第24話 モイアの町①

 サヘラン王国の王都から二日ほど、カルミナからだと約三日の距離にモイアの町はある。


 元々は武具錬成用の鉱石や魔法結晶が多く産出する炭鉱の町で、王都から近いこともあって結構賑やかだったらしい。


 しかし、何年か前に俺が訪れた時には、その雰囲気は全くなかった。

 鉱石や結晶が枯渇した炭鉱は閉じられ、町は活気もなく寂れていた。


 とりたてて特徴のない町となっていたので、あまり人が訪れることがなくなったのだ。


 ところが、この数か月で変わってしまった。


 攻略できないダンジョンが現れたというので、噂を聞きつけた多くの人々がモイアに集まってきた。


 場所的にも近場だし、普段は新マップの攻略とか興味のない人も、ためしにという感じなのだろう。


 アンナ、リザ、ブル、チーコ、ミカ、徳さん、トモナリ、ユーシー、雹華、そして俺を合わせた十人でモイアに向う。

 グループの全員が揃うのは久々、いや初めてか。


 ただ、モイアに行ったことのある人は、俺の他はブルと徳さんだけだった。

 他はゲートで、すぐに転送して行けない。

 なので、王都から馬車でモイアに向かうことにした。



 当日、俺はカルミナから『夢見の面影』へ、トモナリ、ユーシー、雹華の三人を連れてきた。

 サバロフの店にも行き、三人の装備を新調する。

 

 その後、夢見の面影に戻ると食事の準備ができていた。

 アンナとユアの作った料理だ。


 ユアの作った料理は、アンナの料理に負けず劣らずのおいしさだった。

 さすが、毎日サバロフの食事を作っているというだけある。


 もっと食べてみたいとおもったが、何日か留守にするので、本格的にユアの料理を楽しめるのは帰ってきてからか。


 食事が終わると、すぐに支度を整える。

 

 夢見の面影前では、二台の馬車が俺たちを待っていた。

 サバロフが用意してくれたのだ。

 他の馬と比べて一回り大きな馬で、進む速さも二倍以上だという。


 乗り心地はどうなのかと思ったが、ユアによると車内は特殊な作りで、揺れは少なく快適らしい。

 五人ずつ分かれて、俺は、アンナ、リザ、徳さん、雹華と同じ馬車に乗り込む。


「いってらっしゃいませ~!」


 ユアが、笑顔で手を振りながら送り出してくれた。


 王都西入口を出て、さあモイアの町に出発だ。


 ブルも徳さんも一緒に馬車で行く。

 転送を使わず、こうして向かうのもいいものだと徳さんは言った。

 

 御者は最初は俺だったが、リザがやってみたいというので替わった。

 馬を速く走らせたり、道から外れようとしたりで、危なっかしい。

 

 俺は、隣で彼女の操作を横目に、景色を眺めていた。


 雲がほとんどない晴れ晴れとした日。

 所々に林のある草原地帯、基本的に道は一本道だ。

 

 しばらくすると飽きたのか、誰かやってと言ってきたので、徳さんがやることになった。


 馬車内に入ると、リザがまた、俺の冒険譚を聞きたいと言った。

 アンナも雹華も是非聞きたいという。

 まあ面白いかは別として、俺は話せる程度のことを話した。


 そういえば雹華とまともに話すのは、これが初めてだった。

 というか、会ったのがこれが二回目。

 前回はもう何か月も前だし、大して話をする時間もなかったのだ。


♢♢♢

 

 道中、町を一つ経由する。

 普通はここで一泊してから進むのだが、馬車は相当早かったので泊まる必要がなかった。


 アンナとユアが作ってくれたお弁当を食べながら少し休憩をした後、すぐに出発した。

 

 森の中の道をぬけ、小高い山が見えると、そのふもとがモイアの町だ。


 さっきの町もそうだが、やたらと人の往来がある。

 噂のダンジョンによって注目されるようになった町なのだ。


♢♢♢


 空が薄赤く染まり始めた頃、モイアの町に到着。

 

 町の大きさはカルミナとそう変わらないが、ちょっと前まで人口は千人もいない寂れた町だったはず。

 それが最近になって、カルミナみたく賑わうようになったのだ。

  

 ダンジョン探索は、翌日することにした。

 町入口のゲートに入った後、半分以上がそれぞれの住処へと戻っていった。

 残ったのは、アンナ、リザ、チーコ。


 俺も特に予定はなかったので、もう少し居ることにした。

 三人と一緒に町の中を散歩する。

 

 久々に来たというか最初の一度きりだったので、どこに何があるのか、あまり覚えていない。


 石造りの平屋がある区画と、木造や煉瓦造りの住居が立ち並ぶ区画の間に、商店街があったので、とりあえずそこを見て周る。


「お店いっぱいあるよねー。なんか色々と美味しそうな匂いもするしぃ」


 チーコが鼻をひくつかせて言う。

 前に来たときは、たしかここまで店はなかった。


「モイア名物の串焼きだよ!  買わないかい?」


 とある店の前で、恰幅の良いおばさんが声をかけてきた。

 香ばしい香りが漂ってくる。

 串に刺された何かの肉の塊だ。


「これは何のお肉なんですか?」


 アンナがたずねた。


「そりゃもちろんダンジョンにいるモンスターの……」


 おばさんは不敵な笑みを見せつつ、肉に串を刺す。


「ええ!?」


「あっはっは。冗談だってば!」


「びっくりさせないでよ~」


 リザは笑うが、アンナは冗談に聞こえていないようだ。


「ごめん、ごめん。本当は兎の肉だから安心していいよ。ダンジョンにでてくる兎のモンスター、だけど」


「やっぱりモンスターじゃないですか……」


「兎……」


 チーコが一瞬、身をすくめる。

 心なしか、チーコを見るおばさんの目が、獲物を狩るハンターのような目になった気がしないでもない。

 

「うそよ、嘘、嘘。あっはっは。モイア近郊で取れる野生の黒豚だよ」


 手をひらひらさせて笑う。


 アンナも笑って安心はしたようだが、チーコは笑った後に「本当だよね?」と、おばさんに真面目な顔をしてつめよった。


 鉄板の上で串に刺した肉を焼き、いくつかの調味料をまぶしていく。

 食欲がそそられる香りは、この調味料によるところが大きい。


「ほら、これ、食べてみて。ほんと美味しいから。あんたたち可愛いし、特別サービスだよ」


 アンナ、リザ、チーコに串を一本ずつ手渡す。


「え、いいんですか? ありがとうございます」


「ありがと~。おばちゃん!」


「どうも」


「そこの彼氏も食べてみるかい?  ちゃんとお金は払ってもらうけど」


「じゃあ、ひとつ」


「まいどあり!」


 俺は1Cを払った。

 表面はこんがりと焼けている。

 見た目は、ごく普通な感じだ。

 

「いただきまーす。んー、おいしーい!」


「ほんとうですね。すごくおいしいです」


「でしょう? この辺じゃ、おいしいって有名なんだから」


 俺もぱくりと口に入れると……カリッとした食感の後じゅわっと肉汁が溢れ出てくる。

 なるほど、これはうまい。

 調味料と共に凝縮されていた肉の旨味が、一気に口の中へと広がっていくのだ。


「あ。うちに、もう三本ちょうだい」


 一瞬で食べたチーコが、お金を払っておかわりをする。

 なんだかんだで気に入ったようだ。


 渡された串焼き三本もぺろりと食べると、さらにもう一本を追加して買う。


 おばさんは笑いながら、大きめの肉だけを串に刺して焼いてくれた。


 そして俺たちにも一本の串焼きを「おまけだよ。三人で分けな」といって手渡してくれた。


 お礼を言ってそれを食べる。

 もう夕食はいいくらいの満腹感だ。


「あー、おいしかった!」


 チーコはお腹をポンポンとたたく。


「ここに来ればいつでも食べられるから、また来てちょうだいな」


「はい、ぜひ寄らせて頂きます」


 店をあとにした俺たちは、ダンジョンがある炭鉱跡地の方に足を向けた。



 ダンジョン近くの大広場。

 そこには夕暮れ時だが多くの人が集まっていた。


 まず歩いたのは、行商人が露店を開いて、いろいろアイテムを売っているエリア。

 薬草類や食べ物類の店がメインだが、装飾品を売っていたり武器防具を売っている店もある。

 ダンジョンに挑む人たちが、ここで準備を整えるのだ。


 そして噴水のあるエリアがあった。

 噴水の周囲にはベンチがいくつか配置されている。

 休憩や待ち合わせをする人たちが多くいた。

 そして、その中には配信している人も。


「私たちは、これから再挑戦します。目標は前回の13階層以上に行くことです!」

「いやー今日は残念だったなあ。もうちょい行けるって思ったんだがな」


 パーティーを組んでいる人もいれば、一人だけの人もいる。


 これからダンジョンに入ろうとする六人くらいが、配信用レンズを中心に円陣を組んで意気込みを語っていた。


「ねえ、アンナ。そろそろ配信、再開しない?」


 彼らを見ていたリザが言った。


「え……もうですか?」


「とりあえず、料理配信とか。ソニアも呼んでさ、料理対決とか。どう?」


「いいんじゃない。夢見の面影なら大勢でも入れるし」


 チーコも配信することを勧めた。


「ユウヤさん、どうでしょうか? 私は構わないのですが……」


「いいと思うよ。許可証はすぐに発行してもらうから」

  

 ソニアと彼女のグループメンバーを夢見の面影に連れてくるには、入域許可証が必要だ。

 普通は発行するのに時間がかかるのだが、居住者や特別な招待客からの申請なら、すぐに発行できる。


「では……わかりました」

 

 アンナは、やる気のようだ。

 このまま再開を伸ばすよりは、早めにやった方がいいと思ったのだろう。


「よ~し。なんならあたしの料理の腕も披露しちゃおっかな!」


「ユアさんの料理おいしかったから、彼女も参加させたら? うち、もっと食べたいんだけど」


「あ~いいかも。でも、それだとあたしが……」


 周囲が暗くなって別れるまで、 

 俺たち四人は歩きながら、配信再開のことについて話しあっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る