第54話 試運転

「プロペラ、回転開始!」


 舵を握った俺は、プロペラが回るスイッチを押した。

 徐々にスピードを速くして回り続けるプロペラ。


「かなり激しいな。それに音が大きい」

「魔法で音は小さく出来ますが……」

「今回は人間が初めて空を飛ぶのだ。そのままを体験したい」

「出過ぎた真似をしました」

「いや、よい。……お主のような気配りが出来る男が居るから、アルベールは伸び伸びと領主を出来るのだな」

「お陰でオイゲンは大変そうですけどね」


 後ろで母さんとヴィルマー義父さん、オイゲンが三人で会話をしている。


「ピッケは混ざらないの?」

「俺に公爵様の相手をしろってか? 冗談じゃないぜ」

「ヴィルマー義父さんは、いい貴族だよ」

「貴族は貴族だろうが。どんな無茶を言われるか分かったもんじゃないぜ」

「そんな事は言わないよ。っと浮かび上がってきたな」


 飛空艇が重力に逆らうように空に浮かび始める。


「本当に浮いた!」


 ヴィルマー義父さんが感動している。飛空艇から見下ろせば、初見であるヴィルネルト家の人達の驚いている顔が目に映る。


「いつもならこの高度で止めてたけど、今日はこのまま上に登り続けるぞ。ピッケはプロペラの動きと魔石の残量に注意。オイゲンは風の動きを確認。母さんは周囲の警戒を。ヴィルマー義父さんは、投げ出されないようにね」


 それぞれに役目を与えて、俺は操縦に専念する。

 徐々に徐々に高度を上げていく飛空艇。


「す、凄い! 空に向かっている!」


 ヴィルマー義父さんの声が聞こえる。ついでに父さんの「俺も乗りたい!」という声も。父さんの事はローザ義母さんに任せよう。


「家の高さを超えたぞ!」


 我が家の屋根の高さを超えた。それでもまだまだ空に向かう。


「レックス、どれぐらいの高さまで上がるの!?」


 母さんがプロペラの音に負けないぐらいの大声で聞いてくる。


「とりあえず100メートルはいくよ! そこからは慎重に!」


 本当なら1,000メートルは飛びたいのだけど、まだ実験の段階。高度は少しずつ上げていく。


「うわっ、すげぇ景色……」


 隣にいるピッケの呟きに反応して、俺も視線を外に向ける。

 そこにはシーニリスの街が一望出来た。


「ピッケはこの景色を見るのは初めてか」

「坊主みたいに魔法で空を飛べたり出来ないからな」


 ピッケの言葉通り、俺は魔法でシーニリスの街をこうやって上から見ることが多々ある。


「だけど、これ以上の高さからは俺も初めてだ」


 魔法では50メートル付近までしか上がったことがない。これから先は未知の領域だ。

 飛空艇を浮上させながら前進する。


「地面が、街が流れている! 空に浮かぶ船が、本当に動いているぞ! 空を! はははっ、これは凄い!」


 下を見ていたヴィルマー義父さんが、シーニリスの街が動くことによって、飛空艇が自分が動いているのを実感している。


「レックス、これはどのぐらいの速さが出ているのだ!?」

「今ぐらいで馬車と同じかな。比較対象がないから、実感しづらいだろうけど」


 低空飛行で動かした時の感覚でいえばそれぐらいだ。


「これで馬車と同じ速さか!?」

「もっと速く動かせるよ。そこら辺の確認もしたいし、高度を上げながら前進するね。ピッケとヴィルマー義父さんはしっかりと捕まっていてね。いざという時はオイゲン、二人をよろしく」

「レックス様も老体に無茶を言うようになりましたな」

「父さんほど無理を言った覚えはないけど」


 ヴィルマー義父さんとピッケが、しっかりと飛空艇にしがみついたのを確認して、俺は船首を空に向けた。


「進路は北に、全速前進!」


 飛空艇を一気に加速させる。


「きゃっ!」

「うおっ!」

「うへぇ!」

「ほぅ」


 三者三様の言葉が上がる。母さんでも驚いたのに、オイゲン、お前は何故そこまで冷静なんだ?


「お、おいおいおいおい! 飛空艇ってのはここまで加速するのか!?」

「造った本人が何で驚いているんだ?」

「こここここまで速くなるとは想定してなかったわ!」

「あれ、でも夜中に親方と一緒に一瞬だけ最高速度を出したことがあったけど……」


 いや、あれは親方とその弟子達と居た時か。ピッケは居なかったな。


「ちょっと、レックス! 私その話知らないんだけど!?」

「どれぐらいのスピードが出るかなぁっと思って、夜中にこっそり実験したから」

「それならそれで、騒音が響き渡るでしょうが!?」

「近所迷惑を考えて、頑張って遮音したよ。いやー、あの時は久々に一回の魔法でかなり魔力を使ったよ」


 飛空艇は小さいとはいえ、それなりの大きさだ。少しでも動けば、相応の物音が鳴ってしまう。だから頑張って飛空艇を囲むように遮音した。

 あれは大変だった。なにせ動く飛空艇に合わせて、魔法を展開していかなきゃいけなかったし。


「夜は寝なさい!」

「怒るところ、そこなんだ……」

「成長せずに、リースちゃんやアンジュちゃんに身長追いつかなくなっても知らないわよ」

「うぐっ!」


 そうなんだよな。今の俺の身長ってリースと同じぐらいなんだよ。アンジュは俺達より少し高い。それがちょっと悲しい。

 いやいや、俺はまだ9歳! 男の成長期は後5年ぐらい先のはずだから、まだ希望はある!


「出発して少ししか経っていないのに、北にそびえるロストベック山脈に大分近づいたように見えるぞ」


 おっと、そうだった。今は運転中だからそっちに集中しないと。


「乗り始めてまだ10分程度よね? なのにもうこんなところまで……」


 前にスピッドバードを狩りに行こうとして使った野営地。あそこまで馬車で半日かかったけど、飛空艇なら1時間ってところか。

 空は遮蔽物がないから真っすぐ全力で走れるし、道中では馬の休憩が必要になるから、大雑把な計算で馬車の速度の10倍の速さだ。


「それは凄いな……」


 ということをヴィルマー義父さんに説明すると、あまりの速度に呻いた。


「つまり、これを使えば私の領地まで半日、いや、6時間あれば到着するのか……」

「ヴィルマー義父さんの領地って馬車で5日だっけ?」

「そうだ。ただ馬を休ませる時間もあるし、我々が寝る時間もある。ゆえに馬車が動いている時間は、大体35時間というところか」

「それだったら4時間もあれば着くかも」

「王都までは6時間か……」

「確かヴィルネルト領から馬車で2日だっけ? それならそれぐらいの計算になるか」


 王都まで6時間か……。


「月に1回帰ることで、往復12時間。まぁ許容範囲内か」

「そういえば月一でシィルに会いたいから、飛空艇を造ったという話だったな……。それでこんなものを生み出すとは、呆れてものが言えんよ」

「愛する妹のためですから。それに長い間顔を出さないと、アルフに誰って言われそうだし」

「アルフは現在2歳だったか? それなら可能性は大いにあるな」

「そんな悲しい未来を避けるためなら、俺はどんな犠牲も厭わない!」

「その割にグチグチと悩んでいたじゃない」

「そこはほら、辺境伯の息子として余計な戦乱を招き入れるのは申し訳ないと思って」

「貴族に限らず、人はもっと自由でいいと思うわよ」

「待て、エミリア。アルベールは自由過ぎる。貴族として上に立っているのなら、それ相応の行動をな」

「じゃあヴィルマー様はローザ様が陰口を言われても、何もしないんですか? アルベールは私のために貴族を殴ってくれましたよ」


 なんか今違和感が……。


「無論、それ相応の返礼はさせてもらう。ただし、表立ってではなく裏でだ。それよりもエミリア。私の事を名前で呼ぶなんてどうした?」


 ああ、それか。今まで母さんはヴィルマー義父さんのことをヴィルネルト公爵って呼んでいたからな。


「レックスが義父と呼ぶのだから、他人行儀はどうかと思いまして。マズイですか?」

「いや、構わない。ローザもアルベールの事は名前で呼んでいるしな」

「それはよかった。正直ヴィルネルト公爵様って呼ぶの、面倒だったんですよね」


 長いからね。その気持ちは分かるよ。


「おい、坊主。そろそろ試運転はそろそろ終わりでいいんじゃないか?」

「そうだな。魔石の減りはどう?」

「残量は残り7割ってとこか」

「燃費が今後の課題か……」


 約1時間で取り替えなきゃ駄目か。しかもかなり質の高い魔石を。


「とりあえず今回は帰るよ。まだまだ乗りたい人は大勢居るだろうし」


 飛空艇を反転させて帰路につく。家に帰った後は、それはもうみんな乗りたがり、時間の許す限り離陸着陸を繰り返した。

 ちなみに今日掛かった費用は、ファルケンベルクとヴィルネルトの折半だ。

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