異世界配信者の記録~無名配信者のもとにいた彼が、世界に変化をもたらす唯一無二の存在だった

多紀真砂

第1話 プロローグ

 あの日を境に色々と変わっていった。

 俺や彼女の名が世に知られることとなった出来事を切っ掛けに。

 

 厳密に言うと俺だけに限れば、それ以前から変わってはいたが。


 そう、あれは一人で異世界探索を終わって、現実世界に帰還していた時だった。

 彼女、アンナの様子を見ようと配信チャンネルを開いたんだ。


 アンナは異世界で生配信をしている配信者だ。

 異世界での情報をリアルタイムで現実世界に伝えることができる配信者、人気者だと何十何百万人のファンがいる。


 以前の俺はそういうのに興味がなかったが、一年前たまたま彼女に出会って以来、ファングループに入っているのだ。


 彼女は個人でやっているからかファン数は少ない。

 俺がファングループに入った時、配信チャンネルの登録者は数百人だった。

 そして最近も、人数はほとんど変わっていないのだ。

 

 おそらくこの先、有名になることはないであろう。

 このまま何万といる配信者の一人として、知られないままの存在でいるのだろうと思っていた。


 だが、この日。


 映像に映し出されたアンナの配信チャンネル、その待機人数が1000人をこえていたのだ。


 いつもなら一桁が当たり前なのに、ありえない事だった。

 何度も凝視したが間違いなかった。


 そして次に見たコメント欄、これが事態の深刻さを物語っていた。


――—————

『売名行為ですか?』

『無名の分際ででしゃばんなよ!!』

『×××××××~』

――—————


 やたらと罵詈雑言のあらし、明らかに彼女のファンではない。

 何かが起こったのは明白だった。

 俺はすぐさま異世界に戻った。


♢♢♢


 ~小都市カルミナ~


 俺が初めてアンナに会った町。

 彼女はこの町に住居を兼ねて、ファンの拠点を構えていた。

 町の入口付近にあるゲートから拠点へと向かう。


 古い時代を思わせる二,三階建ての建物が密集して立ち並んでいる区域。

 煉瓦造りの壁には蔦が絡みつき、屋根は古びた瓦で覆われている。


 その中にある拠点、三階建て建物の前では多くの人が集まっていた。

 通行人が往来できないくらいに歩道も塞いでいる。

 

 俺は裏手に回り、階段で二階の裏口から中へ入った。


「よう、ユウヤ」


 バンダナを巻いた褐色髪の男が、俺に気づくと手をふった。

 彼と話していた、ウサギのような耳をした亜人も振り向く。


「こんにちは、ユウヤ。五日ぶりくらいかしら」


「ああ。一昨日は行けなくて悪いな。ブル、チーコ」


 厳つい男がブル、亜人の女の子がチーコ。

 二人は古参のファングループの一員だ。


「配信では見たのか?」


「見たけどさ、」


 一昨日の配信、アンナが歌い後ろでブルやチーコ他二人くらいが踊っていたのだが。


「ブル。あの踊りは、ないだろう……」


「そんな、お前まで下手だっていうのかよ。俺の渾身の勝利ダンスを!」


「……ほら。あんただけよ、イケてると思ってるの。感性が普通じゃないんだわ」


「そうかねぇ」


 ブルは頭をポリポリとかく。

 たまに変なことをするのは昔からみたいだが。


「それよりも、一体なにが起こってるんだ?」


 俺は外の状況が何なのか尋ねた。


「あ、ああ。実はな……」


 ブルによると事の起こりは今日。

 一つの塔が、カルミナの町近くの森で出現したことだという。


 この世界の不思議の一つとして、土地やダンジョンなどが新たに生成され、世界が広がっているというのがある。

 

 新しいマップがでた場合は、最初にそこへ到達して所有権を主張し認められれば、その人のものとなる。

 ただ、大抵そこには何かしらの厄介なモンスターがいて、それを倒さないといけないが。


 新マップを攻略して所有権を得るのは普通、国の探検隊やギルドなど、もっと大きなグループとかだ。

 弱小グループや個人がたどり着く頃には、すでに決まっている。


「たまたま、その近くの泉でアンナとリザが遊んでてな。行ける人呼んで一番乗りしたんだが……」


 塔の最上階にはかなり強いモンスターがいたが、なんとか倒せそうなところまでいったらしい。

 だがその時、連中が横から現れて最後にとどめを刺したそうだ。


「んで、塔も自分たちのだって言ってるのさ」

 

「なるほどな」


「ブルとリザが、勝手に決めたら町の裁判所に訴えてやるって言ったの。そうしたら押しかけてきちゃった」


 チーコは亜麻色の髪をいじりながら、ため息をつく。


「いくらリンコネでも、はいそうですかって渡せるかよ」


「え、まさかリンカーコネクトが関係してるのか?」


 チーコは頷く。

 なるほど、それであんなに人がいるのか。と俺は納得した。


 リンカーコネクトとは、何十人もの有名配信者を抱えた大手配信者事務所の一つだ。

 配信者に何らかの関りがある人物なら、知らぬ人はいないだろう。


 そういう所と問題が起きたら、まあこうなるか。


 唐突に一階が騒がしくなったので、俺たちは階下に下りた。



 入口の前では、ブロンドのショートボブをした少女が、知らない女性と言い争っていた。

 

「だから、あたしたちは助けなんていらなかったの! そっちが一方的に乱入して倒したんじゃない!」


 彼女がリザ。アンナの親友で、ファングループには一番に入った人物でもある。


「そうかしら? かなり、てこずっているように見えたんだけど」


 相手にしている人物は、桃色のツーテールに騎士風の奇抜な服を着ている女性。

 

「ミナモト涼葉様に助けられたんだぞ!」

「そうだそうだ、光栄に思えって!」


 外の人だかりからヤジが飛ぶ。

 ああ彼女はと、名前を聞いて思い出した。


 ミナモト涼葉、リンカーコネクトの配信者だ。

 人気配信者一覧で名前を見たことがある。


 頭上に目の形をしたレンズが浮いている。

 異世界の映像と音声を、元の世界に伝えることができるものだ。


 彼女は配信の最中。レンズ横には、コメント板も表示して見せつけている。


 そこに表示された視聴者数35000の数字。

 今、元の世界では、この状況を三万五千人が見ているのだ。


「裁判で争うのもいいでしょう。ただ、相応の費用もかかるわよ。何より支持者の数も違うのに勝てるのかしら?」


「う……」


「強情張らずに、ね?」


 涼葉はニコニコと笑みを浮かべている。

 そしてリザの後ろにいる女性に視線を移した。


「あなたからも何か言ってくれませんか。ええと、登録者700人のアンナさん?」


 自分の登録者ファン数(たしか100万は越えているとか)とは比べるまでもないという感じで彼女は言った。


「ちょっと。それ、アンナに向けないでよ」


 配信レンズを指さすリザ。


「あら、せっかく多くの人が見てくれているのに」


 外からは笑い声。

 それと一緒に、板に流れる視聴者コメントも早くなる。


 アンナはうつむいたまま目線を合わせなかった。

 黒く長い髪に地味な服装をしている彼女は、涼葉と対照的だ。


 配信レンズが彼女の方に近づいていく。


「だから勝手に!」


「リザ……別にいいから……塔も渡しましょう……」


「いやよ、そんなの!」


「もう。どこまで強情なんでしょう」


 あくまで認めないリザに涼葉は呆れた顔をし、やれやれとした仕草をする。


 そしてコメント板を見ながら、


「それなら、どうしましょうか?」 


 と、語りかけるように言った。


「……ふぅん……対決で決める……。私と一対一で戦う……いいわね。これで決めませんか?」


「え……」


「簡単でしょう。私とアンナさんでどうかしら?」


 唐突な提案だった。

 しかし、自分が確実に勝てると思ってるからこそ言っているのだろう。

 

「そ、そんなのできるわけ……」


「なら、アンナさんだけでなくてもいいわ。そうね、そちらは何人でもかまいません。あなたでも他の方でも、誰か一人でも私に勝てたら、塔の所有権は差し上げましょうか」


「……」


「いかがかしら。こちらは私一人だけですよ?」


 何人挑んでも勝てると絶対の自信を持っている表情で、チラリと俺たちを一瞥した。

 それに気づいたブルが三人に近寄る。


「話はわかった。俺の出番みたいだな」


「ブル! まだやるって決めたわけじゃ」


「んなこといっても、このままじゃどうしようもないだろう。それにこっちは何人でもいいって言ってくれてんだ」


「そうだけどさ」


 、アンナのファングループの中ではブルが最強だ。

 勝てる可能性が一番高いのは彼なのだが。


「わかりました。やります」 


 アンナは首を縦に振った。


「アンナ、いいの?」


「そうよね。配信者なら、そのほうがいいわ。これで配信すれば登録者も大台の1000人にいけますよ」


「そんなつもりじゃ……」


 また外から笑い声。


 アンナはうつむき目をそらした。


 こちらに気づいた彼女と目が合ったので軽く手を振ると、少し笑みを見せうなずいてくれた。


 ブルは勝てると思ってそうだが、涼葉の自信を考えると、そう思えない。

 勝っても負けても、アンナはその後どうするつもりなんだろう。


 こうも大勢が見ているんだ。勝負が決まった後も、面倒な連中に目をつけられるかもしれない。

 嫌がらせとか受ける可能性もあるし、それがもとでアンナがどうなってしまうか。

 最悪ここに来なくなり、会うのは最後になってしまうなんてことも。


 ……そんなことになってほしくない。そう思うと、俺は皆の前に出て言った。


「俺もやるよ」

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