第21話 商人の店で①
「な、なな……」
「ちょっ」
「おおっ?」
アンナたちは突然の出来事に一瞬硬直してしまった。
「ちょっと! ユウヤに何するのよ、いきなり!」
リザが間に割って入り、引きはがす。
「あら、この子たちは……」
「あー、ほら。前に話してなかったっけ、アンナたちのこと」
「まあ、はいはい。覚えていますわ。初めまして! わたし、この店のメイドを務めています、ユアと申します!」
「リザに……アンナに、ブルだ」
ユアに三人を紹介する。
すると彼女は、リザにすっと近づき頬にキスをした。
「え……!」
「……!」
それを見たアンナは半歩引くが、すぐにユアは両手でアンナの右手を掴んで逃げられないようにした。
そうして同じように頬へとキス。
「あわ、わわ……」
アンナは赤くなる。
相当恥ずかしそうだ。
「もう……いきなり何なの!?」
リザはなんとも微妙な顔をしている。
「彼女なりの挨拶のつもりだから、気にしないでくれ」
アンナへのキスを終えると、今度はブルを見た。
だが、彼には軽く会釈するだけで
「ご主人様ぁ~! ユウヤさんがいらっしゃいましたよぉ~!」
と、長いブロンドヘアをたなびかせ、パタパタと小走りで店の中に戻っていった。
「あれ……俺は? なんで……? どうして俺だけ……?」
ブルが泣きそうな声で言う。
キスは誰にでもやる、というわけではないようだ。
単に好みの問題なのかどうか、彼女にしかわからない。
俺はブルの肩をポンとたたき、ぼうっとしているアンナに行くよと声をかけた後、店の中に入った。
店の中はかすかに香料の匂いがして、なんとも落ち着く空間だ。
手前はカウンターやテーブル、椅子が並べられていて、奥半分は棚やら台やらで仕切られており、薬草やら食材やらが所せましと並んでいる。
「おおう、ユウヤ。久しぶりじゃあない。三か月ぶりくらいか? 息災でなによりだ」
「サバロフも」
奥からユアとともに現れた、灰色の髪と髭を蓄えた中年男性。
彼が商人のサバロフだ。
「なんだかお前さん、ずいぶんと有名になってしまったな」
「正直、思った以上に面倒事があるけど」
「なに、時間がたてばおさまるさ」
彼は俺たちを席につかせ、ユアに飲み物を持ってくるよう指示した。
「にしても、よく俺が今日、王都に来ると知っていたな」
「そりゃ、この区域で誰が何を買ったのかなんて、すぐにわかるものさ。仲介人に聞いて急いで戻ってきたんだ」
「そうなのか……まあどっちにしろ、ここに来る予定だったんだ。戻ってきてくれてよかったよ。先日来た時は誰もいなかったから」
「ほう、何か入り用かな」
とりあえず俺は、アンナたちのことを紹介する。
そして最近の出来事を簡単に話した。
「……ほほう、そういうことだったのか」
「……で、あの建物を購入したわけ。一階はレストランにするためにね」
「なるほど。そちらの娘さんの」
「レストランですかぁ。わたしも料理が好きなんですよ」
ユアが飲み物を配りながら言う。
彼女は毎日、サバロフの食事を作っているようなので、料理好きなのかもしれない。
「では、ご案内しますね。いろいろ材料があって、何を作るか迷っちゃいますよ~」
「それと、一緒に武具も見たいんだけど」
「わかりました。ではまず、そちらからにしましょう!」
アンナたち三人は武具類のある二階の部屋へと案内されていった。
階段を上がっていくのを見届けた後、俺はサバロフと雑談をしながら紅茶を飲みつつ待つ。
「そういえば、ユウヤは配信者になったのか? ニュース紙に新人配信者と書かれていたが」
「いいや。その記事、間違ってるよ」
「じゃあ今も変わらず、最果ての地を攻略しているんだな」
「まあね」
「なら、またいらないアイテムがあったら持ってきてくれ。高く買うよ」
「わかった。そうそう、俺からもちょっと頼みがあるんだ」
「めずらしいな。なんだい?」
実はここへ来ようとした理由は、食材や皆の装備類を買うためだけではなく、サバロフに頼み事があるからだった。
「サバロフの知り合いに、出版ギルドで働いている人がいたと思うんだけど」
「ああ、エドモンドか」
出版ギルドは、ニュース紙を発行している出版業者の組合だ。
俺は、いまだに俺が謎の人物としてニュースに流れている状況は少しまずいと思っていたので、何か適当にニュースを書いてくれる人がいないか探していることを伝えた。
「なるほどな。書かせなくすることもできるが……いや、それだと記者から妙な噂が立つか。よし、まかせてくれ」
「ありがとう。でも、ほんとにできるのか?」
「エドモンドは出版ギルドの長だし容易い事だ。それに十七人委員会の委員だしな、私の言うことには逆らえないさ」
「そ、そうか……」
サバロフは、十七人委員会という組織で名誉委員長をやっているそうだ。
何をしているのかは不明だが。
「それと、ちょっとしつこい記者がいるから手を引いてもらうように働きかけてほしいんだ」
「誰だい?」
「たしか、アクタ・ジャーナルのイーマイという記者」
「わかった。イーマイだな」
「助かる」
「他にも困ったことがあったら遠慮なくいってくれ」
「そうだ、一番何とかしてほしいのが。アンナ、というか俺にもなんだが。勝手なニュース流して中傷してくるところが、いくつかあるんだ。個人なんだろうけど。それもなんとかできるか?」
「全然問題はないな。ニュースを書くなら個人であっても、ギルドに登録するよう要請するから。まあ未登録であろうと、どんな手を使ってでも探し出して潰せるさ」
「……いや、潰すとかしなくても。そんな手荒にしなくていいんだけど」
「そうかい? ハハハ」
正直、相手の全財産を没収することだって簡単なのだろう。
サバロフがどういった人物なのか、会った当初はよくわからなかった。
というか、実のところ普通の商人としかみていなかった。
見方が一変したのは、たまたま店を訪れた時に出会った人物が国王だと知ってから。
お忍びでやってきた国王と親しげに(親しげではあるが、どちらかというとサバロフの方が目上の雰囲気だった)話をしていたのだから、驚いたものだ。
その後もサバロフと関わっていく中で、彼がどういった立場なのかが、だんだんとわかっていった。
名誉委員長をやっている十七人委員会だって、国やギルドの代表で構成された組織らしいのだ。
何をしているのか知らないが、単なる委員会というわけではないだろう。
今でも完全にわかっているわけではないが、彼の影響力は相当なものなのは間違いない。
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