第9話

私が当直の夜。

夕食の後片付けを終え、カーテンを閉めて、後は0時の見回りと玄関の施錠まで、電話番である。

中田と、浜村が管理人室に入って来た。

「斎藤くーん、おさち連れて来たよ。カラオケやるべ」

中田はにこにこしていたが、浜村はいつものように、無表情。

「いや、この前は警察から一人泊めて欲しいと電話があって泊めたし、その前も家から逃げてきた夫婦の面談宿泊があったし、私の時は何かあるんですよ」

「そん時ゃそん時、久しぶりに憂さ晴らしにやろうよ」

夕食を食べていた私の前で二人は選曲帳を拡げ、8トラックのテープを取り出しては、歌っていた。浜村の、独特のこぶし回しをする美声に、私はいつも圧倒される。

いや、浜村の存在そのものに圧倒される。普段は猥談ばかりで、スケベなおばさんのようだが、時折ビシッと鋭い指摘をする、謎の人物である。

相談に来て一泊した時から、中田と意気投合し、ケイさん、おさちと呼び合う仲になっていた。

食べ終わった私は、「さざんかの宿」を歌って、お開きになった。

「おめえがやっぱり一番上手いな」

浜村が珍しく褒めてくれた。

「國枝のじいさん、どうも退院長引くらしいな。看護婦の言うこと聞かなくてリハビリが進んでないみたいなんだよな」

「そうなんですか」

「それより、おめえろくな上司に恵まれないな。最初はアカで、次はまあまあだったけど、今のはどうしようもねえな。」

「それは最初から分かってたことですが、バカな上司でも、立てないと職場は成り立たなくて」

「まあ、それはそうだ。この度のことどう始末つけるかだ」

「始末つけるとは」

「頭を下げさせる、とか」

「頭を下げさせて終わり?」

「その後言うんだ。『分かりました。謝れば私は許します。國枝さんにまず謝罪して下さい。それから、今回はこれで許すとしても、またこういうことがあったら、その時は私にも考えがあります、とな』」

さすがである。また浜村を見直した。

「それからな、本当に怒った時は、大声を出すんじゃないぞ」

「はい」

「俺が怒る時は、こうする。正座して、言う。『あなた、ここに来て座りなさい。そうしてこれから私の言うことを一言一句聞きもらさないように、黙って、最後まで聴きなさい』それからな、相手のどういう言動が許せなかったか、冷静に説明して、謝罪は求めない。それから、どうする?」

下手なことは言えない。考えた。

「二度とその相手に会わない」

「そうだ」

浜村の目が、少し笑ったように見えた。

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