第26話 モイアの町③

「あが……!!」


「おい貴様、何してくれてんだ!」


「え? は?」


「申し訳ありません、ユウヤ様、アンナ様。私はアクタ・ジャーナルのマルコと申します。少々、お時間をもらってもよろしいでしょうか」


 突然のことに皆呆然とする中、「あ、はい」と俺は答えるしかなかった。


「貴様も来るんだ!」


 何が何やらという顔をしているゲルバも睨みつけ、少し離れた所に二人を引き連れていった。


 怒鳴り声が広場に響き渡り、何だどうしたと人の視線も集中する。

 マルコは、イーマイだけではなくゲルバに対しても怒りをぶつけているようだ。


「……」


 俺やアンナは何もすることができず、その様子を遠巻きに見ているだけだった。

 

 しばらくして、三人は戻ってくる。


「ユウヤ様、アンナ様、ご迷惑をおかけしました。本部から連絡を受けたのが昨日だったのですが、どうにも対応が遅れまして」


「いえ……」


 深々と頭を下げるマルコ。 

 イーマイとゲルバは固まって動けず、うつむいて目線を合わそうとしなかった。


「イーマイは独断で、ここモイアに来たのです。私の命令であなた様を追わせた、というわけでは断じてございません。出会ったのは本当に偶然のことなのです」


「は、はぁ……」 


「それと、このゲルバという者。どうやらお二人の中傷記事を書いているらしいのです。わが社の記者が、このような人物と関係を持ちましたこと、心よりお詫び申し上げます」


 マルコはゲルバの頭を地面に押し付け、無理やり土下座させた。


 どうやらゲルバは、ただの付き人というのではなく個人記者らしい。

 本部からの情報で探していた人物の一人だったとか。


「本当に申し訳ございません。このクズどもは、すぐに片付けますので」


 マルコは「おい!」と付き添いの男に命じる。

 男は無言で威圧するように二人を連れていった。


 そして、このあと丁重に謝罪をしたいので支部に来てほしいということだったが、俺たちもこれから用があったので断った。


 それならばと一枚の名刺を渡してきて、後日都合の良い日に支部へ来てほしいと言うので、俺は承諾した。


「ユウヤ様、アンナ様。それでは失礼いたします」


 最後にもう一度頭を深く下げると、マルコは去って行った。


 その後ろ姿が広場から見えなくなるころになって、アンナが口を開く。


「あの、ユウヤさん。どういうことなのでしょう?」


「ん、さあ……。ただ、もうあの二人が取材に来ることはないっていうのは、確かだと思うけど」


 そう答える俺だったが、サバロフのおかげだというのは、すぐわかった。

 もう取材などで悩まされることもないだろう。


「そう、ですか……」


 アンナには、王都でサバロフにいろいろ頼んだことは言わなかった。

 聞かれれば正直に答えただろうけど、俺は言わないことを選んだのだ。


 さて、これで面倒事は無くなった。

 だが、周りには今だ多くの人たちがいるのだ……。


「あの、お二人に聞きたいことがあるのですけど!」

「握手してください!」

「俺も俺も」

「配信は再開しますよね」

「本当は、つきあっているんでしょう?」

 

 などなど、俺たちを囲んでいた人たちから、次々に声を掛けられた。


 こういった時どう対応したらいいか、俺はよくわからない。

 ただ、何も言わないのは失礼だと思うので、適当に返事を返すことにした。


「ユウヤさん、私も強くなりたいんです。どうやったら強くなれるんですか? 秘訣を教えてください!」

「強いモンスターと戦うとか、かな」

「他の配信者と戦ったことってあります?」

「いや、それはないかな」

「×××……」


 一方のアンナは配信者だからか、一応、緊張した様子もなく落ち着いているように見える。

 彼女は笑顔を作り、ペコリとお辞儀をした。


 だがよく見ると、その手が小さく震えている事に気がついた。

 無理もない、こんな大勢の人に囲まれた事なんてないはずだしな。


「日時は未定ですが、配信は近いうちに再開しようと思っています」

「おお、本当ですか!」

「服、変えました? すごく似合ってますよ!」

「あ、ありがとうございます……」

「×××……」


 友好的な人ばかりだったので、問題は特になかった。

 ただ俺は、早くこの場を切り抜けたい思いがあった。


 その時。


「あら、誰かと思ったら! ユウヤさんとアンナさんで、いらっしゃいませんか!」


 周りの人たちが途端に静かになる。

 声がした方を見ると、別の集団の中央から一人の女性が歩み寄ってきた。

 

 周囲の人だかりが左右に割れて道を作り、彼女はこちらへ向かって歩いてくる。


 透き通った水晶色の髪を華麗に巻き、繊細な刺繍やフリルが施された優雅なドレスを身に着けていて、いかにも貴族といった佇まいだ。


「エレノアさんじゃない?」

「だな」


 俺たちに話しかけていた人が呟く。

   

「このようなところでお会いするなんて。奇遇ですわね」


 目の前に来た彼女は、手に持っていた扇の先を口に当て、上品に微笑んだ。

 そして軽く一礼し


「はじめまして。わたくし、V.C所属のエレノア・バーナードと申します。以後、お見知りおきを」


 と、自己紹介をした。


 エレノア……たしか、貴族の令嬢だったか?

 そのような事が書かれたV.C配信者の紹介文を見た記憶があった。

 外見からしていかにもではなく、本当に貴族なのだ。


 俺とアンナも同じように軽く一礼し自己紹介すると、彼女は嬉しそうに微笑む。

 そして、扇を開いてはすぐに閉じる動作をしながら、俺をなめまわすように見つめてきた。


「うふふ。ユウヤさん……お噂はかねがね。似顔絵よりも凛々しくいらっしゃいますわね」


「ど、どうも……」


 彼女は一歩近寄った。

 距離が近い。

 いや、多くの人で囲まれている状態だから、そうなるのは別におかしくないのだが。

 

 俺はほんのわずか、後ずさりした。

 右腕がアンナの体に触れる。

 彼女はいつの間にか、俺の横ではなく斜め右後ろへ、少し隠れるようにして立っていた。


「桂城さんが、やたら興奮気味に語っておられました。あの方が他人に興味を抱くなんて、ほとんどありませんのに」


 桂城ってV.C内じゃ、どういう風に思われているんだろうか。


「あなたが、どのような人物なのか。V.Cの皆さんは非常に興味を持たれておりますわ。もちろん、わたくしもね」


「そう、ですか……」

 

「残念ながら、わたくしは、あの時の試合を見ておりませんでしたので。ええ、本当に惜しいことをしましたわ。それで……」

 

 彼女は一息おく。


 まさかこの人も、俺と手合わせしてほしいと言うのではないだろうかと思ったが、それについては杞憂だった。


「ユウヤさんとアンナさんは、これからダンジョンへ行かれる予定なのでしょう?」


「一応、そのつもりですけど」


「では……わたくしも同行させていただけませんか?  お二人の、特にあなたの戦いぶりを間近で拝見したいと思いまして」

 

 エレノアは少し開いた扇で口元を隠し、俺の目をジッと見つめながら言った。


「えっ」


 いきなり何をと思ったが……。

 まあ当然ながら断わろうとした。


 だがその前に、彼女の周りにいた剣士っぽい一人が


「ま、待ってください。今日は俺たちと一緒の予定だったじゃないですか!」


 と、真っ先に口をはさんだ。

 

「そうっすよ。そうっすよ」


 もう一人、背に槍を持った大柄の男も慌ててうなずいている。


「ああ、そうでしたね。では、」 


 彼女は扇をパチンと閉める。

 そして、その扇の先で彼らを指し


「あなたたちとの予定はキャンセルで」


 と、言った。


「ええ! そ、そんなぁ!」


 剣士風の男が泣きそうな声を出す。

 他の取り巻きの人たちからも、ため息が漏れた。

 

 その中で、大柄の男が不満そうな顔を隠すことなく、エレノアに言い放った。

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