第16話
ある夜。
私は、なぜか、(虫のしらせ、とでも言おうか)、駆け込み宿に足が向かい、川本と直談判する気で、歩き続けた。
ドアを開けて入ると、事務所の所長のデスクに、川本が座っていた。
「失礼します、所長に折り入ってお話したくて、来ました。よろしいですか」
「ええ」
「駆け込み宿の國枝さんの処遇について、いろいろな噂が飛び交っていますが」
「噂は噂なのよ、信じているわけではないでしょう?」
「はい、人づてで耳に入ってくる話ほどあてにならないことはないと、私も重々承知していますが、ずばり、私が思うには」
「何でしょうか」
私は、少しばかり声が震えていることに気付いていた。
「所長自ら身を引いて下さるのが一番かと」
「どうして、そう思うの?」
「所長さんが、傷ついて、ボロボロになって退職されるのは、私にとっても本意ではない、から」
「結局、私に辞めて欲しいのね。私は辞めません。大学に入った娘がいて、今一番お金がかかる時なのよ」
それを聞いて、私の頭に血が上った。
「じゃあ、國枝さんはどうなるんですか! 冗談じゃねえよ!!」
思わず、声を荒らげてしまった。
川本は、哀れむような眼で私を見ていたようだ。
「斎藤くん、夜も遅いからもう、お帰りになって。私も今日の分の記録が残っていますから。」
私は、取り残されたオス犬のように、とぼとぼと、家路についていた。
背中に、
(怖い)
という、感覚。
ゾクリとした。
早足でアパートを目指した。
第一部 (序の章)終り
第二部 (破の章)へ、続く
狂気の宿 稲村 朗 @35299
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