10ページ目 □ 大七刀 □
サラリーマン風の男が、空き缶を道端に投げ捨てて歩き去る。
大きな袋をいくつも抱えたホームレスの老人。
大事そうにその空き缶を拾って抱えていた袋の中に入れ、ニコッと笑う。ボロボロの自転車に括り付けた大袋を廃品回収業者に渡し、数百円の代金を受け取る。
あくせく働く従業員達を横目に、欠伸をしながら定時前にさっさと身支度を済ませて家に帰る、社長の息子である男。
ある日、社長が急病で亡くなり会社の経営が傾いた。仕事と仲間を大切にしていた従業員達はどんどん辞めていき、男ただ1人だけが残った。男は亡くなった親には溺愛されていたが、浮気を繰り返す上に自分の家に帰ることもほとんどなかったため、妻と娘からはクズ同然のような扱いを受けていた。とうとう、その2人も男のもとを去っていった。
老人がコンビニの裏手にある廃棄用の商品をまとめた段ボールを物色している。その中から数本の飲料を取り出し、既にパンパンに膨れ上がっているリュックサックに無理やり詰め込む。
今、家も金も家族さえも、全てを失った男が途方に暮れて行く当てもなく町を彷徨っている。
「ああ、あの大橋は十分な高さがあって良さそうだ……」
男は無機質な目で手すりにつかまり、川の流れをぼーっと眺める。何時間もそうしているうちに日が傾いてきた。川面に煌びやかな夕日が映る。
そして、男はその光に誘われるように手すりの上に立つ。
「ほれ、お前さんにこれをやるよ」
老人が、1本の飲み物を男に渡そうとする。男はそれを見て、何かを考えた後、手すりから降りてそれを受け取る。
「……ありがとうございます。今日はずいぶんと暑くて、生きる気力が出ませんね。こんな日は川に飛び込んで水浴びしたい気分ですよ……」
ホームレスの老人が、笑いながら男の肩をバシバシと叩く。
「ガッハッハッ、そんなことせんでもコレ飲みゃあ元気出っさッ。賞味期限切れてっけどなッ」
男はポケットに入れていた2つの結婚指輪を老人に差し出す。
「別れた妻に投げつけられました……。俺にももう必要のないものなんで、よかったらどうぞ…………」
「おおぅ、兄ちゃん、随分と気前がいいなッ。ホントにいいんか、遠慮なんてせんぞ?」
ええどうぞ、と言う男から2つの指輪を受け取り老人は満面の笑みを見せる。
「食いもんと飲みもん欲しくなったらいつでも言ってくれな! 俺ァたいていこの辺にいっからよッ」
遠くへ消えていく老人の後姿。手に持った缶ジュースを見つめ、スーツ姿の男は思う。
───ほとんどの人にとってはクズ同然の価値の無いモノの中にこそ、ある人にとっての本当に大切なモノがあるのだろうか───、と。
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