第4話 闘技場での対決③

 涼葉が客席に向けていた目線をこちらに向けた。


「一人でいいんですか?」


「ああ」


「そうですか。あまりあっけなく終了するのも、よくないんですけど」


「……」


「はい、それではみなさん! 次に戦うファンのお名前は、ユウヤさんです!」


 涼葉が俺を紹介すると、声援とブーイングがこだまする。


 そういえば、こういう闘技場に立って実際に戦うのは初めてのことだった。

 

「すーずーは! すーずーは!」

「涼葉さんー! かわいそうなので手加減してあげて~!」

「そんな剣で戦う気かよ」

「次はその雑魚をもっとボコボコにする姿を見せてくれ!」

「弱くても少しは耐えろよー!」

「すぐにやられちゃ、つまんねーぞ!」


 涼葉ファンからの声援は完全に感情が分かれていた。

 俺に向けられた負の感情は、涼葉への声援に込められた感情とは正反対だ。

 といっても、気に留めることではないが。

 

「では、よろしいですか? 第二戦開始です!」


 観客の声に混じって支配人が開始の合図をし、鐘の音を鳴らした。

 

「さ、ユウヤさん。どうぞ」


 涼葉は大剣を構える。

 ……と、何かを思い立ったのか、すぐに構えを解いた。


「そうだ。私は五分間、なにもしません」

 

 右手で大剣を肩に担ぎ、左手を広げる。

 

「攻撃しないのか?」


「ええ。あ、防御はしますよ。ただ、こちらから攻撃は一切しません。すぐに終わってしまっては、おもしろくありませんので」


 ブルが簡単に降参したのを反省してのことだろうか。


「それに私みたいな人と戦うなんてこと、もうないでしょうから」


 たしかに。こんな有名人と手合わせできるなんて、特にファンだったなら至上の喜びに違いない。

 たとえ、かませ犬のつもりであっても、俺の代わりに戦いたい人は大勢いるはずだ。

  

「あなたの力の限りを見せてくださいね。その剣で」

 

 腰に下げている鉄の剣の攻撃値は5。

 どこにでも売っている、なんの変哲もない武器だ。


 本気で彼女に勝とうとして、この装備で挑むのは、よほどの狂人くらいのもの。 

 

「さあ、いかがしました? 時間がどんどん過ぎてしまいますよ?」


 ファンサービスと思っている風に、ニコニコとした表情でウインクをする涼葉。

 魅惑的なその瞳は、こちらを誘っているようだ。


 だが俺は、そんな彼女を見つめることはしなかった。

 地面のほうに目をやり、ゆらりと右手を動かす。

 そして腰の剣に手をかけようとしたのだが……無意識のうちに手が止まった。


「? どうしました?」


 正直なところ、この剣でも十分なはず。

 いつものように、あの場所以外では鉄の剣を使えばいい。

 だけど今日に限っては違った。


 “こっち”でやるべきだろう。ただそう思った俺は

 ……顔を上げ躊躇うことなく右手を高く掲げた。


 その時、空気が震えた。

 空間がゆがみ稲妻のような閃光が走る。

 同時に発生した振動が瞬間、闘技場全体にとどろいた。


 暗黒の歪みの中から純白の刀身をした剣が現れる。

 俺が柄を握ると、煌めく閃光とともに空間も元に戻っていった。


 そして、剣はオーラを発した。

 刀身とは似つかぬ血よりも紅く深海の闇より暗いオーラが、腕に足に体の隅々まで行き渡り、衣のように纏わりついたのだ……。


 それは、わずかな間の出来事だった。

 

 初めのうち観客のほとんどは、とりたててその状況を理解できていない様子だった。

 配信レンズ横のコメント板の流れも特段の反応はない。


――――——————— 

『がんばれ涼葉さーん!』

『おお、あいつも剣を出してきたな』

『五分も戦ってもらえて。いい身分だよなあ』

『少しは強いのか?』

『音が聞こえませんよ』

『×××……

――――———————


 しかし、相対している涼葉は別の意味で理解できていない表情をしている。


 纏わりつくオーラは、一定以上の強さがないと知覚できないが、彼女はできるみたいだ。


 得体のしれない威圧感を受けたかのように、その笑顔は完全に消えてしまっていた。


「え……な、に……」


 現れた一振りの剣、彼女の剣のように大きくはない。

 それでも向かい合っている側からは、その何十倍もの大きさに見えるだろう。

 

「ユウヤさんの攻撃値は……えー、情報が、ええと」


 スペクタクルズを俺に向けた支配人は、首をかしげながら手元の板をトントンと叩く。


「あれれ、おかしいですね、おかしいですよ。彼の装備に関する情報がですね……何もわかりませんね。すみません、これは故障でしょうかね」


 おかしいと言う割に彼の言葉に驚きの感情はあまり感じ取れない。


 しかし涼葉は違う。

 明らかに驚きの感情を表に出して立ちつくしていた。

 

 客席でも異変を察知した彼女のファンからはざわめきが、いまだ状況を理解していない人だけは変わらず歓声を上げている。


「さて……」


 俺は一歩だけ前に出た。


「ひっ……!」


 彼女は一歩、後ずさる。が、なんとかそこで踏みとどまった。


 大剣の柄をグッと握り、構え直す。

 口元が微妙にひくつき、その手は小刻みに震えていた。

 

「え、あ、見せかけには、だ、だまされないわよ! 攻撃値がでないのもスペクタクルズが壊れてるからね、うん!」

 

 まあ、スペクタクルズは壊れていないと思う。

 四桁以上の数値は出ないのだ。

 そもそも四桁以上の数値をもつ武具があること自体、想定されていない。 

 

「さ、さあどうぞ! 自由にしていい時間はあと三分、いえ、も、もう一分ぐらいかしら、ね?」


「降参はしない?」 


 俺は構えることはせず、剣を下ろした状態のまま彼女にたずねた。


「な、何を言ってるんですか! するわけありませんよ! い、いいから、かかってきなさい!!」


「そう。ならその通りに……」


 そう言うが早いか、左足を踏み込んだ。


「……え?」


 一瞬の事だった。

 俺は彼女の間合いに入っていた。

 まるで瞬間移動をしたように見えただろう。


「い、いゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 涼葉は反射的に、渾身の力で大剣を振り下ろしてきた。

 だが……


 キィィィィィィン


 研ぎ澄まされた音が響く。

 それは俺の剣と交差したことによって、大剣が砕かれた音だった。

 剣の一閃が上空へと駆け、配信レンズを貫き消えていく。


「あ、あああああ!!」


 大剣の柄を握りつつ、涼葉はその場にへたり込んだ。

 目の前の砕かれた刀身を見つめ呆然とする。


 更に彼女を驚愕の表情にさせたのは、その場で目の当たりにした光景だった。

 それは、俺の剣から発せられる黒く紅いオーラが伸びてきて、砕かれた刀身を吸収、もとい喰らった光景だった。


「…………!!」


 決着はあっさりとついた。


 彼女はこれで、ファーブレ工房製の高価な大剣を完全に失ったことになる。

 だが、そんなことはもはや、どうでもよいという感じだ。


 観客の声も耳には届いていないだろう……。

 

「まだやる? 降参してほしいんだけど」


「あ……は……。は、はい。降参します……」


 俺の顔を見つつ感情を失くしたような声で言うと、右手を上げ降参の意思を示した。


「うん、ありがとう。それと、俺は別に君のファンではないから。そこのところは訂正しておいてくれ」


 俺はそう言うと踵を返した。

 体に纏っていたオーラが、そして、手にしている剣が消えた。


 声をあげる者はいるが、多くは現状を把握できず唖然として声を出すことができないのか、闘技場内はめっきり静かになってしまった。


 支配人が何かを言ってはいるが、俺はこれからのことを考えていて耳に入ってこなかった。


 ……さて、どうやってアンナたちに説明したらいいんだろう。

 そう考えながら、喜ぶような顔をせず真顔で、彼女たちの下に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る