第7章 拠点にて③~元同僚~

 一階では、ミカが厨房で何か探していた。

 

「あれ、どうしたの?」


「ちょっとな」


 俺は入り口前に立つ。

 そして、ギィという音とともに、扉を開けた。


「よう!」


 レオが笑顔で迎える。


 彼の後ろにも多くの見物人がいて、視線がさっとこちらに集中したので、俺はすぐ扉を閉めた。


「お、おい」


「悪いがドア越しで」


「ええ、ここでか? 入れてくれないのか?」


「すまんな。というか、話すことなんてないんだが」


「お、俺はあるんだ。あの試合、お前が勝ったなんて最初聞いた時は信じられなかったよ。でも本当だったんだな!」


「ああ」 


「いや、マジすごいよ!  だって、あのリンカーコネクトの有名配信者だぞ。しかも結構強いって評判だった人に!」


「そうなのか」


「そうなんだよ。その人に勝っちまうなんてさ、普通じゃ考えられないって!」


「確かにそうだな」

  

「そうそう。だからさ、色々聞きたいんだよ。今まで何してたのかとか、どうやってそんなに強くなったのかとか、気になるだろう?」


「だろうな」


「あ、それとさ。部長が言ってたんだけど、ユウヤがよければまた、ホーデン商会に戻ってこないかって」


「……」


「商会がスポンサーしてるとこの有名人も紹介できるし。強い人だっているから興味あるだろ?」


「特にないな」


「本当にさ。有名な配信者もいるんだって」


「だから、別に興味ないんだが」


「そ、そうか。ま、まあ、いろいろあっただろうけど。みんなさ、本当はお前のこと心配してたんだよ。もうあの時のことは忘れて前向きに考えてみてほしいんだ」


 ふぅっとため息をつく。


 闘技場で会った時のレオとは、態度がえらい違いだ。

 だが、そんなことはどうでもよかった。


 俺は扉を少し開けた。


「一応言っておくけど、俺はもう戻る気はないから。それと忙しいんで、これ以上話すことも無し」


「え、ちょっと……」


「あと、念のため言っとくけど、俺がそっちにいたこととか絶対書かないでくれよ。じゃあ」


 そう言って扉を閉める。  


 ホーデン商会とは、もう関わり合いになりたくなかった。

 そもそも辞めたというか、とある理由によって辞めさせられたというのが正しいわけだが。


 まあその時が人生の分岐点だったことを考えると、辞めさせてもらってよかったかも、と言えなくもない。


 コンコンと何回かノック音がし俺を呼ぶ声もしたが、それもすぐなくなった。

 レオは諦めて帰ったようだ。


 また何日かしたら、やってくるかもしてないが。


 ミカが何か食べながら「いいの?」と言うので、俺はうなずいて二階に戻った。


♢♢♢


 レオが帰った後、しばらく呼び鈴が鳴ることはなかった。


「ただいまー」


 裏口が開いた。チーコが戻ってきたのだ。

 巻かれた書類をテーブルに置く。


「役所で手続きしてきたわ」

 

「ありがとうございます」


 アンナはお礼を言って紅茶をいれてあげた。


 チーコは役所で、塔に関する事務的な処理を済ませてきたらしい。

 

「塔の名前、考えてなかったから空白にしようとしたけど無理だったの。だからアンナの塔って登録したわよ」

 

 それを聞くとアンナは、自分の名前で登録されるのは恥ずかしいらしく、何か別の名前にしましょうと提案した。


 名前の変更は後からでもできるみたいだ。

 ただし期限は二週間だという。


「じゃ、ユウヤのおかげなんだし、ユウヤの塔にしない?」


 と、リザが言ったので


「いや、それもさすがに」


 と、俺は手を横に振る。


「え~、いいじゃん」


「私もそれでいいと思います」


 アンナも同意するが、やはり俺の名をした塔とか……。

   

「そもそも俺だけの塔じゃないし……」

 

 地図に名前が載るので、相応しい名前を考えたほうがいい。

 とはいっても、ぱっと案は浮かばず、これというのが結局決まらない。

 

 急ぐほどのものではないので、後でまた皆と決めることになった。


「お、ユウヤ。来たか」


 ブルも戻ってきた。

 塔の様子を見に行っていたらしい。


 椅子に座って書類に目を通す。


「いやー、ついに俺たちのものになったんだなぁ」


 表情は明るく感慨深げだ。


 塔の中のモンスターは、すでにいなくなっていたという。

 

「にしても、前の戦闘で屋上は結構壊れちまってるからなぁ。修繕するのがめんどそうだ」


「あんたがあんなに暴れたら、そうなるわ」


「そんな暴れたつもり、ねぇんだけどな」

 

 チーコの指摘に反論するが、ブルが斧をふるって、そこらの柱やら床を壊している姿が、俺は容易に想像できた。


 どれだけ暴れたんだと思うが、そのくらい本気だったということだろう。


「あれ……おおい何してんだ。入んなって」


 ブルに促されて部屋に入ってきた女性。


 肩に垂れた薄い茶色の髪、瞳も同じ色をしていて、アンナのように淡い色合いの素朴なワンピースを着ていた。


 ただ、スカート丈が膝くらいの短さ、という違いはあるが。


「あら、ソニアさん」


「こんにちは。アンナにユウヤさん。ユウヤさんとは久しぶりかしら」

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