第55話 王都へ行く理由

「アルベール、王都に行くぞ」


 初飛行から数日が経ち、ヴィルネルト家のみんなが帰る日が近づいてきたある日、ヴィルマー義父さんが言った。


「は? 何で?」


 いきなりそんな事を言われた父さんは間抜けな顔をする。


「陛下に飛空艇の事を説明するために決まっているだろう」

「え、嫌だけど」

「今回ばかりは力づくでも連れていくからな」

「お前にそんな事が出来ると思ってんのか?」

「ああ、出来る。なにせランベルト騎士団長にオイゲン、それにエミリアの協力を取り付けているからな」

「俺以外の最高戦力全員じゃねぇかよ!」

「これからレックスもついてもらう予定だ」

「レックス! お前は、俺の味方だよな!?」

「その前に話の流れについていけないんだけど」


 今は昼食中。家族が揃って食事をしている最中だ。

 だから母さんもこの場にいるんだけど、女性陣と我が弟のアルフは、こっちに関わる気がなさそうに和気藹々と食事している。


「レックスに分かりやすく説明しよう。まずレックスは飛空艇を使って、シーニリスと王都の行き来をする予定だな?」

「その為に造ったから」

「そうしたら国王陛下の耳に当然入るな」

「そりゃお膝元だし。知らない人からしたら怪しい飛行物体だし」

「人を乗せられる乗り物だと分かれば、国は必ず押収してくるだろう」

「それは困る!」


 シィルの為に造ったんだぞ! 決して国のためなんかじゃない!


「そうか、分かったよ。父さんを連れて行く理由が」

「流石はレックス。聡いな」


 俺は次の台詞を言う為に念の為周囲を見回す。

 この場にいるのはファルケンベルク家とヴィルネルト家のみんな。それにアンジュに、オイゲン、アリスといったウチの使用人達。それに俺もよく会話をする、ヴィルネルト家の使用人。

 つまり身内しか居ない状況。


「ああ。国王様をぶん殴っていうことをきかせるんだね。父さん、俺の為、ひいてはシィルやアルフの為に頼んだよ!」

「そんな訳あるかー!」


 ヴィルマー義父さんに怒鳴られた。


「え……、違うの?」

「違うに決まっているだろうが! レックス! お前、分かってて言っているだろう! 笑いを堪えきれていないぞ! 顔はエミリア似なのに、そういうところはアルベール似だな!」


 おっと、ヴィルマー義父さんの反応が想像通り過ぎて、つい笑いがこぼれてしまった。


「そうだぞ、レックス。そういうのは自分でやらないと駄目だぞ」

「お前は息子を反逆者に仕立て上げたいのか!?」

「え……、駄目なの?」

「駄目に決まっているだろうが!」

「だけどな、ヴィルマー。帝国の防波堤として俺達を切る事は出来ないだろ。なら何をやっても問題ないだろ」


 確かにそういう面もある。だからリースと婚約したんだし。


「あり過ぎだわ! 本気で言っているのか!?」

「半分ぐらいは」


 流石父さん。母さんの為に貴族を殴っただけある。


「しかしまぁ、レックスが丹精込めて造った飛空艇を国に持っていかれるのは釈然としないな」

「だからお前が前面に出れば、文句を言う輩は居ても、力づくでも奪おうとする輩はかなり減る」

「そこはいなくなるじゃないんだ……」

「残念ながら物の道理が分からないのは、どこにでも居るからな」

「それは分かったけどよ。俺が王都に行って何をすればいいんだ?」

「まず陛下に飛空艇の性能の話。あとは製造方法を伝えるべきであろう」

「性能はともかく、製造方法は全く知らんぞ」

「それはレックスが直接お伝えすればよかろう」

「俺!?」


 まさかここで俺に話を振られるとは。


「アルベールがその場に居るだけで、造ったのはファルケンベルクという印象を持つ。レックス個人ではなくな」

「それなら俺よりピッケや親方の方が詳しいけど。俺は知識を披露しただけで、試行錯誤を繰り返して造り上げたのはあの二人だし」

「それがそうもいかんのだ」


 なんで? 俺より技術者の二人に説明させるのが普通であろう。まぁ二人とも、他者に説明することを嫌がるだろうけど。特にピッケなんて、好き好んで他人と付き合う気はないらしいし。


「レックスも知っているだろう。テリアミス教の事を」

「それか……」


 ヴィルマー義父さんから出た言葉で、何が言いたいのか理解した。

 テリアミス教、中身は純粋人族至上主義。

 獣人族やドワーフ族といった人種は、全て紛い物と声を上げている宗教。そしてカールスベルナ王国の国教である。その影響は王都に近いほど強い。つまり獣人のピッケやドワーフの親方は、王都に近づくほど肩身が狭くなる。


 そのせいで、アリスとも離れ離れになるんだよな……。おのれ、テリアミス教め!


 生まれた時から、いつも俺を見守ってくれた猫耳を生やしたメイドさん。だけど王都では獣人族に対して排他的だから、学園に通う時、連れて行くわけにはいかないのだ。


「だからアルベールを連れて陛下と対面させるのだ」

「面倒」


 一言で断る父さん。もう少し悩もうよ。


「おい、レックス。今すぐ謀反を起こしてこの馬鹿から家督を簒奪してしまえ」

「レックスなら任せられるから、簒奪せずとも譲るぞ」

「いや、いらないよ。どうせなら、ずっと父さんが当主の座にいて」

「さっさと引退して隠居したいんだが?」

「俺はなるべく当主になりたくない」


 領民の生活の保障とか重そうだし。とても気軽に背負えるものじゃないでしょ。

 そして父さんは俺の言葉が分かったように首を縦に振る。


「正直面倒だよな、貴族って」

「貴族として生まれたのに、よくそんな台詞を言えるな……」

「ヴィルマーも一時期でいいから冒険者をしてみろって。そうすれば俺の貴族って面倒だなっていう気持ちも理解できるさ」

「……そういえば俺ってまだ冒険者になっていないんだよな」


 10歳からしか討伐依頼を受けられないって言われたから、結局未だに冒険者になっていない。一応9歳以下でも冒険者になれるけど、受けられる依頼が街中で受けられる雑用しかないんだよ。


「なりたきゃ王都に行ってから登録すればいいだろ」

「父さんはいつ頃登録したの?」

「俺は学園を卒業してからだな。んで魔の森に挑戦して、ちょっと危ない所でエミリアと出会ったぞ」


 ってことは15歳からなんだ。

 でもそうか。確か王都周辺って強力な魔物が居ないって話だよね。つまり王都からあまり離れられない学生時代に、冒険者活動をするのにメリットはなさそう。


「今はそれより飛空艇の話だ。先の試運転でシーニリスの住民に多少は伝わっているだろうし、お前の方で住民達に説明をしていたんだろ?」

「まぁな。ウチの屋敷から飛び立ったとしても、空に浮かぶ人工物なんて見たら何事かと思うだろ。下手すりゃパニックになる。だからあらかじめ説明していたし、当日も警備を強化していたぞ」


 当日はいきなりで申し訳なかったな。


「つまり商人にも伝わり、情報はいずれ王都にも届く。恐らくあと3日といったところか」

「だから陛下に見せればウチの評価にも繋がるってか?」

「そうだ。お前も当主という椅子を息子に明け渡すとき、なるべく軽くしておいた方がいいだろう?」

「まぁなぁ」

「それにレックス達も学園の入学試験があるから、道中は一緒にいられるぞ」


 これから入学する学園は貴族の子息なら半強制的に入れるけど、その前に試験を受ける必要がある。理由としては、学園に入る前から順位をつけて、入学した段階で切磋琢磨させるためだ。自分が今どれぐらいの順位かを把握したほうが、やる気も漲るかららしい。

 ただアンジュは貴族ではないから、学園に入るには試験が必須。俺とリースは、アンジュのお供としてついでに試験を受けに行く気持ちだ。だって、アンジュを一人にしたら、絶対に孤独と緊張でまともな精神状態ではいられないだろし。


「それにそろそろお前も社交に復帰しろ。飛空艇があれば、王都の行き来も楽だろう」

「おいおい、まだ飛空艇は一機しかないんだぞ」

「技術者が居るのだから、新たに製造すればいい。お前も量産するつもりだろう?」

「まぁな。ただ問題は費用だが」

「それこそ国に払わせればいい」


 国で行うような事業だしなぁ。


「はぁ、仕方ねぇ。家族のために、久しぶりに王都に顔を出すか」

「ちなみに何年振り?」

「エミリアの腹の中にレックスが居た時だから、約10年ぶりか」

「……父さん以外の貴族でそんな人、居る?」

「どんなに物臭な貴族でも2年一度は顔を出すぞ」


 今更ながら我が父は破天荒すぎる。

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