第13話 有名配信者との手合い②
「最初から本気でいきますから」
「わかった」
「お願いします」
彼は礼をし、右足を少し前に出し中段に剣を構える。
俺も鉄の剣を、同じように構えた。
周りは固唾をのんで見守っている。
聞こえるのは、わずかに木々の葉がかすれる音だけ。
その中で彼の顔は、さっきまでの笑顔とは違い真剣そのものだ。
俺の目をしっかりと見据え、剣先も同様に真っすぐ向けられている。
それが、ゆらりと左右に揺れた……と思った瞬間だった。
剣先が頭上にきていたのだ。
「……!」
俺は一歩下がり、それを避ける。
すかさず彼も、もう一歩を踏み出して打ってきたので、今度は剣でそれを受けた。
剣が交差し目が合う。
と、すぐに間合いをとり、構え直す。
そして再度踏み込み、息をつかせぬ間もなく連続で攻撃を仕掛けてきた。
「はぁぁ!!」
剣と剣のぶつかり合う音が響く。
横から、縦から、斜めから。
彼の太刀筋は乱れることがなく、わずかな間で何十何百回と打ち込んできた。
それはまるで、剣舞のように美しく無駄のないものだった。
(けっこう速いな)
そう思いつつ剣撃をさばく。
彼の動きは、ブルやリザたちとは比較にならない速さだった。
かなりのレベルの高さだ。
横でアンナたちはポカンとして見ている中、ミカの送る声援(ほぼ桂城へ)だけが大きく目立っていた。
言った通りに、桂城は本気だろう。
しかし彼からすると、すべての攻撃が簡単に受け流されているのだ。
そんな中でも表情に変化はないが、微妙な感情の変化は感じていた。
と、剣撃が緩む。
間合いをわずかにとり、剣先を下げ腕を少し引いた。
そして踏み込んでくる。
今度は刺突攻撃だ。
同時に十回もの突きを繰り出したように見える攻撃。
俺はその全てを剣の背の部分で受けた、が……
ピシィ
そこで剣にヒビが入った。
(ん……)
「はぁ!」
続けて横一閃。
キィン
ポトリと剣先が地面に落ちる。
鉄の剣は真っ二つに折れてしまった。
「あ。すいません、折ってしまって!」
「いや、単なる鉄の剣だから大丈夫」
俺は折れた部分を拾いながら言った。
桂城は剣を下ろし、ホッとした様子を見せる。
「ふう、よかった」
少し疲れたのか深呼吸をして一息つく。
「それにしても、ほんと強すぎますね。一本も取れないや。なにより僕のワカタケ丸を、鉄の剣で受けることができるなんて!」
「ワカタケ丸っていうんだ」
「ええ。僕の愛刀です。これでも攻撃値400くらいはあるんですよ。ユウヤさんの武器に比べたら全然ですけど」
彼は剣の刀身を見せながら言った。
さすがにそのレベルの剣で何度もくらえば、鉄の剣ではもたなかったか。
それよりも、あれは町で売っているものではないな。
俺は刀身を観つつ思った。
そこには何やら文字が書かれているが、それ以外は一見すると鉄の剣が片刃になっただけのような単純な代物だ。
しかし、剣から滲み出てくる魔力を考えると、そんなものでないことはわかる。
有名所が鍛えた剣かとも思ったが、おそらく違う。
どこかのダンジョン内で手に入れたか、もしくは、あの行商人から買ったか……。
その視線に気づいたのか
「これ、ある人から譲ってもらったんです。いや、トレードしたっていうのかな。派手な色の服と帽子を被っていた行商人なんですけど。やっぱり知っていますか?」
と尋ねてきた。
「ああ」
彼の言う人物、俺も数回しか会ったことがない謎の行商人だ。
まずもって何処に現れるのかわからない。
何者なのか、名前も教えてもらえない。
なにより、その存在を知っている人自体がほとんどいないだろう。
俺が最初に出会ったのも、たまたまだった。
人を寄せ付けない鬱蒼と茂った森の中を探検していた時、木の根元でパイプをふかしてくつろいでいたのだ。
彼は大きな道具袋をもっていた。
その中から物珍しい道具、武具の数々がでてきたのだが、それは町で買えるものとは明らかに異質で強力なものだった。
かなりの高値で(数十、数百万Cは当たり前。数千万C以上、億単位のものもあった)、もしくは何かと交換によって手に入れることができたのだ。
そして取引の後は、どこかに行ってしまう。
一つの場所には決して定住しなかった。
「三か月くらい前に一度会ったっきりなんですよね。事務所の皆にも会わせたいと思っているんですけど、どこにいるのか全然わからないんです」
「まあ、会おうと思って会える人物じゃないから。ただ、人が多い所だと多分会えないよ」
「そうなんですか。確かに、僕が会ったのは一人で誰もいない廃墟の中でしたし。そっか、やっぱり皆に会わせるの難しいか……」
残念そうに言う桂城。
そこへ、
「あ、あのぉ……いいですか?」
会話の区切りを見計らって、ミカがおずおずと寄ってきた。
「桂城くん。わたしと握手、してくれませんか?」
「はい。いいですよ」
爽やかに答える。
そして両手で彼女の手を優しく握った。
「あ、ありがとうございます! わたし、ミカっていいます。桂城くんがデビューしたときから大ファンなんです!」
「それはそれは。これからもよろしくね」
「はい! それで、あのぅ。もう一つ、お願いがあるんですけど……」
「なにかな?」
「グッズの再販してくれませんか? 限定抽選のなんですけど。わたし、ぜんぜん当たらなくて」
「グッズ? 何を再販してほしいのかな?」
「半年前に一度だけ販売した衣装です!」
「……あー、あれ。はい……」
「あの女装していた時の衣装、ほんとにステキでした! 是非お願いします! あと、抱き枕カバーです! 今でも売っているのじゃなくて限定で売ってたの、あるじゃないですか。例えば……」
「ん、んんん……」
どうせだったら、この際ほしいものは全て頼んでしまおうという勢いのミカ。
彼女は桂城の大ファンらしく、関連アイテムも色々買っているらしい。
ただ、それは彼自身が望んで売っているわけではないようだ。
「……すいません。はずかしいです……」
微妙な空気が流れる中、桂城は口を手で覆いつつ照れながら言った。
「いちおう言っておきますけど、僕が作ってって言ってるわけじゃないんですよ。局長が勝手に作ってるんです」
局長、V.Cの運営局長か。
それはトップには逆らえないなと俺は思った。
「わかりました、ミカさん。局長に頼んでみます」
「ほんとですか! ありがとうごさいます! きゃ~! わたしの名前呼んでもらえた!」
ミカは顔をぶんぶんと振り、今まで見たこともないくらいの喜びを爆発させる。
よかったじゃんと言うリザにも買わせようとしたのだが、リザは即断った。
「はは。なら他のV.C配信者のではどうです? ユウヤさんも誰か欲しい人のアイテムがあったら、僕が頼んでおきますよ」
「いや、俺はそういうのは特に……」
「そうですよね」
「あたしも。トモナリがいなくてよかったね。絶対、あれもこれもって頼んじゃうだろうしさ」
リザが言うことには全くの同意だった。
彼ならまあ、やりかねない。
それこそミカ以上に。
「それでは僕は、このへんで。ありがとうございました」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
残念そうにするミカ。
これからいろいろ話せると思っていたのだろう。
「はい、すいません。あ、そうだ。みなさんの所に、またお邪魔していいですか?」
「え?……ええと」
たずねられた俺は、アンナにどうするか聞こうとした。
だが、「もちろんです! いつでも来てください!」と、ミカが即答してしまう。
アンナもにこりとうなずいた。
嬉しそうにする桂城は右手を差し出す。
「ありがとうございます。それと最後に」
「ん?」
「握手を。お願いします!」
「ああ」
俺と、そして他の全員とも握手をする。
一人ひとりの名前を聞きながら。
それが終わると彼は、お礼の言葉を言い手を振りながら去っていった。
俺たちは、その姿を見送る。
特にミカはしばらくの間、桂城が消えた森の方角を名残惜しそうに見つめていた。
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