8ページ目  ■ 世界獸 ■

 昼の屋外だというのに薄暗く、男数名が横並びでなんとか通れるような狭い岩道を6人は進む。5つの光と辺り一面に散らばっている闇光石の淡い青色の光だけが彼らの進路を照らしている。俺は、死に近づいていくのを感じる。体中の切り傷と腫れあがった箇所が痛む。牢屋から出される際に酷く痛めつけられたせいだ。

 両腕を拘束された状態で三時間ほど歩き、眩い明かりの場所に辿り着いた。高い岩壁に囲まれ、蹴球場がすっぽり入る程の広さの円形の空間。青い空が見える。広間の中央に木製の台が鎮座している。これが祭壇というやつか。兵士たちは俺の両手両足を台の拘束具に固定する。後ろの方にいた教皇は懐から一冊の分厚い本を取り出し、読み始める。内容は、これから天に向かう魂をお迎えくださいだとか、感謝の印として肉体を捧げますとか、そんなようなものだ。俺はうんざりして教皇に言う。


「おい、爺さんよ。そういうのはいいからさっさと遣ってくれ」


 無礼であるぞッ、と剣を喉元に付きつける兵士を手で制し、教皇は淡々と続ける。ハァ、と俺はため息をつき、最期に見ることになるであろう青空をぼんやりと眺めている。教本の句を詠み終えた教皇は本を閉じて懐に戻し、俺に静かに問う。


「……さて、お前に残された人としての生が尽きるのはもうあと寸刻であるが、最後に何か言うことはあるか」


 俺はその言葉を待っていましたとばかりに、満面の笑みで答える。


「あァ、この世界はなんて幸せなことばかりなんだ! アンタの娘はいい身体してたよォ。天国に行ったら、そこでも愉しませてやるからな、アッハッハッハ!」


 憐れみと怒り、負の感情で満たされたような表情で教皇は俺を一瞥し、目を閉ざして祈る。


「我らの『世界獸』よ、どうかこの者を受け入れたまえ」


 俺は覚悟を決め、目をつぶってグッと両腕に力を込める。自然と涙が零れ、全身が震える。兵士の鎧の擦れる音が、死神の囁きに聞こえる。人生で一番長く感じる数秒の間、俺はひたすら身構えていた。………。……しかし、いくら待っても兵士の剣が俺を貫くことはなかった。ゆっくりと目を開けて首を曲げると、教皇が4人の兵士と共に足早に祭壇を離れようとしている。


「オイオイ、その剣で首を撥ねるんじゃないのか」という俺の言葉に耳もくれず、5人は元来た岩壁の黒い穴に吸い込まれていった。

 フゥ、と大きく息を吐く。


 俺が安堵したのも束の間、【闇】が天から俺を襲う。まだ日は落ちていない。闇としか例えようのないソレが、祭壇ごと俺を飲み込み、攫っていった。



 俺はまだ死んでいない。

 どこかの洞窟の中であった。拘束具は壊れていたが、何かが体に絡まっていて壁から動けない。暗がりに目が慣れてきて、周囲の闇光石の薄暗い光が照らす先を凝視する。人がいた。俺は叫んだ。


「おーい、助けてくれ! 動けないのだッ」


 返答は無い。さらによく視ると、その人も壁に張り付いて動けないようである。もっと言うと、それは人ではなかった。ただの骸骨であったのだ。俺は恐怖し、辺りを見回す。幾千もの骸骨が壁の至る場所に繋がれている。ここは洞窟などではなく、世界の獸とやらの腹の中であることを自覚した。

 それから数日間飲まず食わずであったが、不思議と腹は減らなかった。この獸に侵食されていることで栄養分が自分に供給されているようだ。




 数年、数百年。数万年が経った。俺はまだ死ぬことができず、繋がれたままである。……これが贖罪か。俺は知らなかった、この世に死よりも辛いことがあるということを。

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