第20話 王都
新拠点へ行く日。
新しいとはいっても、カルミナの拠点を手放すというわけではない。
塔を含めた三つ目の拠点だ。
出発時刻の一時間前、俺は塔の最上階で寝ころびながら空を見上げていた。
最上階の修繕は、やらないことにした。
ブルが、『やっぱこのままでいい。俺たちが戦った軌跡を残しておくんだ!』とかなんとか言いだしたのだ。
面倒くさくなったんじゃと、チーコにつっこまれたが。
修繕しないと塔が崩壊するとかはなさそうので、瓦礫を端に集めたくらいで終えた。
ちなみに塔の名前は結局、アンナの塔のままにした。
カルミナに住む人からしてみれば、アンナは何年も前から住んでいる同郷の人だ。
もはや著名人となった彼女の名の方がいい。
二つの太陽が重なる。
毎日正午に重なる太陽(という名で呼んでいる恒星)は、外で時間を計る一つの指針だ。
俺は起き上がって塔を下りる。
階段は中央の螺旋状の階段のみ。
各階の様子を横目で見て、さてこの塔をどう利用しようかと考えた。
十人ほどで、この広い塔をどう使ったらいいのか。
皆で話し合って、いろいろと案はあるものの特に確定するものがなかった。
後々、他のグループメンバーが戻ってきたり、新メンバー募集を再開するかもしれない。
その時また決めればいいか。
そんなことを考えながら塔を出る。
そして森を抜けカルミナの町に戻った。
拠点の二階。
俺、アンナ、リザ、ブル、チーコ、ミカ、徳さんが集まった。
今日無理な人は、別の日に案内することとなっている。
一応、王都に移動したことを書いた紙を伝言板に止めておく。
涼葉とイリ―ネには、王都にも拠点を持ったことを知らせる手紙も送った。
準備が完了、俺たちは一階のゲートからサヘラン王国の王都へと移動した。
サヘラン王国。
それは、最初からあった七つの国の一つ。
その王都は都市圏を含めると100万人以上が住んでいるといわれる。
ゲートは三か所で、いずれも都市の周囲の入り口である南門、西門、東門付近。
その南門から三十分ほど、馬車に揺られて着く中央区の一等住宅地に、新しい拠点の建物がある。
四階建てで、一階が飲食店にできるという理由でそこに決めた。
ゲートから出て、入り口付近で乗り合い馬車を探す。
ちょうど目的地近くに行く馬車があったので、俺たち七人は乗り込んだ。
身なりの良い婦人二名の先客がいてペコリとお辞儀をしてきたので、同じく挨拶した。
ちょうど時間だったみたいだ、御者が出発の合図をする。
二匹の馬がゆっくりと客車を引き、進み始めた。
客車は車内と屋根の部分に分かれていて、俺とアンナは車内で向かい合って、それ以外は屋根部分に座った。
上からはリザやミカのはしゃぐ声が聞こえる。
物珍しい乗り物に乗れて楽しそうだ。
王都には久々に来たらしい。
中央通りは広く、馬車道と歩道に別れ、それに沿って商店街が軒を連ねている。
昼過ぎで人の行き交いも多く賑やかだ。
左右の道に曲がれば住宅街へと続く。
そこは四,五階建ての集合住宅があり、更に人口が密集しているのだ。
馬車はそのまま真っすぐ進んでいく。
途中、門があり脇には衛兵が立っていた。
馬車の御者に言葉をかけ、中に入ってくる。
二人の婦人は小さな紙を見せた。
俺も上の五人の分もと言って、この区域に住んでいる証明書を見せる。
確認が終わり特に止められることもなく、馬車は一等住宅地へと入っていった。
そこでアンナが、えっという顔で周りをキョロキョロしだした。
「あの、ユウヤさん。ここなんですか?」
「うん、そうだよ」
ここまで来るとは思っていなかったか。
というか新拠点はサヘラン王国の王都にあるとだけ言って、この区域にある事を言っていなかった……。
「こちらにお住まいですか?」
横の席に座っていた婦人が声をかけてきたので
「ええ。今日からですけど」
と俺は答えた。
「あら、そうなんですか。てっきり観光の方かと」
普通はそう思われるか。
「それなら是非、五番地の公会堂を訪れるとよろしいでしょう。この区域の方々と交流を深められますよ」
彼女によると、そこでは定期的に集まりがあり、この区域に住んでいる名士、貴族や有力者とも会えるらしい。
「では、私達はこれで」
そういうと二人の婦人は、敷地の広い邸宅の門前で降りた。
そこから少し進んでいくと、四階建ての建物があった。
周りは二階か三階建ての建物なので、周囲に比べると大きく目立つ。
目的地の建物に到着だ。
「ようこそ、ユウヤ様御一行様」
『夢見の面影』と書かれた札が吊るされている入口。
そこに立っていた一人の男が、丁重にお辞儀をして俺たちを迎え入れた。
豊かな顎ひげを伸ばした中年男性、この物件の仲介人だ。
「どうぞこちらへ」
馬車から降りた皆は一様に驚いた顔をしていたが、中に入るとまた驚きの声を上げた。
「うわぁ……!」
「ひっろ!」
一階の広さはカルミナの拠点のそれより何倍もあった。
真っ先にリザがはしゃいで走り回る。
客席のエリアには、ゆったりとした間隔で椅子と円形のテーブルが、いくつも配置されている。
奥には陶製の甕がはめ込まれたカウンター、そして厨房には、かまどや調理用具がきちんと備わってあった。
材料さえあれば今すぐにでも料理ができる状況だ。
一階を全て見終わると部屋の端の階段で二階に上った。
「この建物は元々、宿屋として造られました。三階四階は全て客室となっております。ここは……」
仲介人の説明が終わることなく、リザやブル、それにチーコやミカも上に登っていった。
早く見て回りたい気持ちはわかるが……。
「ユウヤさん、本当にいいんですか?」
「大丈夫だって。全然心配ないから」
アンナは今まで住んでいた所と、雰囲気がガラリと変わってしまって、ついていけない様子だった。
「なぁ、ユウヤはん。ここ、借家やないんやろ。いくらで買うたんや?」
徳さんが耳打ちしたきた。
「教えませんよ」
「えぇ。いいやろう?」
俺は首を横に振って拒否した。
値段も値段だし、さすがに黙っていた方がいいと思っている。
二階は主にリビングルームとして利用する部屋のほか、ゲートがある部屋もあった。
一通りの説明を終え、俺たちも三階四階を見て回った後で一階に戻る。
そこで仲介人は紙とペンを取り出した。
「こちらにサインと印を」
指さされた箇所にさっと自分の名前を書き、懐から取り出した印章を押す。
「ありがとうございます。そしてこちら、入域許可証です。お確かめください」
渡された十枚の紙に、グループメンバーの名前が書かれていることを確認した。
「では、これにて完了となります。それと、サバロフ様より店に顔をだしてほしいとの言伝が」
「え? わかりました」
彼は深々と一礼し帰っていった。
仲介人を見送った俺は、外から建物を見上げてみる。
王都の新拠点。
今こうしてみると、自分が本当にこんな建物を買ったという実感がわかなかった。
「ユウヤ~」
四階の窓からリザが呼ぶ。
「あたし、この部屋がいいんだけど」
「どこでも好きに決めていいよ」
「ありがと~」
閑静な場所なので、結構声が響く。
広い道に面しているのだが、歩いている人をあまり見かけない。
さっきまでの賑わっていた場所とは正反対だ。
雰囲気的にも一等住宅地なんだというのは感じられた。
左手に城が見える。
この先、城へ通じる石畳の道に出てしばらく歩くと城門だ。
普段は静かだが、城で晩餐会か何か催される日は、人も馬車もひっきりなしに通るだろう。
「さて……」
中に入り、みんなにこれからの予定を話す。
知り合いの商人の店へ行き、そこで食材ほか以前約束した新しい装備品を購入しないかと。
「ユウヤさんのお知り合いのお店ですか」
「今、店にいるらしいんだ」
「え~行く行く!」
みんなその気ではあるが全員で行くのもあれなので、まず、アンナ、リザ、ブルを連れて行くことにした。
知り合いの商人、サバロフ。
彼の店は、ここから五分ほど歩いた裏通りにある。
周囲の建物に比べやや小さめ、一般的な道具屋のようなたたずまいだ。
この区域にあるような建物ではないかもしれない。
そんな建物の前で、メイド服姿の女性が掃除をしていた。
こちらに気づいた彼女。
俺は話しかけようとする。
が、彼女はそれより早く
「あらあら、まあまあ! ユウヤさんではないですか! お久しぶりですわ!」
そう言って、いきなり俺に抱きつき頬にキスをしてきたのだ……
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