第59話 空の敵

「風が気持ちいいね」

「そうだね」


 シーニリスを発ってから1時間ぐらい。今舵を握っているのはアンジュ。隣にはリースが居る。


「ねぇ、レックス」

「何だ?」

「王都の学園って平民も居るんだよね」

「そうだな」

「ファルケンベルク領の平民も?」

「何人か受験しに王都に行くぞ」


 その仕事は手伝わされたので知っている。ファルケンベルク領にある町村から優秀な子供を選び、その子達に王都の学園に行くかどうかの意思表示を確認して、馬車と護衛の手配をしたのは俺だから。


「その子達も一緒に飛空艇で一緒に行けばよかったんじゃないの?」

「それは無理だな」

「何で?」

「そもそも飛空艇にそんなに乗らない。受験生は20人ぐらい居るから。それに飛空艇はまだまだ試作段階中。おいそれと見知らぬ人間を乗せるわけにはいかない」

「なるほど」


 平民であるアンジュを連れて行っていいのは、俺の婚約者だからだ。


「それに俺は居ないけど、道中の貴族家にそれとなく挨拶をしなきゃいけないんだよ。あとお金を落とさなきゃいけない」

「どういうこと?」

「王都に行くまでの道沿いの農村を通る時に、多少派手にお金を落としてその農村を潤すんだよ。そうしなきゃ小さな村は寂れてしまうから。それと多少の見栄っ張りだな。今年はウチからこれだけの人数が受験するですよ、凄いでしょー。ってな感じ」

「……ファルケンベルクがそんな事を気にするの?」


 しょっちゅうウチに出入りしているアンジュだけど、そこら辺の内部の事は全く知らない。教えてもいいんだけど、アンジュは政治に全く興味がない。


「父さんが言うには多少は気にしているらしい。例えば帝国が攻めてきてファルケンベルク領が戦場になった場合、平民が逃げ込む先は隣の領だからな。それとなく仲良くはやっているぞ」

「その割にアルベールお義父さんはずっと領内に居る気がするけど」

「父さんが行かなくても、相手さんから来るんだよ。相手も帝国が攻めてきたらウチをまず盾にするんだし、良好な関係は築いておきたいんだ」

「そうだったんだ」

「あれでも王国の盾となる貴族家当主。国のことはあんまり考えてないけど、領民のことは考えて仕事しているんだよ」


 俺も国に忠誠を誓うとか考えられないからな。学園に通うことでなにか変化があるかもしれないけど。

 それから雑談をしながら2時間。順調な空の旅に異変が起きた。


「レックス、気を付けろ」

「分かってるよ」


 最初に気付いたのは俺と父さん。二人で飛空艇の後方を警戒する。そしてリース、アンジュと続く。


「どうした?」

「何かがこっちに向かってきている」

「何だと?」


 ヴィルマー義父さんとローザ義母さんも後方を注視する。


「あれは、鳥か?」


 こちらに向かってくるのは白い鳥。尾根は青色でとても綺麗だ。


「ありゃ、やべぇな……」

「うん……」


 綺麗だけど、とてつもない力を感じる鳥だ。正直こんな飛空艇の上で戦えるような相手ではない。救いなのは敵意がないことか。それでもこちらに攻撃を仕掛けてこないという保証にならないけど。


「前の試運転の時には出会わなかったから油断したが、空にはあんな化け物がいるのかよ」


 父さんが冷や汗を流す。俺も嫌な汗が滲み出る。


「お前がそこまで言うほどか」

「ああ。下手すりゃ、全滅だな」

「それは……」


 父さんの言葉にヴィルマー義父さん達がゴクリと喉を鳴らす。


「どうするんですか、アルベール?」

「いざとなったら、飛空艇を捨てて脱出だ。その際地上まで追ってきたら諦めろ」

「簡単に言うな……」


 だけど父さんが言う事によってヴィルマー義父さん達も、あれのヤバさが伝わったようだ。

 白い鳥は飛空艇の目前で速度を落とし、ホバリングを始める。そして俺達を品定めするようにじっと見つめる。

 ただ相対しているだけなのに、俺の額には大量の汗が浮き出ていた。


「三人とも、向こうが何かするまで手を出すなよ」

「「「うん」」」

「ヴィルマーとローザは手摺に捕まってろ。落ちるなよ」


 父さんの言葉通りに動く二人。二人が落ちたら俺が助けに行こう。


「「「…………」」」


 俺達の間で緊張の空気が流れる。緊張感が無いのは目の前の美しい白い鳥だけだ。

 その白い鳥が何かに気付き、後ろを振り返る。

 何事かと思い、俺もそちらに意識が向く。


「……何かが来ている?」


 白い鳥以外にも何かがこっちに迫ってくる。遠くには小さな点がある。


「……ありゃワイバーンだな」

「視力良すぎでしょ」


 父さんが迫ってくるものを言い当てるけど、俺じゃ確認は出来ない。

 ワイバーンは最強種族である竜種と呼ばれる種族の最弱種族。ただ最弱といっても竜種の中で最弱なだけで、強さは魔物の中でも上位に入る。それが分からない阿呆が、最弱という言葉だけでワイバーンの巣に乗り込み死亡するという事態が毎年何件かあるらしい。


「最悪は白い鳥とワイバーン同時相手か……」

「そうなったら、父さん以外を連れて地上に落ちるね」

「俺はどうしろと?」

「頑張って自力で降りて」


 現在地上から1000メートル付近。

 この高さから落ちたら、身体能力は一般人に近いヴィルマー義父さんとローザ義母さんは勿論、リースとアンジュも危ない。でも父さんなら、この高さから落ちても無事とはいわないけど生きてはいそう。だから放置。


 ワイバーンが近づいてくるにつれ俺達の緊張は高まっていくが、白い鳥は面倒そうな雰囲気を出して、どこかに去っていった。


「……助かった?」

「まだワイバーンが居るけどな」


 俺は安堵の息を漏らすが、父さんが忠告してくる。

 だけど白い鳥がいなくなり、俺達の間にあった緊張はどこかにいってしまった。


「レックス、お前達だけで倒せるか?」

「アルベール!?」

「子供達だけで戦わせるつもりですか!?」


 父さんの言葉にヴィルネルト夫妻が大きな声を上げる。


「ああ」

「相手は竜種最弱とはいえ、ワイバーンなんだぞ!」

「大丈夫だって。レックス達なら勝てるさ」

「しかし……」


 ヴィルマー義父さんが止めようとしているけど、俺達はお構いなしだ。


「レックス、ワイバーンのお肉は美味しいんだって」

「だから素材が駄目にならないように、だろ」

「私は援護だね。ワイバーンは火に耐性があるらしいし」

「俺も援護だな。俺とアンジュの二人が自由に動けるような足場作成は出来ないし。アンジュはそれでいいか?」

「ん」

「作戦が決まったなら早く行こ。ここだと飛空艇が壊されちゃうかもしれないから」


 リースの声で俺達は飛空艇から降りる。そして即座に足場を作り宙に浮く。


「それじゃ、援護よろしく」


 アンジュは美味い肉を目の前にして、待ちきれないようで早速駆ける。

 だけどまだワイバーンまで100メートルの距離がある。いくら魔法がある世界とはいえ、それだけの距離は届かない。だから俺はアンジュが跳躍したいと思うであろう位置に足場を作っていく。


「俺達も移動するぞ」


 リースに声を掛け、今の足場をワイバーンに向かって動かす。

 その間にアンジュは剣を抜き、ワイバーンに斬りかかっていた。

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