第4話


 結局、エルンストが王太子に留まる事は無かった。

 エルンストは学校を卒業して、王位継承権を返上して公爵となり、領地を与えられた。少しお腹の大きくなったアメリアを連れて、新婚旅行と称して、リゾート地に出発した。



 王宮のテラスで、噴水を眺めながらユリウスが言う。

「検査だけど、兄上には逃げられたよ。私は大丈夫だったから、心配ない」

 シビラはユリウスの言葉に真剣に頷く。


「……わたくしは愛に生きたいのです」

 シビラの言葉にユリウスが答える。

「私は、私の事だけを愛し、私もその方だけを愛したい。そのような方と婚姻したいと思っている」

 欲しかった回答をユリウスがくれる。

「私はシビラの笑顔が好きだ。貴女がいつも笑っていてくれるように──」

 ユリウスはシビラの手を取り、そっと口付けた。

「頑張るよ」

 シビラは少し小首を傾げ、ゆっくりとその人形のような顔を綻ばせた。


 それは今まで見たこともない、愛し愛される喜びと自信に満ち溢れた少女の笑顔だった。

 可愛い。きっとシビラは素晴らしいレディになるだろう。

 ユリウスはもう一度自分の心に頑張らねばと誓った。



  * * *


 王家には禁呪がある。王家に仇なす者を排除する魔法である。

 このあたりの大国小国の王家で密約を交わした。秀でた魔術師や魔導士、錬金術師が集まって、練り上げた魔法であった。

 この度の騒動で国王は密約を結んだ国々に諮り、禁呪が発動されることになった。



 エルンストとアメリアは船でリゾート地に着いた。

 べったりとくっ付きながら船を降りると、警備兵が待っていて、二人は一般人とは別の通路に案内された。


「逆らっても無駄でございます。エルンスト様」

 その通路をしばらく行くと、アメリアはまた別の通路に連れて行かれる。

「何故名前を、アメリアはどこに」

「あの女は一級国際犯で、これからの研究対象となります」

「子供は」

「貴方のお子ではありません。ご安心ください。子供も研究の対象になります」

「そんな」



 通路を長々と歩いて魔法陣に乗ると、灰色の世界に移動した。

 灰色の四角い部屋に案内される。真ん中にグレーのイスとテーブルがある。男が一人、部屋で待ち構えていた。灰色の無機質な衣装を着ている。

 エルンストが部屋に入ると、シュンと勝手にドアが閉まった。


「お座りください」と椅子をすすめられた。

「貴方には別の生が与えられます。こちらの世界ではございません。平民ばかりの国で、自由に生きてゆくことになろうかと思います」

 テーブルに小瓶が置かれた。

「もう決まっているのか」

「はい」


「シビラは」

 思わず前の婚約者の名前が出た。

「あなたの事は忘れ去られることに。こちらが薬になります」

 手で押しやられて、呆然と小瓶を見ながら聞く。

「信じられないのだが」

「では、取り調べの模様を」

 灰色の部屋の一方が、スクリーンになった。

 そこには椅子に座ったアメリアが居た。


 男はテーブルの上に顕微鏡を置いた。

「貴方の子種です」

「この生きているものが少ないと、妊娠いたしません」

「こちらが普通の方のもの。お分かりいただけますか」

「私の人生は何だったんだ」

「お気の毒としか。しかし気の毒な方は、掃いて捨てるほどいます。貴方は責任を放棄されたのですから」


 取調室のアメリアの様子が聞こえてくる。

「なぜこんなことを? 殿下を騙して誘惑して、誠に手の込んだ罠でしたが」

 何やらチラチラと光る、四角い器具を操作している取調官は、こちらの部屋にいる無機質な衣装をまとった男と、同じ格好をしていた。


「エルンスト殿下が王位を継ぐと思ったのに、シビラを悪役令嬢に出来なかったわ。どうして……、上手く行ったと、思っていたのに」

「これからどうするつもりでした」

「子供を産んで、王家乗っ取りをするのよ。ユリウス殿下を殺せば、あの国に継承者はいない。私の子供が王になるのよ」


 ポロポロと喋るのは自白剤の所為だろうか。少し気怠そうに喋っているが。

「エルンスト殿下のお子ではありませんね」

「別にいいじゃない。あの方より頭のいい方は、いっぱいいるのよ」

「犯人の名前をお聞きしても──」


「もういい」

 エルンストは薬を取った。

「何か望みはありますか?」

 少し考えてエルンストは答える。

「子種は欲しいな、それと髪は真っ直ぐの方がいい」

 そう言って、さっさと薬を飲み干した。



  終


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公爵令嬢は愛に生きたい 綾南みか @398Konohana

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