第16話 勧誘③

(言い方……)


「お気づきかと思いますが、アンナさんを誘った理由も当然あなたが目的です」


 そう言うと横目でアンナに、そして涼葉に視線を向けた。


「あなたもそうですよね、ミナモト涼葉さん?」


「……」


 まあ、アンナのファングループに入っている以上、アンナがV.Cやリンカーコネクトに入れば、間接的に俺を手に入れたも同然か。


 しかし、よく遠慮なしに彼女の前で本音を言えるものだ。


「グループから抜けるとは考えなかったんですか?」


「いいえ、そのようなことはしないでしょう。もしその気ならば、とっくに抜けています」


「そうですね……」


 イリ―ネは続ける。


「この世界もおもしろいですね。様々なことが起こりうる」


 その瞳は俺を見てはいるが、どこか別の所を見つめている感じがした。

 

「私たちの町も今のところ平和ではありますが、この先、何が起こるかわかりません」


 彼女によると、友好都市の提携を結んでいる自治都市が侵略を受けたので助けたことがあるそうだ。


 まあ確かに様々なことが起こる。 

 モンスターだけが原因となることはない。

 当然、ヒト同士のいざこざも、そこらで起こっているのだ。


「V.Cはそれなりに強い配信者を擁していますが、皆がみな強いわけではありません。ここの世界は個人の力の差が激しい……」


 弱いモンスターに勝てない人もいれば、一人の力が本当の意味で千人に勝ることもある世界なのだ。


「とはいえ、大抵の自治都市や小国の軍、野盗やモンスターの類はどうとでもなります。しかし強大な力を持った敵が、いつかは現れるかもしれません」


 敵、それはモンスターも当然のことだが、それ以上にヒトだという。

 強大な国や組織、強い個人などが敵となって現れる可能性もあると。


「もし、あなたの本当の力を知っていたら誰も手を出してこないでしょう。仮に帝国であっても、あなた一人がいるだけで抑止力となる」


「さすがに買いかぶりすぎです」


 俺は少し苦笑いをする。


「ユウヤさんの強さに懐疑的な方もいらっしゃるようですが……あの時わずかに見せて下さっただけですからね。しかし、わかる人にはわかるものなのです」


「……」


「本当は宗二郎と手合わせをお願いするまでもなかったのですが」


「あれは単に僕がやりたかったからですよ」


 桂城は純粋に俺と戦ってみたかったようだ。


「すでに私たち以外にも、あなたやアンナさんを引き入れようと接触を試みているところが多くいるはずです。まあ、あなたの真の力に気づいていない者が大半でしょうが」


 勧誘の多さは、送られてくる手紙の量を見れば言うまでもなくだが。


 それにしても、イリ―ネは俺の力をどの程度と分析しているんだろう。

 自分自身を客観的に見たことないから、気にはなった。  


「私たちも早い段階で手紙を送りましたが返事はなかった。おそらく、ほとんど無視していらっしゃるご様子」


「まあ、そうですね……」


 彼女は、部屋の脇にうずたかく積まれた手紙類をチラリと見た。

 少し気まずく感じた俺は、紅茶を一口含む。


 いまだ多くの手紙がポストに投函されているが、もう一見すらしないのだ。

 

「ユウヤさん。そのような中で、こうしてあなたとお話できること自体が貴重なのですよ。しかし、あなたも、アンナさんも誘いに乗る気配はない……」


「つまり?」

 

「私が言いたいのは、ええ、お二人はどこにも所属せず今のままでいてほしい、ということなんです」


「そのつもりですけど」


「それと、もう一つ。V.Cの人たちと仲良くしていただきたいのです」


「はあ……」


「あなたに興味を持っている人は多いです。しかし面識がないため、なかなか話しかけづらい」


「別に構わないですよ。無論、俺の力が必要な時は手を貸してほしい、というのがありますよね?」


「ええ。もちろん無理にとは言いません。全てはあなたの判断次第で」


 実際に、そういった事態になるとは思えないが。


「そうそう。アンナさんに関心ないような物言いでしたが、そんなことはありませんよ。ユウヤさんに目をかけられた理由が何か、非常に興味を持っていますから」


 彼女は一瞬、アンナに視線を移した。


「私個人としても、お二人ともう一度お話ししたいと思っていますので。お時間がございましたら、よろしくお願いします」


 また胸元から紙を取り出し、俺に手渡す。

 V.C本部の所在地が書かれた紙だった。


「皆さん、いつでもお越しくださいね」

 

 そう言って立ち上がり、皆に微笑む。 

 そして、桂城とともにお礼を言い部屋を後にしていった。



 二人を見送った俺は、さて、涼葉から話の続きを聞かないといけないのだ。


「で、涼葉?」


「は、はい!」


 ビクッと飛び上がるようにして返事をする。


「俺にも用があるよね?」


「えと、あの、そのですね。リンカーコネクトに入ってほしいんですけど男子禁制なので。実は……」


 涼葉は少し慌てていたが、落ち着きを取り戻しながら説明した。


 彼女によると、リンカーコネクトは配信者を守る騎士団を別に創設するらしい。

 そしてその団長に俺がなってほしいというのだ。

 その騎士団の団員なら自治都市に住む権利も与えられるとのこと。


 それを聞くとトモナリは


「うおー、いいなぁ! 俺も団員になれますかね?」


 と、興奮を抑えられない感じで涼葉に言った。


 涼葉は彼を無視し、アンナに顔を向ける。


「アンナさん!」


「はい!?」


 今度はアンナがびっくりして返事をした。


「私があなたを誘ったのは、本当に入ってほしかったからです。それだけは嘘じゃないですから!」


「は、はい……」


「それと、ユウヤさん」


「ん?」


「あの、」


 涼葉は周りをチラリと見まわした後


「……いえ。また別の時にでも話します……」


 と、妙に歯切れが悪く言った。

 何か俺だけに話したいことでもあるのだろうか。


 とりあえず俺もアンナも現状、どこにも入るつもりはない。

 それは涼葉も、よくわかっているだろう。


「あ、そろそろ戻らないと……今日はありがとうございました。また来ても……」


 不安げに聞く涼葉に、トモナリが声を上げる。


「もちろんですよ! できれば今日と同じ時間に来てください! 俺もだいたいこの時間帯に来るんで!」


「あの、ええと」


「いいよ。いつでも」


 俺はアンナの顔を見てうなずいた後、そう言った。


 涼葉は少し笑顔を見せ、トモナリにもその笑顔を向ける。

 初めて気を留めてもらえたためか、トモナリの表情は嬉しそうに緩んでいた。


 こうしてまた、涼葉もお礼を言って帰っていった。

 

 トモナリはしばらくの間、余韻に浸っているのか、だらしない顔になっていた。

 椅子に座ったまま、何か独り言のように呟きながら。

 リザが軽く肩を叩いて揺さぶっても、反応することはなかった。

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