第2話 闘技場での対決①
町のはずれにある闘技場、普段は劇場として使われる。
といっても公演する劇団など大していないので、使われない日ばかりだが。
円形の野外場で大都市のものほど大きくはないものの、それでも数万人の収容人数がある建造物だ。
そんな場所に涼葉のファン以外にも大勢の観客が集まり、久々の大盛況となった。
観客席に、そして空中の配信レンズに向かって、ミナモト涼葉は様々なポーズをとり、観客と視聴者にアピールしている。
「みんなー! 私が戦うところを、ちゃんと目に焼き付けなさーい!」
観客席からは、特にファンの歓声が大きい。
配信レンズ横のコメント板の流れも相変わらずの速さだ。
その頃、俺たちの控え室では耳が早いことに、噂を聞きつけた数人の男たち(おそらくニュース紙の記者だろう)がやってきていた。
やたらと馴れ馴れしく話しかけてくる。
「なんでまた、ミナモト涼葉さんに逆らったんですか?」
「……」
「有名になりたいがための炎上狙いですか? ねぇ、そうですよね?」
「……」
「聞くところによると、助けてもらったのに、お礼の一つも言わないどころか暴言まで吐いたとか?」
「なにそれ? 勝手なこと言わないでくれない?」
俺は無視して無言で外を眺め、アンナは困り顔で沈黙し、リザは怒りの形相で記者たちを睨む。
「何かおっしゃって下さいよ。って、あれ? お前もしかして……」
俺に取材していた男が怪訝な顔をした。
「お前、ユウヤか?」
「……?」
「俺だよ、忘れたか? レオだよ」
「……! ホーデン商会のレオか」
思いがけない所で会った、この男。
元の世界で、そして異世界に来た初期のころに俺が働いていた所の元同僚だ。
特に仲がいいわけでもなく、本当に同僚という関係なだけだったが。
「何年ぶりだよ。てかお前、何やってんだ。こんな無名配信者のグループにいるなんて」
「別にいいだろ。お前こそ何してるんだよ」
「見ての通り記者だよ。取材して回ってんのさ。うちはニュース紙を発行するようにもなったからな」
レオは手帳をペンでたたく。
「ホーデン商会も今じゃ、幅広い事業を展開してる商会だ。お前も辞めさせられなきゃ、少しはまともな生活を送れてるだろうに!」
「あれは連中の不正……」
「あん?」
「いや、なんでも」
俺は適当にはぐらかす。
かなり久しぶりに会った知り合いなのだが……あまり話したい相手でもないし、聞きたいことも特にないのだ。
その時、ブルとチーコ、そして警備の衛兵が二人入ってきた。
「関係者以外は立ち入り禁止です。お引き取り下さい」
どうやらブルたちは衛兵を呼びに行っていたようだ。
アンナやリザと話していた男たちは「チッ。なんだよ、呼んでくるんじゃねぇよ」と舌打ちをして、その場を後にした。
「なんだ終わりか。まあいい。俺も忙しくてな、すぐ別のとこに行かないといけないんだ。結果のわかる勝負を見てる時間はないのさ」
レオは手帳をポケットにしまい、
「ま、昔のよしみだ。悪いようには書かんよ。『善戦したが、やはり力及ばず』とでも書いとくよ、ハハハ。じゃまた、会えたら会おう」
そう言って、手をヒラヒラさせながら出ていった。
俺はその後姿を見送る。
せっかく元同僚に会えたのに、嬉しいとか、もっと話したいとか、そういう感情は一切なかった。
向こうも俺が今何をしているのとか聞くこともなかったし、興味のないことなのだ。
衛兵も出て行き、控え室には五人だけが残った。
「は~あ。戦う前から疲れちまうぜ。ま、予想はしていたけどな」
ブルは大きなため息をつく。
「まったくもう!」
リザは腹の虫がおさまらない様子だ。
「やっぱ塔なんて、すっぱりと渡しておくべきだったかなぁ。すまねぇ」
「う~……ごめんアンナ。迷惑かけちゃった……」
ブルは頭をかきながら謝る。
リザも意地を張らずにそうしておけばと思ったようだ。
「いいのよ、気にしないで」とアンナは笑顔を見せるが……。
「ま、こうなったら、何が何でも勝たねぇと」
「っていうか、あんたが勝てないとダメなんだけどね」
チーコの指摘にブルは苦笑した。
♢♢♢
晴天の空のもと。
時間になったので、俺、ブル、リザの三人が闘技場内に出ると、涼葉はくるりと一回転して叫んだ。
「今日はですね、久しぶりにファンの方々と戦います!」
そして、こちらの方に手を向け観衆に紹介する。
「私と戦うファンのお名前は、ブルさん、リザさん、ユウヤさん! この三名が挑戦します!」
拍手や歓声の中にブーイングが入り混じる。
いや、少なくとも俺はファンじゃないんだが。そもそも配信を見たこともないのにと、俺は溜め息をついた。
「あいつがどのくらい強いのか知らんが、もし俺が負けたら、リザもユウヤも戦わなくていいぞ」
と言いながら、ブルは大きな斧を手に準備運動をする。
ブルからしたら自分が負ければ勝てるのは他にいないし当然なわけだが、リザは
「せめて、あたしたちが勝てるくらいにはダメージ負わせておいてよ」
と、笑いながら答えた。
何万人もの人々に見られているはずなのに、ブルもリザも緊張している感じは全くない。
もともとそういう性格だし、緊張で普段の力を発揮できないということはなさそうだ。
俺とリザは入場口付近に下がり、闘技場中央にブルと涼葉が対峙した。
アンナやチーコは不安そうな顔で見ている。
彼女たちも参加するつもりだったが、ブルに出なくていいと言われていた。
「それではよろしいですか? 僭越ながら、私が審判をやらせて頂きます。元々この闘技場はですね、劇場として建てられまして。今では辺鄙な町といわれることもあるカルミナ出身の歌姫が私財を投じ…………」
審判席にいる、つばのない帽子を被り身なりの整った壮年の男。
やたらこの町の紹介をしたがる彼は、この闘技場の支配人だ。
町を発展させたい思いがあるらしく、これを機に人を呼び込みたいのだろう。
「…………市場で売っている食べ物も、お安く美味しくいただけます。そして、この町の周りは美しい森に囲まれ、森林浴で日々の疲れを癒すには、もってこいの場所ですよ。宿屋も値段はお手頃な……」
「はーい。私がみんなに紹介するので、いっぱい人が来ますよ。なので早くやりましょう」
涼葉は長い口上に少しうんざりした様子で、手を振りながら開始を促す。
「えー、はい。それでは第一戦、お願いします。準備はよろしいでしょうか?」
「はーい」
支配人は開始の合図として、手元にある鐘を鳴らす。
闘技場に響き渡る鐘の音とともに、観客の熱気と歓声も一段と高まった。
「さあ、試合開始です!!」
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