クリスマスプレゼントは、手作りのマフラーを

ツネキチ

彼にマフラーを届けたい

 彼のことが好きだ。


 中学に入って同じクラスになった時からずっと好きだった。


 幸運にも3年間クラスが同じで、それなりに仲の良いクラスメイトぐらいの関係にはなれた。


 しかしそれ以上関係が進展することはなく、気が付けば中学生でいられるのもあと数ヵ月というところまで来ている。


 このままではいけない。


 仲の良いクラスメイトという関係からさらにランクアップしたい。


 ぶっちゃけて言えば恋人になってイチャイチャしたいのだ。


「ーーという訳で、彼にクリスマスプレゼントとして手編みのマフラーを渡そうと思うんだけど」

「重い」


 クリスマス1週間前。


 学校近くのカフェで親友のトモちゃんに兼ねてからの計画を伝えると、一言で切って捨てられた。


「お、重い!? 何が?」

「もっかい聞かせて。そろそろクリスマスだから、クリスマスプレゼントを彼に渡すんだよね?」

「うん」

「何をプレゼントするって?」

「手編みのマフラー」

「重っ!」

「ええ!?」


 トモちゃんの言っていることの意味がわからなかった。


 そんな私にトモちゃんは優しく良い聞かせるような口調で諭してくる。


「あんたさあ。彼とはどういう関係? 恋人?」

「ま、まだ違うよ」

「じゃあ友達?」

「えっと……まあ、たぶん」

「……友達かどうかも一瞬悩むような関係で手編みのマフラー渡すつもりだったの?」


 呆れたような目を向けられる。


「手作りの品物なんて、そんなの恋人でもない異性からもらって困るプレゼントで1、2を争うものじゃん」

「そ、そうかなあ?」

「そうだよ。第一マフラーなんて編めるの?」

「それは大丈夫。半年以上前から準備してきたから」

「……ちょくちょく重いな、こいつ」


 結構頑張ってきたのにひどい言い様だ。


「もっとさあ、無難なのにしたら? 既製品でも十分じゃん」

「えー。好きな人には思いを込めて作ったものを身につけていて欲しいな」

「怖っ。呪いの品かよ……あ、ほら前誕生日にこれくれたじゃん」


 そう言ってトモちゃんは前に私がプレゼントした手袋を見せてくる。


 12月生まれのトモちゃんに似合うと思って渡した、柔らかいクリーム色のした毛糸の手袋だ。


「こういうので良いんだよ。お店で買ったやつでも十分嬉しーー」

「それ、私が作ったんだけど?」

「ーーは?」


 トモちゃんは何を言っているのだろう?


「は? ちょっと待って、え? これお店で買ったんじゃないの?」

「ううん、私の手作り」

「嘘っ! だってこんなに作りがしっかりしてるのに!」

「ほら、ここを裏返すと……」

「いやあ!! あんたの名前が刺繍してある!!」


 悲鳴を上げたトモちゃんは手袋を机の上に投げ出す。


「怖っ、怖ぁっ!! 私あんたの名前が書かれた手袋毎日付けてたの!?」

「そんなに驚かなくても……製作者の名前を残すのって普通じゃない?」

「そうかもしれないけど、そうかもしれないけどさあ!」


 疲れ切った顔をしたトモちゃんは、落ち着こうとするかのように水を一口飲んだ。


「ふう……なんなの、あんた。もう店でも開いたら?」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな。マフラー編むためにいっぱい練習したんだ」

「……私のプレゼントもマフラーの練習代りか。まあ良いけど」


 そう言ってトモちゃんは机の上の手袋をおそるおそる手に取る。


「あんたの腕前がプロ級なのは分かったけどさ、それでも手作りはやめといた方がいいよ」

「ええ、そんな!」

「手作りのプレゼントが許されるのは恋人になってからでしょ。もっと関係を進めてからにしたら?」

「うーん、でも来年は中学卒業しちゃうしなあ」


 そう。中学生活はもうすぐ終わる。彼と同じクラスの友達としていられるのも、もう少しだけなのだ。


「あんたと彼、第一志望の高校一緒でしょ? 別に来年もチャンスはあるでしょ」

「それはそうなんだけど、万が一落ちた時のことを考えるとねえ……」

「あー、彼は頭いいから大丈夫だとは思うけど、あんたはまだ微妙だもんね」


 もちろん受験勉強も頑張ってはいるけど。


「そうそう。それで1年間離れ離れになると思うと憂鬱だよ」

「うんう……ん? 1年間離れ離れ?」

「親には受験勉強もう1年頑張りますって、言いづらいよね」

「ちょっと待って、あんたまさか落ちたら浪人するつもりなの? 高校受験で!?」


 何を言っているのやら。彼と同じ高校に入るためにはそれくらいするに決まってるよ。


「あー、でも彼のこと『先輩』って呼ぶのも憧れるよね」

「絶対やめなよ!! 元クラスメイトから先輩呼びされるなんて気まずいなんてレベルの話じゃないよ!!」


 彼に後輩として可愛がってもらう高校生活に思いを馳せるが、トモちゃんの叫び声に中断させられる。


「私が勉強見るから! あんたのこと絶対現役合格させてみせるから!!」

「本当? ありがとうトモちゃん!」

「流石にあんたから先輩呼ばわりされるのは気がひけるから」

「私もトモちゃんのこと先輩って呼ぶのは嫌かな(笑)」

「はっ倒すぞ」


 トモちゃんは学校でもトップクラスに頭がいいから、勉強を教えてもらえるなら心強いな。


「という訳だから、今年のクリスマスにはなんとしても手編みのマフラーを渡したいんだよね」

「……そこまで言うなら止めはしないけどさあ。あと1週間で間に合うの?」

「あ、それは大丈夫。マフラー自体はもうできてるから」


 トモちゃんに見てもらおうと今日持ってきたのだ。


 私は机の下に置いてあったマフラーの入った紙袋を渡す。


「どれどれ、あーやっぱうまいね。ほとんど店売りの物と遜色ない…………長くない?」


 トモちゃんが手に取ったマフラーは彼に似合うと思って選んだ、紺色の毛糸で編み込んだ落ち着いた雰囲気のものだ。


 トモちゃんはそのマフラーを見て戸惑いの声をあげる。


「いや、待って。長い、普通のマフラーの3倍くらい長いんだけど!」

「それはあれだよ。えへへ、2人で一つのマフラーを一緒に巻くために長くしたの」

「重い! 今日一で重い!! そんなの昔の少女漫画でしか見たことない!!」


 悲鳴に近い絶叫をあげるトモちゃん。


「切れ! 今すぐ普通の長さになるようにぶった切れ!」

「む、無茶言わないでよ」

「こんなのプレゼントされたらどんな気持ちになると思ってんの!? 『え、これ巻かなきゃいけない?』って戸惑いしかないよ!」

「で、でももう作っちゃったし……」

「なんで作る前に相談してくれなかったかなあ! 全力で止めたのに!!」


 目の前で頭を抱えたトモちゃんは諦めたように顔を上げた。


「もういいわ。わかった。ここまできたら私も諦める。で、どうすんの? この激重マフラーをどうやって渡すつもりなの?」

「激重って。いや、うん。それを相談したかったんだけど」


 今日トモちゃんに来てもらったのはそのためだ。


 マフラーは完成してあとはもう渡すだけなのだが、そのタイミングが難しい。


「クリスマスって学校休みだからね。休みの前に渡すか、それとも……」

「そりゃあんた。クリスマス当日にプレゼントする一択でしょ」

「やっぱり、そうだよね」


 わかっていたことだが、そうなると今から緊張してしまう。


 クリスマスにプレゼントを渡す。それはつまり、彼を呼び出すと言うことになるのだ。


「となると彼の予定が空いてるか……か」

「それは大丈夫。今のところ誰とも遊ぶ予定はないみたいだから」

「……なんであんたがそれを知ってるかは聞かないでおくわ」


 やだなあ。好きな人の予定なんて熟知していて当たり前じゃん。


「じゃあ、あとはクリスマスデートのお誘いするだけだね」

「で、デートって。恥ずかしいよトモちゃん」

「……何こんなので恥ずかしがってんのよ。当日にはプレゼント渡して告白するんだからさあ」

「こ、告白っ!」


 トモちゃんの言葉に顔が熱くなる。


「告白なんて無理無理無理!」

「はあ!? あんた告白しないつもりなの!?」

「まだ早いよ! 今回は友達から少しだけステップアップするだけのつもりだったんだから!」

「今さら何日和ったこと言ってんのよ! クリスマスに手編みのマフラー、それもバカップル仕様のロングバージョンプレゼントした時点で告白と同義だからね!」

「う、嘘!」


 そんな! 手編みのマフラーにまさかそんな意味があったなんて!


「あんたマジで言ってんの? こんなに暴走しといてここで尻込みするなんて。あんたの乙女心どうなってんの?」

「そ、そんなこと言われても」


 いざ告白しようだなんて思うと途端に怖くなってしまう。


「ど、どうしようトモちゃん?」

「どうしようも何も、ここまで来たら告白一択でしょ。ほら、彼の連絡先知ってるんでしょ? 今すぐクリスマスのお誘いをしな。ほら早く」

「待って、まだ心の準備が……あ! トモちゃん私のスマホで勝手にメッセージを送ろうとしないで!」


 そんなやりとりを続けていると、私たち2人しかいなかったカフェの扉が開く。



 どういう偶然なのか、入ってきたのは彼だった。



「あれ? お二人さんこんにちわ。偶然だね」

「ひっ!」


 あまりの急展開に喉の奥から奇妙な音が漏れた。


 何も言えずにいる私に代わって、トモちゃんが彼と言葉を交わした。


「ぐ、偶然ね。ここで休憩?」

「いや、これから友達と遊びに行くんだけど、その待ち合わせでね」

「そうなんだ。あ、そうだ。クリスマスって暇?」

「ちょっとトモちゃん!」


 トモちゃんがやろうとしているお節介に気づいた私は、必死で止めに入る。


「この子がさー、クリスマス空いてて……あれ?」

「トモちゃん! なんでもない、なんでもないから……え?」


 に気づいた私とトモちゃんは、呆気に取られた。


「え、何?」


 彼が困惑した表情を浮かべるが、私はそれどころではなかった。


「あの……それは?」


 恐る恐る指差す。



 彼の首元に巻かれたマフラーを。



「ああ、これ? 親にちょっと良いの買ってもらったんだ。受験勉強頑張ってるから風邪ひかないようにって」


 照れたように笑う彼の表情から、そのマフラーをかなり気に入っているのであろうことが読み取れた。


「あ、友達来たみたいだから僕そろそろ行くね」

「あ、うん。じゃあまた学校で」

「……」


 遠のいていく彼の背中を、私は無言で見送ることしかできなかった。


「……」

「あー、マフラー持ってたね。それも良いやつ」

「……うん」

「ええと、どうすんの?」


 すでにマフラーを持っている人に対して、マフラーのプレゼントなんて言語道断だ。


 ならば決まっている。


「い、今から頑張ってセーター編む!!」

「もう大人しく店で買いな」

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クリスマスプレゼントは、手作りのマフラーを ツネキチ @tsunekiti

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