親方と親友
ファーブレ工房の社長、もとい親方のダリオ・ファーブレは、室日ジョンとは対照的な人物であった。
全く整えられていないチリチリの頭髪に胡麻色の無精髭。
服装も汚れた作業着以外を目にすることは、ほとんどない。
似ている所といえば、しっかりとした体格だろうか。
ファーブレ工房のトップであるものの、経営に関しては他人任せの無頓着で、武具を作る事のみに没頭する男だった。
「……ですので、決して粗末に扱っていたわけではございません」
「……」
工房内の作業場で、ただ一人ハンマーを振り下ろすダリオ。
室日にとってビジネス以外では、あまり会いたくないタイプの人物であった。
「かの者は無名ではありますが、確かに並外れた力を持っておりました。もしかしたら、ファーブレ工房にお世話となった者の中におられるやもしれません。ダリオ殿、ご存じありませんか?」
「親方と呼べっていっただろうが!」
「失礼いたしました。親方」
「おう。それで? そいつの名はなんつうんだ?」
「ユウヤと」
「あ~……ん~……。……知らねぇなぁ」
「さようですか。彼の持っていた剣は、純白をした刀身であったといいます。似たような剣をお作りになられていましたから、もしかしたらと」
「わしは作ってやった奴の顔と名前は忘れねぇんだ。知らねぇってことは、うちの剣じゃねぇな」
「なるほど。さすがは親方です。その腕のみならず、頭脳も明晰であられる!」
「へっ」
ダリオはぶっきらぼうに鼻を鳴らす。
単なるお世辞にすぎない言葉だったが、嬉しいのか照れているようだ。
室日にとっては、ありえないことだったが。
「それだけに今回の、ファーブレの名に傷をつけるような失態は、私の不徳の致すところ。ミナモト涼葉にかわりまして……」
「ああ、いいって別に。相手が強かったんじゃあ、しゃあねえよ」
ダリオは手を止め、布で汗をぬぐりながら室日に顔を向けた。
「なにより、お前さんとこの
「ほう……」
「涼葉ちゃんにも伝えとけ。気にすんなって。代わりの剣もすぐに作ってやっからな、と」
「ありがとうございます」
「ま、さすがに無償でとはいかんけどな」
がっはっはと、豪快に笑うダリオ。
室日も笑みを見せる。
どうやら涼葉の件で、ファーブレ工房との関係が悪くなるといったことはなさそうだ。
最悪、提携を打ち切られる可能性も本気で考えていたので、安堵した笑みだった。
「にしても、そのユウヤって奴ぁ、何もんなんだ? 誰も知らんかったのか?」
「はい。少なくとも我がリンカーコネクトの中に、彼を知っている者は一人もおりませんでした」
「へえ。ま、そうゆう奴もいるっちゃ、いるか」
ダリオの顧客は強い者がほとんどであるが、当然、全てが世に知られているわけではない。
中には人知れず活躍をしている者もいる。
とはいってもダリオにとって、その人物が有名か無名かなど、どうでもいいことだった。
ただ、自分の鍛えた武具を使いこなしてくれることが重要なのだ。
「親方も気になりますか?」
「当たり前だ。そいつの剣が、わしの剣を壊したんだろ」
「ええ。一撃で」
「どこの剣だ。まさかカルカッソンのとこか? あの野郎のとこだったら、今頃わしのことを笑ってやがるな」
髭をザリザリといじりながら、独り言のように呟くダリオ。
「いや、野郎がつくれるか? ううむ……あとは」
「ミストラルくらいでしょうか」
「……フン。どっちにせよ、わしを一歩出し抜いたってぇわけかい」
「いえいえ。剣の格が問題とは思えません。ユウヤという人物の力量が、涼葉よりもはるかに勝っていたのでしょう」
「さすがに、そこまでの奴がいるってぇのか?」
「剣の問題でないのなら、そうとしか」
「ふぅむ。いっちょ、わしんとこに来てくれるよう頼んでくれねぇか」
「はぁ、わかりました」
室日は、軽い気持ちで返事をした。
親方の要求は可能な限り聞き入れておくのが、室日の方針だった。
自分は相手と面識はないが、涼葉を通してならなんとかなるだろうと安易に思ったのだ。
「なかなか、おもしれぇ奴がいたもんだ。こりゃあ会うのが楽しみなこったな!」
ダリオは笑いながら、再びハンマーを振り下ろす。
カーンと響く音と共に、彼の仕事は再開された。
その様子を見た室日は、会釈をして作業場を出ていった。
出口までの道のり、幾人もの工房関係者とすれ違う。
王都の工房の大きさといったら、さすがは世界三大工房だと感心せざるをえない。
外に出て、ふぅっと、ため息をつく。
とりあえず今日の仕事は上手くいった。
ファーブレ工房との関係は問題なし。
いや上手くやれば、これから更に良い関係を築くことができるかもしれない。
ダリオからの頼みは涼葉に任せればよい。
彼の機嫌をとる方法も、いくつかありそうだ……。
室日はニンマリと笑みを浮かべ、足早に帰路についた。
♢♢♢
「……で、どうかな?」
「…………」
「ねぇ、涼葉。聞いてる?」
「…………」
「ねぇってば!」
「!!」
肩を揺らされたミナモト涼葉はハッとした。
誰が自分の肩に手を置いたのか、自分がどこを歩いているのか。
思い出すのに少しの時間を要した。
「……あ、うん。何、ユキ?」
「だから今日の料理よ。何食べたい? リゾットとかでいい?」
「え? ユキの店って今日、休みだっけ?」
「ちょっと。ほんとに大丈夫? そもそも私がここにいるでしょ……」
「そ、そうね。あはは」
親友の愛原ユキは、レストランを経営している。
週一回の休みの日、涼葉はよく彼女の店で食事を奢ってもらうのだ。
ただ、今日は少し事情が違っていた。
いつもなら誘わずとも涼葉の方から店に来るのだが、元気のない彼女を見てユキの方から誘ったのだった。
「まあったく。あなたらしくないわよ。いつまでも負けたことを引きずらないの」
「うん……」
ユキの店へと続く通りを歩きながら、涼葉はぼんやりとした返答をした。
「それとも、社長から何か言われたの?」
「え?」
「秘書のスザンヌさんから聞いたわよ。社長室に呼ばれたんでしょ」
「う、うん」
「やっぱり怒られた?」
涼葉はこくりとうなずく。
「そっか。でもまあ気にすることないって。あの社長、性格悪いとこあるし。何でもかんでも自分の思い通りにいかないと気がすまないんだから」
「……」
「そのユウヤって人が強かったんでしょう。しょうがないじゃない」
「そう、なんだけど。でも……私のせいで彼と戦うことになったわけだし……」
「え? そうだったの?」
涼葉はユキに、戦うことになった理由を話した。
自分が挑発するようなマネをしてしまったせいで、戦うことになったことを。
「……そうだったんだ」
「私、なにやってたんだろう」
「でも、ほら。過ちは誰にでもあるし……」
ユキは、何と言おうかと思考を巡らせていた。
話を聞くに涼葉が悪いのは明らかだった。
自分の立場がいいことに、そういった行動へでたのは間違いない。
おそらく無名の配信者グループでなかったら、そんな行為はしなかったろう。
「そ、そうだ。ちゃんとさ、その人たちの所に謝りに行こう」
「え……」
「私も一緒に行くからさ!」
「うん……そうだね」
作り笑顔で涼葉はうなずいた。
だが、ユキを連れていくつもりはなかった。
これ以上この問題で、彼女に心配はかけたくないという思いがあったのだ。
「あ。ユキさ~ん!」
店の前には十数人ほどの集団がいた。
その中の一人がユキに気づき、手を大きく振る。
「ちょっと。今日は定休日よ。来ても何もないわよ」
「わかってますよ。少し見にきただけなんです」
ユキの店の常連客が、新規客を連れて見学にきたようだ。
「あ、涼葉さん!」
「涼葉さんだ!」
涼葉にも気づき、声をかける。
「あ……」
「す、涼葉さん。あの。気にしないでくださいね」
「え?」
「ちょっと調子が悪かっただけですよね。涼葉さんが、あんなよくわかんらん男に負けるわけないし!」
「お、おい」
「え、えっと……」
言葉に詰まった涼葉をユキがフォローに入った。
「そ、そうなのよ。元気に見せていたんだけど。あのとき涼葉ってキツいダンジョン行った帰りでさ。ね?」
「う、うん」
「ですよねぇ」
「なぁ。だよなぁ」
「何なら俺たちが、あの男をぶっ倒してしてやりますよ。涼葉さんに、あんなことさせちゃあ」
「そうそう。今度みんなでクレームしに行こうと思うから、その時にでも……」
「そ、そういうことはやめて!」
「あ、すいません……」
「そうだぞ、お前ら。なに馬鹿な事しようとしてるんだよ」
何人かが涼葉と同じように止める。
全員が同じ考えではないようだった。
「とにかく」
と、ユキは手を叩いた。
「何もしなくていいから。心配しなくて大丈夫よ」
「「は、はい」」
「でも、まだちょっと元気になってないから。私がこれから美味しい料理をごちそうするのよ!」
「おお~! いいですねぇ!」
「てゆうわけなので、また明日来てちょうだい。これから作る予定の料理を明日のおススメにいれるわ」
「了解しました!」
「楽しみです」
「それじゃあ明日!」
「涼葉さん、早く元気になって再開してくださいね!」
手を振りながら去って行くファンを見送る二人。
ユキは笑顔でいたものの、涼葉は浮かない表情のままであった。
「みんな心配しているんだから。そんな顔してちゃダメでしょ」
涼葉の肩を軽く叩き、優しく微笑む。
「……うん」
「ほら、中に入りましょう?」
促されるまま、誰もいない店の中へ入り席に着く。
笑顔のまま厨房に向うユキを見ながら、涼葉は思った。
自分はリンカーコネクトに居るから、ここにも来れるしファンだって沢山いる。
それに両親のことも……
身をもって最悪の状況は回避できたのだ。
もうあれこれ考えるのはよそう。
今まで通りにすればよい、なるようになるだろう。
そう思うと涼葉は立ち上がる。
厨房へ向かい、いつものようにユキの手伝いをし始めた。
それまで静かだった店内は、二人の会話で少し明るくなったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます