3ページ目  ■ 惡ノ糧 ■

 人里離れた小さな村。かつては農耕が栄え数百人もの村人がいたが、昨今の不作続きにより今は数十人を残すのみとなっている。その村人たちも土地と同じく痩せ細り、皆しばらく何も口にしていない。彼らができるのは祈りだけだった。

 村長は道に倒れ、天を仰いだ。死を覚悟していた。1人の真っ白な僧衣を纏った老者が道を歩いている。村長にとっては見覚えのない老者だった。旅人だろうか、それにしては身なりが綺麗な上に軽装で、風貌もそれほど若いようには見えない。

 老者は村長に気が付くと、近くに寄ってきて村長に話しかける「人間よ、どうしたのだ。腹でも空かしたか?」。村長は老者に答える「私たちはもう一月もまともに食べておりません。どうか、食糧をお持ちであれば分けてくれないでしょうか」。老者は頷き、聞き慣れない言語で小さく呟くと目の前が綺麗な青色に輝き、奇跡が起きた。何かの肉、穀物、野菜が沢山現れたのだ。村長は感激した「貴方様は神か?」。老者は言う。


「我は神ではない。いやそれどころか、人間よりも、神から遠い存在であろう」


 村長は老者の言葉の含意を理解しえなかったが、駆け足で食糧を村人に分け与えた。村人たちは喜んだ。

 村長は考えた、この老者を拘束すれば永遠に食糧が手に入るのではと。苦悩の末に、村の人々と結託して老者を縛り上げた。老者は逆らうことなく食糧を産み続けた。死にかけであった村は、息を吹き返したように発展していった。


 ───数百年の時を経て、村は町に変わり、近くに栄えた幾つもの町ができ、都市となった。それらがやがて一つになって王国が誕生した。この国に農民はいない。食糧をつくる必要がないからである。願うだけで全て手に入るのだ。

 王と数人の兵士が地下深くの牢獄に向かって歩いている。牢獄の中には、体中に鎖を巻き付けられた手足の無い、首と胴だけの老者が独りいる。兵士が近くに来たことを認めると、老者は口を動かして食糧を錬成した。兵士たちが作業的にそれを台車に載せ、来た道を戻ろうとする。王が老者に問いかける「貴様は何のために生きておる? その神の力を持ちながら、何ゆえに奴隷であり続けようとするのだ?」。四肢無しの老者が答える「我が生きることに意味などない。ただ、死にたくないから生きているだけにすぎない」。つまらぬ答えだな、と王は兵士に首で合図し、王室に戻る。


「この国も十分に育ってきた。そろそろ頃合いか」


 老者は独り言をいい、詠唱する。暗い光の中から無数の巨大な狼のような獣が次々と湧き出し、牢屋の堅固な鉄柵を喰い破る。獣たちは王宮中を駆け巡り、人を見つけては食らい、また人を見つけては食らい、を続けていた。その間も老者の目の前にある闇からは続々と獣たちが召喚され続けていた。獣たちはやがて王宮から溢れ出し、城壁、民家、工業地帯へ流れこみ、国民を食らっていった。暦が変わり、国民のほとんどがいなくなると腹を満たした獣たちが老者の元へ戻っていった。老者は獣にかぶりつき、久方ぶりの食事をとった。一匹、また一匹と、老者の口に吸い込まれるように獣たちが食われていく。老者の腹の形に変化は無かったが、代わりに、失ったはずの手足がにょきにょきと生えはじめた。全ての獣を食べ終えると、老者は体に巻き付いていた無数の鎖を草糸のごとくいとも簡単に引き千切り、歩き出す。


「さて、次はもっともっと人の少ない、小さな所がよいかな」

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