第3話
人形のようなシビラに比べて、アメリアは生き生きとして、肉感的で、蠱惑的だった。
眩しいアメリア。すんなり伸びた手足。均整のとれた身体。すべすべの肌。笑顔が可愛い。目が合うと頬を染めて目をそらす。
生徒会のサマーキャンプを、王家の避暑地の別荘で行うことにした。
こじんまりとしたその別荘は、生徒会の人数で丁度良かった。
近くに湖があり、ボート小屋にボートがある。桟橋から降ろして、何人かに分かれて乗り込んで水遊びを楽しんだ。
最終日の前日、アメリアが居なくなった。もう暗くなって雨まで降っていた。皆で手分けして探したが見つからない。
濡れそぼって震える皆を別荘に帰して、エルンストはもう一度探しに出かけた。
ボート小屋にアメリアはいた。複数の男に襲われていた。アメリアの白い身体が夜目にも白く浮かび上がる。
「何をしている!」
男たちを追い払って、声をかけた。アメリアは泣きじゃくった。
何処からともなく漂う甘い香り
泣きじゃくるアメリアの白い背中。太もも。胸。
アメリアはエルンストにしがみ付いた。
「お願い……」
エルンストはアメリアを抱いた。
アメリアは処女だった。未遂だったのだ。
夏が終わってアメリアは妊娠した。
「違う、殿下のお子ではありません」
アメリアは否定したけれど、相手は自分しかいない。
「では誰の」
「違います。違う。うっ」
「アメリアの子は、私の子供だ」
* * *
シビラは王宮に呼び出され、エルンストの執務室で人払いをして告げられた。
「アメリアが私の子供を身籠った。君には申し訳ないが、婚約を解消したい」
エルンストはシビラに謝罪して、婚約解消を申し出た。それは仕方のない事であった。それでも、シビラは聞かずにおれない。
「あの方に殿下のお子が出来たのですか。何かの間違いではございませんの?」
エルンストの自信のある顔を見ると、分からなくなる。
「それとも、愛し合っていたら出来るのかしら」
「シビラはまだ子供だね」
エルンストは軽く笑って言った。
「何時か君も、愛を知る大人になるだろう」
「わたくしは殿下をずっと、お側でお支えしたかったのでございます」
「すまない、シビラ」
シビラはしばらく俯いていた。やがて息を吐いてかぶりを振った。
「分かりましたわ。わたくしから、もう何もいう事はございません。殿下のお心のままに」
シビラは去って行った。
しばらくして、ドアをノックして、ユリウスが入って来た。
「兄上、国王陛下がお呼びでございます」
「そうか」
「私はシビラ嬢の幸せを願っておりました」
「ユリウス、もう言うな」
出て行こうとするエルンストに、尚もユリウスは言う。
「いえ、誤解をしておいでの様ですから申し上げます。彼女はあなたを愛しておりました。しかし、もう、元に戻る事はないでしょう。ですから、私が、幸せにいたします」
ユリウスがシビラに興味を持っていたのは分かっていた。
しかし、これまたはっきりと言ってくれたものだ。
「兄上に言いたいことは、それだけです」
「そうかい、じゃあ頼んだ」
馬鹿にしたようにエルンストは言う。
「あんな人形のどこがいいのか」
そのままスタスタと国王の執務室に向かう。
ユリウスはその後姿を黙って見送った。
エルンストはアメリアと結婚することになった。
しかし、それ以外の事は、卒業を待って決める事になった。
「私が男爵の娘で、元は平民であることがいけないのかしら」
「もしかして、シビラ様が何か仰っているのかしら」
「貴族と平民の間で、亀裂が入っているんじゃないの」
「この婚姻は、貴族であるシビラ様と、平民である私の戦いね」
アメリアは勇ましい言葉を吐く。
婚姻までにもっとシビラを追い詰めて、追い落として──。
「私は奪ったんだわ。あなたからすべて。だから私のすべてをかけて、あなたを幸せにするわ」
何処までも勇ましい。
王位をあなたの手に──。
そんな時、姉のフランセスからエルンストに手紙が来た。
「あなたは王家を潰すつもりか、乗っ取るつもりか」と容赦がない。
「こちらの方まで、不穏な動きが出てきて、困っている」
言われてみればその通りだった。エルンストはアメリアの言動を、閨の睦言程度にしか聞いていなかった。
姉に急かされて、アメリアに言った。
「いい加減にしないと結婚しない。子供も認知しない」
エルンストの言葉は効果があった。アメリアはその性格に似ず、黙り込んでしまった。
* * *
学園の図書室で、久しぶりにユリウスに会ったシビラは、前より痩せて儚げになっていた。
「やっぱり、わたくしは悪役令嬢なのかしら」
隣に座った彼は、ただ緩く微笑んだだけだ。
「ユリウス殿下は、わたくしでよろしいの?」
「もちろん、貴女が私の方を向いてくださるのを、待っていました」
姉のフランセスに手紙を書いて、大げさに現状を知らせたのも、国王陛下と公爵家をせっついてシビラとの婚約を決めたのもユリウスであった。
生徒会役員の親に知らせて、子供の監視を強化させたのも、ユリウスが手を回したからだ。
「そう言えば前にここで、何か言いかけておられましたね。あれは何だったのですか? 今、お聞きしても?」
ユリウスの問いに、シビラは少し目を見張って、コクンと唾を飲み込んだ。
「わたくし、大変な罪を犯しましたの」
ユリウスは黙って続きを促す。
「わたくし、あの方に病をうつしましたの。あの方、来ないでくださいと、お手紙をいたしましたのにお見舞いにいらっしゃって、わたくしの風邪がうつって、それが風邪ではなくて、とても高い熱が出て───」
シビラは胸に手を当て、少し震えた。
「先生がおっしゃったの。軽い熱ですぐに治ってよかったと。高い熱が出て、なかなか治らないようだと、子種が無くなる病だと」
ユリウスは目を見開いた。
「わたくし、あの方に病をうつしてしまって、だから、何があっても婚姻して、お子が出来なくても……、あの方をお支えせねばと」
「それがシビラの愛なのか?」
ユリウスに言われて、シビラは少し考えた。
「愛ではありませんわね。わたくし罪悪感に苛まれて、ずっと。贖罪をするつもりでございました。王族は跡継ぎが全てでございますから」
「そうか……」
シビラはほうっと息を吐いてからユリウスを見る。聖職者に罪を告解して身が軽くなったような表情であった。
「それはいつ頃のことだろうか?」
「婚約してすぐの冬ですわ」
「八歳の頃か」
あの頃流行っていた風邪といえば、頬が膨れて熱が出るマムプス風邪だ。直ぐに治る者もいるが高熱が出てしばらく寝込む者もいる。エルンストは暫く寝込んで、ユリウスは別宮に隔離された。
「あの時の風邪なら私もかかったよ。両頬が膨らんだけどすぐに治った。あの時は流行っていたからね、周りの連中が皆罹って、私は一人で遊んでいたな」
ユリウスは遠い目をした。その表情が少し引き締まる。
「その時、兄上はずっと君の所に居たの?」
「いえ、すぐにお帰りになって、ホッとした記憶がございます」
「じゃあ、シビラがうつした訳じゃ無いよね」
「そうなのですか」
シビラの瞳に生気が宿る。
「あの時は流行っていたからね、誰でも罹る可能性があったんだ。実際私も罹った訳だし。もっと早くに聞けば良かったな」
ユリウスは腕を組んで考え込んでしまった。
「まあ一応、子種の事は調べた方がいいかもしれないね。兄上も調べた方がいいか」
「あの、アメリア様にお子が出来たので、エルンスト殿下には子種がお有りなのですよね」
そのシビラの不安そうな顔を見て、胸が痛む。
ずっと、その人形のような仮面の下で、怯えていたのだろう。
心が苛まれていたのだろう。
誰の所為でもないのに。
ユリウスはシビラの手を両手で包んで囁いた。
「大丈夫だよ。シビラはもう私の婚約者だから、私が守ってあげる」
「わたくし、ユリウス様に子種が無くても、嫁ぎたいと思いますわ」
いかにもシビラらしい返事であったけれど、その表情は真剣である。
「嬉しいよ。結果を待っていておくれ」
「はい」
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