第25話 モイアの町②
翌日。モイアの町。
集まる予定の時間まで、まだ一時間以上ある。
特に目的もなく散歩しつつ昨日の串焼き屋に行ってみると、アンナがいた。
おばさんに、なにやら聞いているようだ。
「……で、塩と黒コショウはこれくらい。こっちのはニンニク、蜂蜜もこれくらい入れてね……」
「……はい……なるほど」
「こんなとこかね? あとは自分で試してみて、いろいろと工夫するといいよ」
「ありがとうございます」
どうやら調味料のレシピを教えてもらっているみたいだった。
ちょうど話し終えたところで、俺は声をかけた。
「こんにちは。串焼き、二本くれます?」
「あ、ユウヤさん」
「おや、彼氏じゃないか。あいよ、二本だね!」
おばさんは大きめな肉の塊を串に刺し、調味料をまぶして焼き始める。
「ここの調味料って自家製みたいなんです」
「へえ、そうなんだ。教えてもらってたみたいだけど」
「はい。これでいろいろな味付けができて、もっと美味しいものが作れると思うんです。レパートリーも増えそうですし」
アンナは目を輝かせている。
「それは楽しみだ」
「お嬢ちゃん、レストランやってるんだって? あたしも若いころは料亭やってたもんだ。今はもう店を畳んだけどさ」
おばさんはしみじみと語った。
「お嬢ちゃんのお店が繁盛したら、あたしも嬉しいねぇ……頑張りなよ」
「はい!」
「ほれ、出来たよ」
串焼きを受け取り代金を支払う。
そして、お礼を言って店を後にした。
結構なボリュームの串焼きを食べながら大広場へと向かう。
アンナは教わった調味料を使ってどんな料理を作ろうか、いろいろと考えている様子だ。
「ユウヤさんは何か作ってほしい料理、あります?」
「え……そうだな……」
特にこれといって、何でもいいと言いかけたが、止めた。
せっかく聞いてくれるんだし。
とはいっても、アンナの作った料理なら基本なんでもおいしいのだ。
具体的に作ってほしいものとなると迷ってしまう。
そういえば最後にアンナの料理を食べたのは、もう二週間ほど前になる。
たしかあの時は、完熟野菜のリゾットというのだったか、あれはおいしかった。
あの時の味を思い出したら急に食べたくなってきた。
「前、食べたリゾットとか」
俺は串焼き肉を食べる手を止めて言った。
「あれ、いろいろと味付けを変えて食べてみたいかな」
「わかりました。今度作ってみますね」
「あとは……うーん。名前がわからないんだけど、前に食べた料理で、たしか……」
見た目はこう、具材はこういうのだったような、と説明する。
結局、大広場に到着する頃までに、俺は食べたい料理を三つほど、曖昧な記憶のもあるが伝えることになった。
アンナは、ふむふむとうなずきながら熱心に話を聞いてくれていた。
きっと美味しいものを作ってくれるに違いない。
期待して待つことにしよう。
♢♢♢
大広場は今日も大勢の人達でごった返している。
何か珍しいものは売っているだろうかと、露店を見て回った。
武器防具を買う必要はないのだが、それらを売っている店もなんとなく見てみる。
町中の店と同じものを売っているかと思ったが、全くそうでもなかった。
行商人が様々な方面から訪れているからだろう。
一番高い売り物は80万Cする剣だった。
「攻撃値は100の優れものだ。ちゃんと鑑定されているよ!」
と、店主が鑑定書を見せながら熱心に勧めている。
店先のレプリカ(現物は他の所にあるらしい)を、何人かの客が握っては振り回し興味を示していた。
一通り見回ってから、待ち合わせ場所の噴水広場へと向かう。
噴水の横に設置された水時計を見ると、集合時間まであと30分くらいだ。
空いているベンチを探したが、どこも埋まっていて座れなかった。
これからダンジョンに挑もうとする人たち、帰還して休んでいる人たち、取材している記者など、色んな人がいる。
と、噴水の縁石に座っている男女三名のパーティーに話を聞いている二人の記者。
彼らの横顔に覚えがあった。
すぐにその一人が、あろうことかイーマイと気づいたのは、彼の目線が運悪くこちらに向いた時だった……。
「これはこれは。ユウヤさんとアンナさんではないですか!」
大げさに手を振り「ああ、お話、ありがとうございました」と、今まで取材していたパーティーに軽く礼を言うと、彼は俺達の方に歩み寄ってきた。
「いやぁ、偶然ですねえ。まさかこんなところで出会うなんて!」
「そうですね。じゃあ、失礼します」
俺はそう言うと、この場を離れようとする。
「まあまあ、そんなつれないことを言わずに! せっかくこうして出会ったんですから、お話ししましょうよ。ねぇ?」
イーマイは笑顔で言うが、その笑顔はどこか嘘くさいというか、わざとらしい感じだ。
「そうそう。イーマイさんに取材を受けられるんだ。これ以上、光栄なことはないぞ?」
横で太った小男が、にやけながら言う。
たしか、名前はゲルバだったか。
「みなさん! あのユウヤさんとアンナさんがいらっしゃってますよ!」
いきなりイーマイは、大仰に両手を広げて声を上げた。
すると周りにいた人達が、何事だろうと一斉にこちらを見る。
「え、ニュースで読んだあの二人なの?」
「誰だ?」
「ほら、例の噂になってる二人だよ」
「まじか」
ざわめきが広がる。
一気に注目が集まり、俺たちは多くの人に囲まれる形となってしまった。
「ここ数日静かで、建物から誰も出てこないと思っていましたが。なるほど、こちらへお越しになっていたとは!」
俺たちが王都に移動してからも、取材する機会をうかがっているようだ。
しかしこの人も何だって、タイミングよくモイアの町に来ているんだか。
ハァと、ため息をついてしまった。
「お二人だけでダンジョンに挑むおつもりで? やはり仲がよろしいですね!」
「いや、他の仲間も来ますよ」
「それは本当ですか? ではそれまで、取材させてくださいよ!」
一度この場から去ろうと思ったが、人の目もあるし適当に答えて帰ってもらうことにした。
変なことを聞いてきたら、答えなければいいだけだ。
「いいですよ」
「ありがとうございます! では、前の続きなんですが。お二人の関係はやはり恋人関係にあると考えて……」
「違います」
俺は彼の言葉を遮るように、きっぱりとそう言った。
「俺はファングループの一員というだけで、それ以上の関係はありません」
「ファングループにいたって人からのタレコミじゃ、かなり親密な様子だったって話っすよ」
ゲルバが横から付け足してきた。
「誰なんですか、それ」
「いや、名前は教えられないね」
タレコミがあったということ自体が噓なんじゃ。
仮に匿名での情報提供だったとしても、誰だってありもしない事を言えるだろう。
「そんな本当に所属してたか、わからない人の情報を鵜吞みにしないでくださいよ」
「はあ。そう、そうですか。アンナさん、本当に?」
「え? あ、はい……」
いきなり話を振られたのか、アンナは戸惑いながらも答える。
「ふうむ、そうですか。では次の質問ですが。あの涼葉さんとの試合は、リンカーコネクトと組んでのやらせ、アンナさんを有名にさせるために皆が一芝居打った、という話があるんですが……」
「そんなのも嘘に決まってるでしょう」
「本当かねぇ?」
ゲルバは不満げな顔をしている。
面白くない答えが返ってくるからだろう。
「しかしですね。実はリンカーコネクトの方にも取材したんですが。まあ、その事で否定しなかったんですよね。肯定もしませんでしたが」
イーマイがそう言うと、
「そうそう。普通は真っ先に否定するよねぇ?」
と、ゲルバも意味ありげにニヤリと笑う。
「……それ、ほんとに取材したんですか?」
「え? ええ、もちろんです」
なんとなく直観ではあるが、俺はこの二人が取材をしていない、もしくは取材しているが望んだ答えが返ってこなかったと、かなりの確信を持っていた。
とは言っても、それを証明できるわけではなかった。
「とにかく。そういったことは全て嘘です。信じないでください」
俺は少しため息をつきながら言った。
やはり取材を受けるなんて、やめておけばよかったか。
いや否定しておかないと、勝手に本当のことにされかねない。
それより、周りの人に聞かれている方が気がかりだった。
俺がいくら否定したところで、今の話を信じてしまう人がいる可能性も。
と、その時だった。
「イーマイ! ここにいたのか」
中年の男性が駆け寄ってきた。
「これはマルコ支部長。どうされたんですか?」
颯爽としたスーツ姿に身を包んでいる、マルコと呼ばれた男。
ほぼ丸刈りの頭で、鋭い眼光と厳つい表情をしている。
支部長というからには、イーマイの上司だろう。
体格の良い男性を一人、連れ添っている。
「貴様。仕事熱心なのはいいが、呼ばれたら、すぐ戻って来てほしいものだな」
「すいません。支部にはこの後、行くつもりだったんですけどねぇ」
イーマイは緊張感もない様子で言った。
「なんだ、取材の最中か?」
「ええ。ほら、あのユウヤさんとアンナさんですよ! カルミナにいないと思っていたら、ここでお会いして。偶然、いや私の嗅覚というんですか? どこにニュースのネタが転がっているか、わかるものなんですよ!」
「さすが、敏腕記者って感じすかね」
得意げなイーマイを持ち上げるように言うゲルバ。
だが、それを聞いていた支部長の顔面が、みるみるうちに蒼白していった。
そして突然、イーマイの頭を拳で殴ったのだ。
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