第7話

それから、私は第一に、法人の実力者で、國枝の主治医でもある、敬愛病院の永井祐太郎を訪ねた。

院長室で、朝礼を終えてくつろいでいた永井は、

「おう、斎藤君。どうした」

と、気さくに迎えた。

「早朝、急にすみません。國枝さんの事でご相談に伺いました」

「それなら、さっき國枝さんとここで話したところだよ。ひどい話だね」

「そうなんです。職員は皆憤慨しています」

「あんな所長は駄目だ。すぐにでも首だ。後任は、敬愛ホームの福園長小橋君でいいだろう」

永井は、まくしたてた。私は展開の早さに、驚き、黙っていた。

「理事長も、もう長くは無理だ。事務局の連中は、大学も出てない、理事長の腰巾着ばかり、あいつらもいずれ全部首だ」

「そうなんですか。事務局はともかく、駆け込み宿は小橋さんに代わるのですね」

「まだ、小橋君と話したわけではないが、キャリアも十分だし、君の大学の先輩だったよな」

「はい。小橋さんなら適任だと思います。よろしくお願いします。それと、國枝さんはどうなるのですか」

「それを話してたところなんだ。駆け込み宿の管理人を、退職となることもあり得るんだ。とにかく事務局の連中は理不尽なことを平気でするから。その場合は、うちで、ひとつ國枝さんの部屋を都合して、夜警として働いてもらうことを手配している」

「國枝さんも、それでいいと?」

「うん。駆け込み宿の管理人よりは仕事の負担も少ないし、長く働くにはいいいと思う、お任せします、と言われたよ」

「分かりました。ありがとうございました」

「また何かあれば相談に来なさい。いいようにするから」

「はい。では失礼します。お忙しいところ、ありがとうございました」

収穫大の訪問だ、と私は心が浮き立った。

永井は、大幅な赤字を抱えていた敬愛病院に、都内でも有数の大病院副院長から招かれて、就任三年で黒字に持って行った、やり手で頭の切れる人物である。幽霊屋敷と揶揄された内部を明るく改装し、当時まだ珍しかったCTスキャンを入れ、事務もコンピューター化するなど、次々と改革を進めて、外来患者で待合室はいつも満杯になっていた。

事務局長には、都職員出身の守山を引き抜き、若手で有能な医師を、副院長時代の大病院から採用して、人材確保にも努めていた。

法人では、理事の一人で、人事にもかなりの影響力を持っていた。

ただ、法人にとっては新参者でありながら辣腕を振るう永井には、敵も多かった。

理事長も、経営を立て直した手腕は認めざるを得なかったが、天皇と言われたワンマンである。永井が理事会で力を持つことは、当然不快であったろう。

一番の仇敵は、敬愛ホームの園長、堂村であった。凡庸な人物だが、キャリアの長さと理事長に従順な処世術だけで、法人のナンバー2に上り詰めた。

次期理事長を巡っての権力闘争は、私の想像以上の物だったと、後で知る。

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