一年の恋は元旦にあり

ツネキチ

明けましておめでとうございます。

 彼のことが好きだ。

 

 初めて喋ったその時からずっと好きだった。


 中学生活の3年間、言葉を交わした数は決して多くはないが、その度に胸を高鳴らせていた。


 去年のクリスマス……と言ってもたった1週間前の話だが、彼に手編みのマフラーを渡して想いを伝えようとしたが諸々の事情で失敗してしまった。


 思えば、あれが中学生活における最後のチャンスだったのかもしれない。


 彼も私も目前に受験を控えている身だ。年も超えた今、恋愛にうつつを抜かしているわけにはいかない。


 彼とは志望校が一緒だ。ならば確実に合格して彼と同じ高校に通うんだ。



「ーーというわけで、合格祈願のために初詣に来たわけだけど」

「看板に思いっきり恋愛成就で書かれてるじゃん」


 厚手のコートをガッツリ着込みながら寒さに身を縮こめている親友のトモちゃんがジト目で指摘してくる。


「何が恋愛にうつつを抜かしているわけにはいかないよ。合格祈願にかこつけて思いっきり恋愛成就も狙ってるでしょ」

「……偶然だよ?」


 新年の空気よりも冷たいトモちゃんの視線から目を逸らしながら、あくまで偶然を装う。


「嘘をつくな嘘を。ここ私でも知ってる有名な縁結びの神社じゃん。普段行ってる地元の神社じゃなくてこんなところまで来た時点であんたの狙いは透けて見えてんのよ」


 そう言いながら、トモちゃんは大あくびをする。


「あー、眠い。正月くらい家でゆっくりしてたかったのに、あんたに付き合わされてこんなところまで来た私の身になってよ」

「い、良いじゃん。お正月くらいちょっと遠出したって」

「ちょっと? あんた、ここまでくるのにどれくらいかかったと思ってるわけ?」

「どれくらいって……」


 トモちゃんは大袈裟だなあ。


「電車でたったの2時間くらいじゃん」

「ふっざけんな」


 私たちは今隣の県に来ています。


「やな予感はしてたのよ。あんたにしては初詣の誘いが急だったし、その割にどこへ行くか言わないし。挙句のはてに電車のチケットを私の分まで買っておく周到さ。最初っから私を巻き込んで逃す気がなかったんでしょ?」


 流石トモちゃん、全部お見通しだ。


「人のこと巻き込んで色ボケして……それで良いのか受験生?」

「で、でもここは単なる縁結びの神社じゃないんだよ? 私今日のためにいっぱい調べた上で厳選したんだから!」

「勉強しろよ、受験生」

「西日本最強の恋愛パワースポット! 全国の恋する乙女の聖地! 今恋人と行きたい旅行先第28位!!(独自調べ)」

「最後微妙だな」


 一年の計は元旦にあり。


 今年こそ彼と結ばれるためにも、今日手を抜くわけにはいかないのだ。


「さ、まずはお詣りに行こっかトモちゃん」

「はいはい」

「二礼二拍手一礼だからね」

「わかったわかった」

「100円以下のお賽銭は神社側が手数料でかえって赤字になるケースがあるから配慮してあげてね」

「うっさいな! あんた受験勉強そっちのけでどんだけ調べてきたんだ!」


 そんなやりとりを続けながら賽銭箱の前まで行き、鈴を鳴らす。


 そしてお賽銭。トモちゃんは私のアドバイス通り100円玉をお財布から取り出して放り投げる。


 そして私はーー


「5000円! 中学生が初詣のお賽銭に5000円出すの!?」

「ーー神様どうか第一志望の高校に合格して彼と同じ高校に通えますように。そして高校でも同じクラス、それもできれば隣の席になって今よりももっと仲良くなってゆくゆくは恋人同士になれますように。そしてその後は末永くラブラブでいて夏休みには図書館で一緒に宿題をして海に行って水着姿を見てもらって、あ、ファーストキスは花火大会のクライマックスが良いです。文化祭では準備期間中に夜の校舎で2人っきりで取り残されるような展開があってさらに距離を縮めて、修学旅行では彼の部屋に忍び込んでーー」

「重っ! 神頼みでそこまで求める!?」

「最初の子供は女の子、次は一年後に男の子で……」

「一姫二太郎まで!?」


 その後5分ほどかけて神様にお願い事をした。


「ふー、こんなもんかな。本当はもっと頼みたいことがあったんだけど、欲張っちゃいけないからね」

「セリフの割に遠慮のかけらもない。ほとんど呪詛だったじゃん」


 さて、最初の目的は達成したし、次はーー


「次はお買い物だね」

「……まだなんかやんの?」

「むしろここからが本番だよ! この神社にはありとあらゆる恋愛開運グッズがそろってるんだから!」


 私たちは境内の売り場まで移動した。


「まずはこれ、パワーストーンでできたブレスレット! 単純な恋愛運上昇はもちろん良縁祈願などなど石に応じた効果があるんだ!」

「へえ」

「ちなみに私のお目当ては今ある縁をより強固にして、たとえ天変地異が起きようとも離れることがないようにしてくれるこのピンクの石です」

「何それ呪物?」

「そしてブレスレットに使われているパワーストーンの原石! これを合わせて買うことで効果は倍!」

「馬鹿でかっ、この石。15000円って書かれてるんだけど? 買う気?」

「やだなあトモちゃん……なんのためにお年玉があると思ってるの?」

「ちょっとは親御さんに申し訳ないと思え!!」


 原石の購入はトモちゃんに全力で止められてしまった。


「じゃあこれ、大本命ハート型の絵馬!」


 売り場にずらりと並べられている可愛らしいピンク色の絵馬を指差す。


「あー、最近こういうの増えたよね」

「ここのはすごいんだよ。ここに自分の名前と想い人の名前、一緒に書いて境内に掲げるとその2人は結ばれるんだって!」

「へえ。あれだね、黒板に書かれた相合傘のすごいバージョンみたいなやつだね」


 なんて情緒のない例えだろうか。


「今日はこれ買って休み明けに彼に名前書いてもらって、またこの神社に来るんだっ」

「ちょっと待って、これを彼自身に書いてもらうの? あんたが書くんじゃなくて?」

「当たり前だよ。そうじゃなきゃ効果がないんだから」


 今から学校で彼に会うのが楽しみだ。


「あんたそんなの彼に頼めるの?」

「……どういうこと?」

「だってこれ結構有名なやつなんでしょ? そんなハートの絵馬に自分の名前を書いてくれってお願いするのって、あなたと結ばれたいですって言ってるのと同じ意味で、ほぼ告白じゃん」

「……あ」


 トモちゃんに言われるまで全く気づかなかった。


「ど、どうしようトモちゃん! そんなこと彼に頼めないよ!」

「でたよヘタレ。普段馬鹿みたいな暴走してるくせに、肝心なとこでヘタレる。いっそ告白しちゃえよ」

「無理無理無理!!」


 結局購入したのは、無難に恋愛成就のお守りだけになった。



「さて、気を取り直して本日のメインイベントです」

「もう帰って寝たいんだけど」

「何言ってるのトモちゃん。この神社に来たら絶対おみくじを引かなきゃ」


 そう、今日この神社に来たのはおみくじのためだと言っても過言ではない。


「ここのおみくじはすごいんだよ。ここで大吉を引けば恋愛成就間違いなしと言われ、さらに恋愛に関して適切なアドバイスをくれるって評判なんだから」

「アドバイスって、よくある『待ち人こず』とかその程度じゃないの?」

「まさか。そんなレベルじゃないよ」


 なんとなく乗り気ではないトモちゃんの手を引いておみくじのある場所まで移動する。


「ほら、トモちゃん引いてみて」

「私から? まあ良いけど」


 そう言いながらトモちゃんは売り子さんにお金を渡しておみくじを引いた。


「えーと、38番か」


 トモちゃんの引いたおみくじにはこう書かれていた。


・大吉

 今年の運勢はとても良いでしょう。今ある縁はとても良いものですが、友人の突拍子もなく重い言動にあなたはやや気疲れしているかもしれません。恋愛に関しても自身は良い人との出会いはまだ遠いでしょう。それよりも普段暴走してるのに肝心なところで足踏みをしてしまう友人の恋愛に振り回される一年になると思います。しかしなんだかんだ言ってもあなたはそのことに満足感を覚えます。気配り屋でとても面倒見のいいあなたはその縁を大切にすることで今後の良縁につながり、報われることでしょう。


「やけに具体的かつピンポイントだな!」


 いいな、トモちゃん。大吉引けて。


「よし、次は私の番だね」

「大丈夫? 私このおみくじ怖いんだけど」

「ーー神様どうか何卒大吉を引かせてください。そして恋愛運マックスの状態で今年を過ごすことで彼とのイチャイチャラブラブハッピー高校生ライフをーー」

「怖っ!」


 年をこめながらおみくじを引く。


 そして私が引いたおみくじはーー



・大凶

 落ち着きましょう。


「……」

「……」


 トモちゃんと顔を見合わせる。


「……大凶って、出るんだね」

「……すごく、的確なアドバイスだと思う」

「……」

「……」


 新年早々、これはあんまりだ。



「わ、私おみくじ引き直してくる! 大吉出るまで何回でも引く!!」

「落ち着けよ」

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