第28話 モイアの町⑤
「あら、噂をすれば……」
広場の奥から何十人もの集団が、こちらに向かってきた。
俺たちの周りにいる人数と同じくらいだ。
その人々が合わさって、この辺りの人口密度が、とんでもないことになってしまっている。
なんで俺は、こんなにも多くの人で囲まれることになったんだ。
そんなことを思っていたら、集団の中央にいた金髪の男がこちらに近寄ってきた。
「んん? エレノアじゃあないか」
細い碧眼、髪型は七三分けで、少し肥えた顔と体。
そして一際豪勢な服を着ている。
エレノアのような優雅さというより、成金趣味のような豪快さのある服だ。
「……あらあら、そうでした。あなたがいらっしゃるんですよね。ヴィクター・アーゴルド」
エレノアは、あまり会いたくなかったという表情をする。
「おかしいな。君も合同配信に参加予定だったかな?」
「いいえ。わたくしもダンジョンに入る予定で来ましたが、ここで会ったのは、たまたまですわ」
「たまたま? ふふん。このような大衆の前に出てくるなんて。昔の君では考えられないことだ」
「そうかもしれませんわね」
「うちからの借金を返済するため、君まで働かなくてはならないもんな」
「……あら。配信者になったのは、わたくしが、なりたかったからですわ。決して無理強いでなったわけではありませんのよ。それに、一年以内で完済の目途もたっていると、お父様がおっしゃってましたわ」
「そうかそうか。それは残念なことだ。もっと利子を取りたかったよ」
二人の間でバチバチと火花が散っているように見える。
この二人は知り合いのようだが、仲は良さそうではなかった。
それにしても、ヴィクター・アーゴルドか。
個人配信者のトップということだけは知っている。
それ以外どういう人物なのかは、全くわからないが。
ただ、アーゴルド、か。
借金の返済とも言っていたし、もしかして、あの……?
と、後ろでリザが、
「うわぁ。なんでいるの?」
と、聞き取れるかどうかの小さな声で呟いた。
ブルも、ハァっと、妙なため息をつく。
アンナの方を見ると、彼女は少し顔がひきつっているように見えた。
そういえば、ヴィクター・アーゴルドと何かあったとかなんとか、前に言ってたが……。
「ところで……こいつは?」
彼は俺の方をちらりと見るや、顎をくいっとさせエレノアにたずねた。
「ユウヤさんですわ。今日、わたくしとパーティーを組む予定ですの」
「誰だ?」
「まあ。あなたともあろう方が、ご存じないのですか? あれだけニュースにも書かれていますのに!」
ヴィクターは首をかしげながら、考えるような仕草をする。
そして思い出したのか「ああ」と言って手をポンと叩いた。
「なるほど。ついうっかり忘れていたようだ。君が、あのユウヤか」
そう言うと彼は、フンッと鼻で笑った。
「しかし、リンカーコネクトだったか? そこの一人に勝ったからって、そんなニュースにすることかね?」
「あら。わたくし、そうは思いませんが」
「ふ、まあいい。ユウヤと言ったか。君、どうだい? 私の配信に出てみないか?」
「突然何をおっしゃいますの?」
エレノアが、俺の心を代弁した。
「彼女の配信も視聴者はそこそこいるみたいだが……私に比べたら、たあいもない。私なら、もっと稼がせてやるぞ」
「あの。俺は別に、そういうのに興味ないんで」
「興味がない、だと?」
ヴィクターは一瞬、眉間にシワを寄せる。
が、すぐに余裕の表情に戻った。
「ふ。私のことを知らないとみえるな。よし、教えてやろう。私は……」
「あ、名前は知っています。けど俺は、配信に映りたくないんで。すいません」
また、ヴィクターの眉間にシワが寄る。
さらに口元をピクピクさせ、不快感を露わにした
正直な気持ちを言ったのだが、俺の態度に気を悪くしてしまったようだ。
「そうか、私のことを知っているのに! 私とは嫌か! そうかそうか。まさか、そんな奴がいるとはな!」
顔は笑ってはいるが、目は笑っていなかった。
別に嫌っていうか、そもそもよく知らない人物、なによりアンナたちが嫌がってそうなので、俺自身も距離を置きたかった。
というか、何で配信に出たくないと言っただけで、こうも不機嫌になるのか……はっきりと断ったのがまずかったか。
「言っておくが、今後、君が頼んできても配信に出さんぞ。いいんだな?」
「ええ。別に俺は構わないです」
「!!……フン。あとで後悔するからな」
ヴィクターは吐き捨てるように言うと、その場から離れていった。
周囲がざわつく。
「あのヴィクター・アーゴルドを怒らせるとは」
「大丈夫なの? やばくない?」
「ちょっと調子にのってないか?」
「ヘッヘッ。ヴィクターの奴、拒否られてやんの」
「あいつ、金持ちってだけで威張っててウザいし。面白くねぇんだよなぁ」
周りの人たちは、うろたえながら彼に付いていく者、俺を睨んでから彼に付いていく者、ヒソヒソと話し出す者などに分かれた。
ヴィクターを、あまり良く思っていない人もいるようだ。
「ユウヤさん。よろしいのですか?」
黙っていたエレノアが口を開く。
「別に。俺は構わないよ」
「そうですか。あの人はアーゴルド商会会長の三男なのですが……。いえ、あなたにはそのようなこと、関係ないみたいですわね」
アーゴルド商会は、世界七大商会の一つに入る規模の商会だ。
トップ配信者というだけでなく、アーゴルド商会の一族の者だったか。
名前からして、もしやと思ったが。
とはいっても、彼が言う様に後々、後悔することなんてないだろう。
嫌われたのなら、まあ仕方がないと思うだけで、特にそれ以上関心はなかった。
「さて、少し邪魔が入りましたが。パーティ編成について……」
エレノアは何もなかったかのように、話しを元に戻す。
と、そこへきて、
「え、え、え、エレノアさ~ん!」
抑えながらも歓喜の声が。
それは、トモナリの声だった。
「ユウヤ。みんな来てるぞ」
と、ブル。
「どうやら、お揃いのようですわね。では、皆さんのお名前を教えてくださいな」
振り返ると、いつの間にか残りのメンバー五人全員が集まっていた。
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