第3話 闘技場での対決②

 涼葉はブルではなく、配信レンズの方を見つつ右手を天に突き出した。


 空中から彼女の身体よりも大きな剣が現れる。

 刀身は複雑な文様が刻まれ、柄の部分も鍛えた職人の技術が高度なことを証明していた。

 

 大剣を軽々と手にしたと同時に、身体の鎧が別の鎧へと変化する。

 変化というよりも付加されたというべきか。


 大きな胸をやたら強調し、肌を露出させる部分が多かった鎧。

 それがキチンと体を防護している鎧となったのだ。


「ミナモト涼葉さんは攻撃値274、防御値225。彼女の装備している大剣と鎧はですね、王都で最高峰と名高い鍛冶屋のファーブレ工房製であります。この大剣は……」


 支配人は実況も兼ねるようだ。


 彼は何かの板を見つつ、虫眼鏡のようなものを涼葉に向けている。

 あれは武具の情報が見れるアイテム、スペクタクルズだ。

 その情報が板に載って装備の説明ができるのだ。

 

「皆さんのおかげで、私はこんなに強くなってるんですよ。でもまだまだです。もっと応援よろしくねー!」


 客席からの歓声は一段と増した。


 応援といっても意図するところは、お金のこともあるだろう。

 強い装備品を手にするには、当然ながら金がないといけない。


 彼女の武器装備は600万Cクレジットだそうだ。

 防具も合わせて1000万Cを越える装備品、ちょっとした豪邸を買えるくらいの値段だ。


 次に支配人は、スペクタクルズをブルに向ける。

 

 「対するブルさんの攻撃値は45、防御値は32です。彼の武器グレートアックスは、その大きさと重量で並の武具を容易に破壊することができます。鉄の剣など簡単に真っ二つ! カルミナで売っている武器の中では、最も高い攻撃値を誇る武器でありまして……」


 客席からは嘲笑の入り混じった歓声。


 やはりだが普通に戦ったら、いや奇策を練ったとしても完全に負ける。

 ブルは平然と突っ立ってはいるが内心どうなのだろう。


「大剣と斧、一撃の威力に定評のある武器の戦いとなります。さあ、ミナモト涼葉さん、ブルさん、まず仕掛けるのはどちらでしょうか!」


 涼葉は大剣を構え「そちらからどうぞ」と、笑顔を見せながら言った。


 ブルはそれを聞くと、気合の入った掛け声とともに、迷うことなく彼女に向って走り出した。


「うおおおおお!!」

 

 柄の先を両手で握りしめ、少し離れた間合いからグレートアックスを振るう。


 半円を描き遠心力にものをいわせて、切っ先が涼葉に振り下ろされた。


 コォォォォォンと、鈍い音が響く。

 彼女の大剣によって簡単にはじき返された。


「ぐ……どりゃああ!!」


 再度、掛け声とともに今度は斜めから振るうが、同様にはじき返されてしまう。


 更に二度ほど、フェイントをかけつつ攻撃を仕掛けるが、結果は変わらなかった。

 

「ハァハァハァ……」

 

「思ったよりスピードもあるんですね」


 涼葉はその場から全く動くことはなかった。

 もう何十回と攻撃を繰り返したところで、彼女を動かすことはできないだろう。


「くそ。こいつなら……」

 

 斧の先が淡く光り始めた。

 これで幾度も強いモンスターを倒してきたんだと、よくブルが自慢している技を出すつもりだ。


「だありゃぁああ!!」


 今までにない勢いで間合い外から飛び上がった。


 体を一回転させ、体重を乗せ振り下ろす。


 だがその斧は、すでにひび割れていることには気づいていなかったのだ。


 涼葉は微笑を見せつつそれを受ける。

 そして斧は……音を立てて砕け散った。


「くっそ……!」


「あっけないですね」


 そう言うと涼葉は大剣を横に振るい、背の部分でブルを殴りつけた。


「……! ぐっあ!!」


 避ける間もなくまともにくらい、入場口付近まで吹き飛ばされるブル。


 彼の装備している軽鎧ライトアーマーも中心からヒビが入り、そしてバラバラになった。


「ブル!」


「だ、大丈夫!?」


「ああ、まだ……」

 

 起き上がりつつそう言うが、すぐに膝を地についてしまった。


「くそ、やっべぇな。あんな程度の一発で、なんてダメージだよ……!」


「もう終わりですか? 新しい武器を装備してもいいですよー!」


 本気で戦っている様子は微塵もない涼葉。

 配信レンズの方に向かって踊ったり投げキッスをしたりと、ファンへのアピールを欠かさない。


「チーコ、予備のバトルアックスを持ってきてくれないか」


「あんた、まだやるの? 絶対無理でしょ!?」


「……やっぱ無理か?」


「もう降参しなさいよ」


 チーコが心配そうに言う。


「そうですよ、ブルさん」

 

 アンナも同様に、もう降参して下さいと言った。


 ブルは立ち上がってみるが、少し苦しそうな表情をする。

 息を整え、何とか体を動かしてはみる。


 だが、やはり無理かと思ったようだ。

 ハァっと軽く息を吐き、渋々ながらも片手を上げた。


「えー、ただ今をもってミナモト涼葉さんの勝利です!」


 支配人は鐘を鳴らした。


 それとともに歓声が沸きおこる。


 特に涼葉ファンの席からは、彼女の名前を叫ぶ、ブルに向って親指を下に向けるなど興奮に満ちていた。

 

「やはり装備からして違いますね、ミナモト涼葉さん。しかしですね、簡単に破壊はされましたが、ブルさんのグレートアックスも、すばらしい武器なのであります。特にこの町で売っているものは、他の町で売られているものと耐久性は変わらないのに、値段がお安い! 他にも手の届きやすい武具をお求めの方は……」


「もうですか? せっかくの試合なのに、ちょっと盛り上がりに欠けますね。お二人は一緒にきていいですよ」


 隙あらば町の魅力を力説しだす支配人をよそに、涼葉は俺とリザに言った。

 ファンの熱気とは裏腹に不満そうだ。


「もうやめましょう」


「だなぁ。二人でやっても、いや三人でやっても絶対勝てないな。ったく」


「そうね、悔しいけど……。でもせっかくだから、あたしはやるよ。ユウヤもやるでしょ?」 


 アンナやブルはやらないことを勧めるが、リザはやる気だ。

 勝てる見込みなんてゼロにもかかわらず笑っている。


 本当に諦めているわけではないからなのか、何もしないでいるのは癪だからなのか。

 どちらにしろ、リザっぽいとはいえるか。


 そんな彼女を見て、俺も少し笑う。

 もとより棄権など、するつもりはない。


 そして俺は   


「……いや、俺一人でいいよ」


 と答えた。 


「え……?」


「ユウヤさん?」


 やらないのではなく、一人でやるという思いがけない返答に皆、なんで? という顔をした。


「ちょっと、ユウヤ?」


 戸惑う四人に大丈夫とだけ告げて、俺はゆっくりと闘技場に進み出た。


 




 

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