第9話 記者

 ブルの思い付きで塔に集まることとなった次の日。


 カルミナの商店街前を歩いていると、人だかりがあった。


 何だろうと近寄ると、人々の視線の先にいたのはアンナ、そして


「旦那、アンナちゃんが困ってるじゃないですか。そのへんで」


「ああん? 俺らが誰だかわかっているだろう? 客が来なくなるぞ」


 雑貨屋の店主を脅す太った小男と、その横でアンナに話しかけている一見すると紳士的な男。


「本当にユウヤさんと付き合っているとか、ないんですか? 何かあるでしょう?」


「だから……本当に何もないです」


「なあなあ、いいじゃねえか。それくらい教えてくれても。あ、男と付き合ってるとか知られない方がいいか?」


「……」


アンナはうつむいたまま困り果てている様子だ。


俺はフードを上げ、すぐさま間に割って入った。


「ちょっと……!」


「あっ、あなたは……ユウヤさんですね! ちょうど良かった。今、アンナさんから色々聞いていたんですよ」


「あなたたち、誰なんですか?」

 

「これは申し遅れました。私、アクタ・ジャーナルのイーマイと申します」


 笑みを浮かべながら一礼する。


 そしてもう一人の男が


「あの最大手アクタ・ジャーナルの記者なんすよ。イーマイさんは!」


 と、得意げな表情で付け加えた。


 ああ、この人がリザが言っていた記者のイーマイか。


「勝手に取材とか、してほしくないんだけど」


「いやあ。でも、どうしてもお二人の事が知りたくて……」


「だから無理に詮索されるなんて嫌だろう。そういうの迷惑なんですよ」


「それは申し訳ありません。しかしですね、読者の皆さんも気になっているんですよ。お二人の関係とか、いろいろ詳しく聞きたかったわけで、」


 彼は周りの人たちに同意を促すかのように


「ですよねぇ、皆さん!?」


 と叫んだ。


 それに対して、ざわつく周囲。

 

「いや、私は……」

「あー俺、アンナさんのこと、もっと知りたいかなぁ」

「せっかくここまで来たのにファングループに入れないんだしねぇ」

「迷惑かけるなよ」

「いつ配信するのか聞いてほしいんだけど」

「ユウヤさんて、どのくらい強いの?」

「×××…………


 反応は様々だったが、実際のところイーマイにとって周りの声はどうでもよかったようだ。


 にこりと笑みを見せ、


「ここだけではないんですよ。数百、数千万人の読者が待っているんです!」


 と、高らかに宣言するような口調で言う。

 

「そっちの事情なんて知りませんよ」


 俺たちに関する記事を読みたい人が、そんないるわけないだろうと、心の中でつっこむ。

 

「もう一度言うけどイーマイさんは、あのアクタ・ジャーナルの記者っすよ。そんな態度でいいんですかねぇ?」


「ゲルバさん」


 少し注意をする感じで、横にいる男の名前を呼ぶイーマイ。


「そんなの関係ないね。大体、アンナが何もないって言ってるじゃないですか」


「そうですか? 彼女とは本当に何もないんですか? 例えば、何か誰にも言えない秘密を握られているとか」


「は?」 


「いえね、お強いユウヤさんが何で彼女のファングループに入っているのかな、と思ったわけですよ。もっと有名な配信者はいるでしょうに、どうして無名だった彼女なのかと考えると……」


「有名じゃなければいけない決まりなんて、ないでしょう」


 これ以上話すのも面倒なので、すぐに立ち去りたかったが、アンナは用があってここに来ているはずだ。


 と、ちょうど雑貨屋の店主が間に入ってきた。


「アンナちゃん、これ。旦那もそろそろ終わりにしてくだせぇ。商売の邪魔になるんですよ」


 そう言ってパンや果物が入った袋をアンナに手渡した。

 ここでの用事は終わったようだ。


「じゃあ、俺たちはもう行くんで」

  

「あ、待ってくれよ。まだ聞きたいことが。あの時の出来事、知名度アップのやらせじゃないかって話もあってだな……」


 ゲルバがしつこく引き留めようと、アンナの左腕を掴み引っぱった。


 かなり強く引っぱったらしく、アンナは「きゃっ」と声を上げる。


 そして袋を手放してしまい、中身が地面に散らばってしまった。


 俺はすかさずゲルバの腕を握った。


「痛って!」


 ゲルバが睨みつけてくる。


 だがそんなことには気にも留めず、俺とアンナは散らばった果物を集めはじめた。


 店主も手伝ってくれたので、すぐに回収できた。


「ありがとうございます」


「いやなに。また来てちょうだいよ」

 

 俺はアンナの手を握り、周囲の人混みをかきわけ、少し早歩きでその場を後にする。


 ざわめきの中で「チッ……」「……ですから……」と、舌打ちや何か言いかけた声がした。


 その後、俺たちに話しかけようと付いてくる人が何人かいた。

 よくよく見たら配信レンズが浮かんでいたので、その中に配信者がいるのだ。


 勝手に映すのはどうかと思ったが、とにかくすぐに、この辺りから去りたかった。


 まく形で角を曲がってはまた曲がったりして少し遠回りをし……無意識に俺はアンナの手を、ずっと握って引っぱっていった。


 はっと気づいて、ごめんと手を離したのが森の入り口付近だった……。

 


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