないといけない。

 

 特に食材はダンジョン内だと、ほとんど手に入らないらしい。

 いや、食材として食べられるモンスターは出るみたいだが、まあそういうのは慣れていないと無理だろう。

 

 一応、俺たちみんな、一日分くらいの食料と回復アイテムは持っている。

 ブルやミカたちのパーティーは、どこまでいけるのかわからないが、おそらく十分ではないだろうか。


「できれば……わたくしが戻ってくるまで、この町で待っていただきたいのですが」

  

「それはまあ、待ちますが」

 

「ありがとうございます」


 彼女が帰ってきた後に、俺は彼女と一緒にダンジョンへ潜らなければならないのだろうか。


 拒否することもできるが、さすがにそれは……。

 そんなことを考えていたら、ダンジョン入り口がある鉱山跡へ着いた。


♢♢♢   


 廃鉱山の入り口、そこがダンジョンの入り口でもある。


 近くには朽ちた小屋を改修したであろう建物が二軒ほど建っていて、一応の休憩場所となっていた。 

 ダンジョンへ潜る人たちが、準備をしたり仲間と雑談したりしている。 


 大広場ほどではないが、多くの人でにぎやかだ。

 そのにぎやかさは、配信レンズの集中している一行が原因でもあった。


「おや。まだいたのかね、エレノア」


「それは、こちらのセリフですわ。ヴィクター・アーゴルド」


「私は、ちょうど今から入るところさ」


 ヴィクターはコメント板を横目に、表示されている数字を指さす。 


「見るがいい、この数字を。20万人もの人が私に注目しているのだよ!」


「そうですか。それは何よりですわ」


「ふ。君一人で、ここまでの数字を出したことはあるまい」

 

 挑発しているかのように不敵に笑っている。


 ただ、周りにいる彼以外の配信者は、あまり笑っていなかった。

 早くダンジョンに入ろうという雰囲気だ。


 ヴィクターは配信レンズをエレノアに向けてくる。

 そして、


「V.Cのエレノア・バーナードも来ていたぞ。みなも彼女へ向けて応援のコメントをしようではないか!」


 と、視聴者に向かって言った。

 微妙に嫌味ったらしい言い方で。

 

 エレノアは扇で口元を隠し、あまり反応しないようにしている。

 自分の配信レンズはヴィクターには向けず、別方向の様子を映していた。


「ほう。私の視聴者にも君のファンは多いようだ。一緒に行ってほしいという声もあるぞ」


 視聴者にはエレノアのファンである人も多いはず。

 ヴィクターの本意ではないが、本当に応援するつもりの人は一定数いるだろう。


「残念ですが、無理ですわね」


「ハッハッハッ。そうか。まあ追々、君の方から私のパーティーに入れてほしいと懇願してくるだろうさ」


「ありえませんわ」


「はたして、どうかな?」


 ヴィクターは視線を一瞬、こちらに向ける。

 そして「ふっ」と小さく、鼻で笑った。


「さて、それではお先に失礼するよ。君たちも、せいぜい頑張るといい」


 そう言って、廃鉱山入り口前へと移動した。


 入り口は、青白く光る壁で遮られてるかのようだった。

 外とダンジョンを区切っている魔力の障壁だ。


 ヴィクターの組を先頭に、四人一組となった他の組も、それぞれが突き進む。


 周囲から「頑張ってください」という応援を背に、ダンジョンの中へと入っていった。


 最後の組を見届けた後、エレノアが


「では、わたくしたちも入るとしましょう!」


 と言うと、一際歓声が大きくなった。


「がんばってください!」

「気をつけて!」


 周りの声援へ応えるように手を振った後、俺に視線を向け軽く頭を下げると、レジェスたち三人と共に中へ足を踏み入れていった。


「よう~し。俺らも行くぜ!」


 ブルが手をパンと叩く。

 彼を先頭に、徳さん、トモナリ、ソニアが、拍手を背にエレノア達の後に続いた。


 はたして、どちらが勝つのか。

 正直なんともいえないが、無茶はしないでほしいものだ。


 そんな思いで入り口を見ていた時。

 周りの視線が一斉にこちらへ向いたことに気づいた。

 そして、アンナに声をかけてくる女性。 


「あ、あのぉ。三人で入るんですよね?」

 

「はい」


「それなら一人、パーティーに入れますよね。私も一緒に連れていってくれません?」

「お、おい。なら、俺を連れてってほしいんだが」


 俺も私もと十人ほどが願い出てきた。


「え、あ、あの……」


 困りきった顔をするアンナ。

 すぐにリザが「ごめんなさい。あたしたち三人だけで入るの」と、やんわり断る。


 「あ、そうなんですか。残念ですけど……仕方ありませんね」

 「え~。いいじゃないですか!」


 配信レンズがいくつか浮いていて、俺たちを映している人もいる。

 こうも注目がエレノアから俺たちに移るとなると……。

 早くダンジョンに入った方がよさそうだ。

 

「ほらほら。いきましょ」


 ミカの呼びかけに、俺たち三人そそくさと入り口前に移動する。


「これってさ、本当に五人以上では入れないのかな?」


 リザの疑問に、じゃあ一緒に入ってみようとミカが答えたので、俺たち三人とミカたち四人が同時に入った。

 すると……


「あ、あれ?」

 

 前に進めなくなったのだ。

 

「うわ」


「なにこれ。面白いね」


 青白い空間は数メートル続いているようなのだが、全員が途中から先に行けなくなってしまった。


 後がつかえるといけないので俺たち三人は一度出る。

 そしてミカたち四人が奥へ入ったのを見届け、すぐさま入り直した。


 青白い空間を抜ける頃には、周りからの歓声や拍手の音は全く聞こえなくなっていた。

 完全に外と区切られ、ダンジョン内部へと足を踏み入れたのだった。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る