第29話 モイアの洞穴へ①

「ブルさんは、あのリンカーコネクトのミナモト涼葉を打ち負かしたユウヤさんがいる、今を時めくアンナさんのグループに所属している戦士ですわ!」


「いや、どーもどーも。あの時、俺は負けちまってるけどな」


「同じく、徳岡さん。年長者ながら、その格闘術で相手を圧倒するファイターですわ!」


「若いもんには負けへんで!」


「同じく、トモナリさん。配信者のことなら、かなりの知識をもっているらしいですわ。もちろん、わたくしのことも。そんなことまで知っていらっしゃるものかと驚きましたが……」 


「え、え~と。よろしくお願いします。トモナリです。こんな沢山の人にっ、み、見られて、緊張してますです。俺は、アンナさんのファングループに所属してますけど、もちろんエレノアさんのファンでもあります! デビュー当時のことはよく覚えています! 凄く清楚で可憐で、あれは……」


「コホン。え~こちらは、ソニアさん。アンナさんのご友人で、配信者でもありますわ。今回、ダンジョン内で配信を担当して下さります」


「よろしくお願いします。アンナさんとは同じ配信者として長い付き合いです。よかったら、私の配信にもいらして下さい! 配信チャンネルの番号は……」


 エレノアの配信レンズに向って、それぞれが簡単な自己紹介をする。


 彼女の視聴者は、いつも五万を越えているという。

 ただでさえ今は多くの人に囲まれている状態だが、配信に映れば桁三つは違う数の人々に見られることとなるのだ。


 そんな中でも普段と変わらないブルと徳さん。

 トモナリは緊張しているとは言うものの、話し出すと余計な事まで話してしまう癖がある。


 周りからの拍手によって、急に騒がしくなった大広場の一角。


 ブル、徳さん、トモナリの三人と、エレノアのファン三人が、ダンジョン何階層まで潜れるかの競争をすることになったのだ。

 

 こうなった理由はエレノアが決めたからなのだが、提案したのは彼女の周りにいたファンの一人、レジェスという人物だった。


♢♢♢


…………

…………


「……よろしくお願いいたしますわ。トモナリさん」


「は、はひ……はい!」


 やってきた五人の自己紹介が終わる。

 

 最後のトモナリは、やたらとエレノアに関する知識を言おうとしたので、ストップがかかった。


「やっっば。エレノアさんと話せちゃったよ……握手できちゃったよ……」 

 

 手を見ながら、そう呟く声に震えが混じっている。

 

 涼葉や桂城と喋ったことがあっても、別の有名人と間近で喋るとなると、やはり気持ちが昂るのだろう。


「ところで……あなたもアンナさんのグループの方?」


「あ、いえ。私はアンナさんとは配信者友達でして、ソニアといいます」


「そうですか。よろしくお願いしますね」


「は、はい!」


 ヴィクターの集団の中にいたソニア。

 彼女が以前、ダンジョンで合同配信があると言っていたが、それはここのダンジョンのことだったのだ。

 

 ヴィクターに付いていかなくていいのかとたずねると「いいんです。私みたいな無名は出ても出なくても」と、笑いながら答えていた。

 それより俺たちと一緒にいたいと思ったようだ。


「さて。ではパーティー編成なのですが」


 エレノアは俺に顔を向ける。

 

「先ほどユウヤさんは配信に映りたくないと、おっしゃっておりましたね」


「え? ええ、まあ」


 映りたくないというより、これ以上目立ちたくないというのが本音だが。


「そうですか。あなたと組んでダンジョンに入りたいのですが。さすがに予定の配信をキャンセルすることはできませんし……」


 エレノアは扇を口に当て、少し上を向きながら考える仕草をすると


「では、今回は諦めることといたしましょう」


 と、あっさり諦めてくれた。


 これは意外だった。

 俺のことは映さないなどと約束して、無理に組むこともできたはずだ。


 だが、今回は、という意味だと分かったのは、すぐ後だった。


 彼女は横に来て


「後日、一緒に……よろしいですね?」

 

 と、本当に聞こえるかどうかの小さな声でつぶやいたのだ。


「というわけなので。今日は、あなたたちと予定通りダンジョンに向かいますわ」


 エレノアは、パンッと扇を手に叩き、周りのファンに言った。


「やったー!」という歓声は、大広場全体に轟きそうな響きだった。


 だが、一人だけ顔をしかめた男がいた。


 槍を背にした大柄な男、さっきエレノアに不満をぶつけた男だ。 


「エレノア様。ほんとに、いいんすか?」


「あなたの名は、レジェス、でしたか。何がでしょう?」


「あいつと組みたかったんすよね」


 レジェスと呼ばれたその男は、俺を指さしながら言った。

 

「ええ。それが何か」


「や、なんつーか、その。何でもないっす……」


「はっきり、おっしゃい」


 エレノアの語気にレジェスは少し口ごもったが、すぐ意を決した様子を見せる。


「なんか、あいつに興味が移ってますよね」


「ええ、そうね」


「あいつだけじゃない。ほかの奴らにも……」


「……ああ。あなたのおっしゃりたいことは、わかりましたわ。自分たちと一緒にいるよりユウヤさんたちといるときの方が楽しそう。このまま一緒に行っても自分たちに興味を持ってくれない、と」


「い、いや! そういうことじゃ!」


 レジェスは慌てて、手を横に振る。


「ただ、まあ、このままじゃ面白くないと思ったんで、少し面白くするように何かできることを俺、考えたんす。俺たちとあいつで、どれだけ潜れるか勝負するとか、どうっすか?」


「何をおっしゃるの? あなたがユウヤさんに敵うわけありませんのに」


「や、やってみなきゃ、わからないじゃないすか!」


「やらなくてもわかりますわ。そもそも彼は、わたくしより強いです。そういうのは、わたくしに勝てる強さを持ってから、おっしゃってくださいね」


「え、マジすか……。な、なら……」


 次にレジェスの提案したこと。それが、俺以外のメンバーから選んだパーティーと競うことだったのだ。


♢♢♢


 エレノアのパーティーにはレジェスのほかに、二人の男性が参加する。

 エレノアは配信のみを担当し、戦闘には参加しないという。


 一方で、ブル、徳さん、トモナリ、ソニアのパーティー。

 ソニアが配信を担当するが、戦闘に加わってもいいということに決まった。

 

 そして、勝ったパーティーの人は負けたパーティーの人に、何か一つ(できる範囲内の)お願いをすることができる、ということに。

  

 エレノアのパーティーの三人は、ここのダンジョンに入ることは初めてらしく、その点でブルたちと条件は同じだ。


 エレノア自身は一回入ったことがあり、そのときは今回と同様にファンの中から選抜された三人と組み、二十四階層まで行ったという。

 

「もっと強い方と組めば、更に潜れたことでしょう」と、俺を見ながら微笑するエレノア。

 

 ダンジョンは五階層までは誰でも行けるという。

 モンスターも強くなく、マップ構造も単純なのものが多いので、数分から長くて数十分で次の階層に行ける。


 九階層までも、そう難しくはない。

 少し経験を積んでいる人ならクリア可能な階層だ。


 ただ、それ以降はマップも様々、一階層降りるのに十分もかからない時もあれば、何時間もかかる場合もあるという。

 モンスターも徐々に強くなっていき、ある程度の経験があっても二十階層が関の山らしい。 


「勝負とはいっても無理はなさらないように、お願いしますわ」


 エレノアは注意を促す。

 途中で帰れなくなったり行方不明になった人たちは、そこそこな数いるのだ。


 マップは入る人によって変化するが、まれに途中で同じマップとなり別の人と出会うことはあるそうだ。

 なので助けられた人はいたみたいだが、それは偶然。基本的に救助はできない。

 ただ、その時が来るのを待つしかなくなる。


「転送陣までの余力は残しておいてくださいね。よろしいかしら?」


「はいっす」

「はい!」

「わかりました」

 

 ダンジョン内では、外に出られるための転送陣も現れる。

 だいたい三,四階層あたり一回くらいの頻度らしい。

 常に転送陣がある場所までの体力を残しておくことが重要だ。

  

「準備はよろしいですか? では、そろそろ参りましょう!」


 そういって、エレノアは皆を先導する。

 俺たちも、その後についていった。

 

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