第14話 勧誘①

 新拠点の選定で王都に行った帰り。

 カルミナ入口の門から役所に向かい用事を済ませた後、拠点の建物に戻った。


 町中は本当に人が増えた。


 元々、田舎の村みたいに寂れているわけではないが、かといって都市のような賑やかさがあるわけでもない。


 どこかへ行く時の中継地点としての役割もない町だ。

 訪れる人は、大した理由もなしに来ることがほとんどだった。


 それが今や多くの人が行き交うのを見る。

 もはや辺鄙な町とはいえないだろう。


 配信だけではなくニュース紙にも書かれ、町の名前が知れ渡った影響は、思っていた以上だ。

 

 拠点前の道路も、見物人なのか記者なのか相変わらず人がいるので、あまり正面の入り口は使いたくなくなった。


 裏口が今では正門だ。

 一階には裏口がないので二階まで階段で上ることになるが。


 裏手に回り階段を上がる。

 と、そこに思いがけない人物がいた。


「あれ? 君は……」


「え……あ、こんにちわ」


「……涼葉?」

 

 扉の前でウロウロしていたのはミナモト涼葉だった。

 俺と同じようにフード付きマントをはおっている。

 フードは脱いで顔を見せていたので、すぐわかったが。

 

「何してるの、こんなところで」


「ええと、あはは。ちょっと、あなたにお会いしたくて」


「俺に?」


「あ、それと、アンナさんにもなんですけど」


 モジモジとして上目づかいに、少し照れ気味に言う。


 なにやら用があるらしいが、扉を開けるのをためらっていたのだろうか。


「なら、入りなよ」


「え、ええ」


 俺は扉を開け、彼女と一緒に中に入った。


 部屋ではアンナとリザが、テーブルで談笑していた。


「あ、ユウヤ……って、ミナモト涼葉!?」


 リザが涼葉をビシッと指さす。

 

「な、なんでユウヤと一緒にいるのよ!」


「何か俺とアンナに用があるみたい」


「私にですか?」


 涼葉を椅子に座らせ、俺はマントを脱いだ。


 彼女もマントを脱ぐと、それを畳んでテーブルの上に置く。


 そういえば彼女の髪、目立つ桃色なのは変わらないが、前のようにツーテールではなく下ろされている。

 髪型の変化だけで、なんだかイメージが変わった感じだ。


 そして鎧(といっていいのか)なのだが、相変わらず奇抜、というか肌面積の広い鎧を着ていて、少々目のやり場に困る。


 ただ、この前の銀色をした鎧ではない。

 形状は似ているが、材質は革製の鎧だ。

 それと、露出している部分が若干増えているような……。


 この装備をしてマント無しで町を歩けば、有名人でなくてもいろいろ注目されること間違いなしだ。

 

 微妙な空気の中、リザが立ち上がって棚から瓶を取り出してきた。


「紅茶でいい?」


「は、はい」

 

 すでにお湯の入っていたティーポットの中に茶葉を入れ、かき混ぜ棒をぐるぐると回す。


「で、用って?」

 

「あ、あの。この前のことで謝りにきたんです……」


 涼葉はうつむきながら、しかしなんとか俺たちの顔を見ようとしながら言った。


「そんな、気になさらないでください」


「そうそう。今さら気にしないわよ」


 アンナは微笑みながら、リザはこちらを見ながら言った。


 えっ? と、涼葉は意外な顔をする。

 そうあっさり言われるとは思っていなかったようだ。


「え、でも。私、あんなにひどい態度とって……迷惑かけたのに……」


「なんたって、あなたのおかげでユウヤの秘密がわかったようなものなんだし、ね」


 俺は少し苦笑してしまった。


「まあ、そうかも」


 確かにあの一件がなければ、ずっと知られることはなかったかもしれない。

 

 涼葉の表情には安堵の色が見える。

 あのようなことがあっては許してくれないと思ったのだろう。


 普通なら怒るところだろうが、アンナもリザも俺も、とりたててどうこうしようとは思っていなかった。

  

 それから何度も頭を下げ謝罪の言葉を述べる彼女に、もういいからとなだめる。


 気のせいか先日と違って、どこか、しおらしくなっているような感じがした。


 そういえば涼葉も、周りから何か面倒なことはあったのだろうか。


「どうもこんにち……あれ、え? み、ミナモト涼葉さん!?」


 最中、階段を上ってきたのはトモナリだった。


 彼は涼葉を見るなり歓喜の声を上げた。


「うわー、マジですか! なんでいるんですか!」


「この前のことで謝りに来たのよ。ずいぶん嬉しそうね」


 リザが紅茶を注ぎながら言う。


「当たり前だよ、こんな有名人を目の前で見られるなんて! うわぁあ……本物だよ……ナマ涼葉さんだ!」


 彼のその妙な興奮に、涼葉は若干引いているような感じだった。


 トモナリは、彼女のような配信者をよく見ているのだそうだ。

 今まで有名無名を問わず、だいたい一万人以上は見てきたという。

 メインで見ている人は数百人くらいらしいが、それでも、よくそんなに見れるなと驚いたものだ。


「あのう」


「ああ、ごめん。それで、ほかに用は?」


「まずアンナさんに、なんですけれど」


「はい」


「あのですね、アンナさん。よかったらリンカーコネクトに入りませんか?」


「え、ええ!?」


 アンナとリザとトモナリが同時に声を上げた。


「うちの社長がぜひって。どうですか?」


「ま、マジかよ。アンナさんがリンカーコネクトからスカウトっすか? うわーすっげー! てことは、ここもリンカーコネクトの拠点になるから。うわ、毎日来なきゃあ。ああでも、他にさく時間が足りなくなってしまう!」


 当事者でないのに、やたらとはしゃぐトモナリ。

 だが、すぐにがっかりすることになる。


 アンナは驚いた表情をすぐにやめ、俺を一度ちらっと見て涼葉に言った。


「すいません、私は……入るつもりはありません」


「そ、そうですよね。いきなりこんなこと言われても」


 アンナがほとんど考える間もなく拒否の返答をしたので、逆に困ってしまった様子だった。

 

 どこにも所属していない個人がリンカーコネクトのような大手からスカウトをされたら、ほとんどは飛び上がって喜ぶことだろう。


 どのようにしたら、そういった所へ入ることができるのか。

 スカウトだけなのか、何かテストとかあるのかは知らないが。

 とにかく、そう易々と入れるものではないのだ。


 まあ、アンナの場合は事情が違うだろうが。

 

 コンコン


 その時、扉をたたく音がした。

 そして外から聞き覚えのある声。


「はい、誰ですか~?」


 リザが扉を開けると、フードで顔を隠した人物がいた。

 

「どうも。こんにちは」


 フードを脱ぐと、それは桂城だった。

 その姿を見たトモナリは目を丸くした。


「は? え? なんで桂城さんが涼葉さんに続いて? ちょちょ、待ってくださいよ。ここってアンナさんのファンが集まる所で、アンナさんは配信者で、お二人も配信者で、ええっと……」


 若干テンパっている。

 そういえば、桂城とも初対面だったか。


 そしてもう一人、涼葉が驚いた口調で叫ぶ。


「か 桂城さん!」


「あれ、あなたは……リンカーコネクトのミナモト涼葉さんじゃないですか。どうしてここに?」


「それは私のセリフです。あなたこそ、どうして」 


「遊びに来ただけですよ」


「はい?」


「ユウヤさんと先日お会いしまして。その時に、いつ来てもいいって言ってくれたので。ちなみに僕も手合わせしてもらいましたよ。それで、あなたは?」


「それは……えっと……」


「アンナをリンカーコネクトに入れたいみたいよ」


 涼葉が言いあぐねている隙にリザが言った。


「え? ああ、なるほど……」


「まあ、入らないけどね」


「ですよね」


 桂城は、さも当然のように言った。


「と、とにかくアンナさん。今はその気がなくても、いつでもいいので。待ってますから、ぜひお願いします!」

 

 ずいっと身を乗り出す。

 やけに力のこもった勧誘だ。

  

「これ、本部の場所と連絡先です。こっちは私の。先に私の方へ来てくれたら、一緒にみんなのこと紹介できますから!」


 一枚の紙を渡し、指差して説明する。 

 アンナは苦笑いをしていて断り切れずにいた。


「スカウトですか。そういえば僕のとこでもやってるけど。あれって、どういう基準で探しているんだろう」


 様子を見ていた桂城がつぶやく。


「え、教えてくれないんですか?」


 トモナリは意外な顔をした。


「単に聞いたことがないだけですね」


「そうなんですか。桂城さんはスカウトされてV.Cに入ったんですよね?」


「いえ、僕はスカウトされたわけじゃないです」


「あれ。じゃあ、何かテストみたいなの受けて入ったんですか?」


「そうですね」


「なるほど。やっぱり配信者に憧れて受けたって感じですかね」


「実は知り合いが勝手に応募して。何となく受けたら合格して、こうなったんです。特に配信者になりたいとは思っていませんでしたね」


「おおお! すっげー! やっぱ才能ある人は違いますね! そのテストって何をやったんですか?」


「ええと。正直、たいした事をやってはいないんですが……」


 トモナリの質問攻めに桂城は嫌な顔をすることなく答えていった。

 彼は俺にも顔を向けて話す。

 いつの間にかアンナも涼葉も聞き耳を立てていた。


 コンコン


 突如、またしても扉の方から音がした。

 皆の視線が一斉に向く。

 そこには、扉を開け中を眺めている一人の女性がいたのだ。

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