第15話 勧誘②
「イリ―ネさん!」
最初に声をあげたのは桂城だった。
「初めまして、ユウヤさん。V.C運営局長のイリ―ネと申します」
入ってきた彼女は優しい笑みを見せたかと思うと、桂城の方を向いて
「いつまでも本題に入りそうにないわね。遊びに来たわけじゃないのよ」
と、少し怒っている声で言った。
「いやー、それはですね」
ばつの悪そうな様子で頬をかく桂城。
「すいません、ユウヤさん。僕が来たのは、あなたをV.Cに勧誘するためなんです」
「ああ、なるほど」
そうだろうなとは、なんとなく思っていたので、特に驚きはしなかった。
イリーネはつばの大きな羽根つき帽子を脱ぐ。
淡い青紫色をした長髪は、綺麗に煌めいている宝石のようだ。
それにしても、全く警戒していなかったとはいえ、扉が開いたことに気づかなかったとは……。
「この前は、ちゃんと勧誘しなかったようなので。改めて伺った次第です」
「でも、イリ―ネさん。何度も言いますけど、彼はうちには入りませんよ。勧誘しなくてもわかります。ですよね?」
俺を見つつ言うので、うなずいた。
「だから私も直接、話をしにきたの」
コツコツと履いているパンプスの靴音が、やけに部屋に響く。
「こちら、よろしいかしら」と言って、彼女は空いている椅子に座った。
そのスタイルのよい体を、胸元を開けた白と黒を基調とするスーツで包み、スリットの深く入ったスカートからは生足が見え隠れしている。
彼女の足を組む姿に、トモナリの視線はくぎ付けだった。
「ユウヤさん。何も配信しろとはいいません。ただ居てくれるだけでも構わないのです。待遇もユウヤさんのお望み通りに」
「別に待遇がよかろうと、入る理由がないですね」
「いえいえ。ご存じかと思いますが、V.Cは大手の配信者事務所です。しかし、配信することだけが私たちの目的ではありません」
彼女は胸元から一枚の紙を取り出し、俺に手渡した。
それは都市の自治を認めた証書だった。
「私たちは、様々な人々が暮らす自治都市を有しています。この世界での素晴らしい生活のために、安心して暮らせる環境を提供するのが使命と考えています」
イリ―ネは、V.Cが治める自治都市の魅力を語った。
治安が良く、いろいろな施設が充実して快適な暮らしができること。
様々な町と交流を持っていて、多くの人が行きかう賑やかな場所であることなど、熱心に説明した。
「魅力的な町ですね」
「はい。様々な自治都市の中でも、暮らしやすさは随一と自負しています。ファンの方々にはもちろん、そうでない方にも高く評価されているんです」
そして、V.Cに入ると諸々の特典があるということを重ねて説明した。
「アンナさんもいかかでしょうか。V.Cに入ってみませんか?」
「え……」
「ちょ、ちょっと待って! アンナさんは私が先に勧誘してるんですけど!」
アンナに向けた視線を遮るように、涼葉は二人の間に割り込む。
「そうね。けれど、どちらが先かは問題ではないわ。アンナさんが入りたいと思っているかどうかです」
「それは、そうだけど……」
「アンナさんは、お料理がお好きなようですね。ここで飲食店を開いているとか」
「は、はい」
「いかかでしょう、私たちの町にも開いてみては?」
「……」
「好立地な場所を提供いたしますよ。ぜひアンナさんのお料理の味を、もっと多くの人に広めてください」
「あ、あの。涼葉さんにも言ったんですけれど。私はどちらにも入るつもりはありません。ごめんなさい……」
「そんなにすぐ、お決めにならなくてもいいですよ。アンナさんも、そしてユウヤさんも、私たちの町に来てみたり配信者の方と会ってみたりすれば、V.Cの良さをわかってもらえるはずです」
「でも、気持ちは変わらないと思います」
俺も軽くうなずく。
「そうですか?」
「V.Cよりリンカーコネクトの方がいいですよ! 女の子しかいないし! それに、私たちも自治都市を持ってますし。あ、料理がすごく上手な子がいるんですよ。アンナさんとも、きっと仲良くなれるから!」
涼葉が負けじと横からアピールしてくる。
「ユキって子が店を持ってて。彼女の店って、サヘラン王国のグルメガイドで五つ星を取ったこともあるんですよ! あと、
「おお~、俺っちも食べたことありますよ! 杏さんの料理って、何というか懐かしい感じがするというか、おふくろの味って感じがするんすよね。マジで毎日食べたいくらい。いつも混んでて、何時間も店に入れなかった時あったなあ」
横からトモナリは割って入るように喋りだしたが、涼葉は気にもとめずにリンカーコネクトの魅力をアンナに伝えてくる。
「え、えぇ……」
アンナはその熱量に押され気味だった。
「…………」
ふぅ、と、イリ―ネは軽い吐息をし足を組みなおした。
うっすらと開けた瞼で何かを考えている様子をみせながら、ティーカップを口につける。
そんな彼女を見て、俺も自分のコップに手を伸ばした。
まあ、アンナの気持ちは変わらないだろう。
アンナが入りたいと望むなら、正直それもいいのではと思っているのだが。
俺は紅茶を一口飲む。
と、その時だった。
イリ―ネは俺の目を見たのだ。
「……ユウヤさん、単刀直入に言います。私は、あなたが欲しいのです」
俺は紅茶を吹き出しかけてしまった。
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