第5話

川本のペースにまんまとはまり、勤務体制の議題に入った。

寮母をパートで一人補充し、宿直は正職員の四人で回す、ということで異議なく会議は終了した。


ところが翌日。

日勤は中田と私の二人の日。

出勤して来た中田が、血相を変えて言った。

「國枝さんが、辞めるつもりはないと、ひどい怒りようだったよ」

「え、辞表はニセなんですか」

「そうよ、はんこが要るから貸して欲しいと所長に言われて貸しただけだって」

「じゃ、退職の話は」

「所長から退職の話なんて一言も聞いてないって言うんだよ」

私は、いくらなんでも川本がそこまでやるかと、驚き、黙っていた。

「斎藤くん。あんた法科出てるんだよね。文書偽造で訴えられないの」

「その前に、都との契約で、施設の秩序を乱す行為が行われた事が確認出来た場合、都は補助金の至急を打ち切る事が出来る。とあります。補助金がなくなると、この駆け込み宿は閉鎖するしかありません」

中田の手が震えた。

そこへ、中田から連絡を受けた亜紀子が入って来て、私から経緯をざっと説明した。

「そうなんですか。辞表を取消にすることは出来ないんですか」

亜紀子は冷静に言った。

「事務局と掛け合ってみるけど、法人の体質で、その前に何かと根まわしが必要だと思う」

「斎藤くん、それもだけど、あんな所長の下で、あたしゃ働きたくないね。どう?内山さん」

中田が、亜紀子を見た。

亜紀子は、しばらくの沈黙の後。

「國枝さんには私も随分可愛がってもらっています。施設創立以来の功労者でもある國枝さんに対して、このやり方は、私も許せません」

落ち着いた口調で言った。

「ねえ、斎藤くん。所長を首にして、斎藤くんが所長になりなさいよ」

中田は、まだ興奮していた。

「いえ、それはともかく、私もあの所長には、穏便な形で異動してもらいたいです。黙っていましたが、あの、法人、というか、理事長に媚びるために寄付金してくれる利用者を贔屓するやり方には私も我慢ならない事がありました」

「転勤なんて生ぬるいわよ。訴えるとおどかして首にすりゃいいじゃない。あんなの、所長の器じゃないとわたしゃ、始めから思ってたわよ。斎藤くんは、所長には若すぎるけど、他に誰もいないじゃないの」

「私のことは置いといて、じゃあ、この三人は川本所長解任ということで一致した。それでいいですか」

亜紀子が頷いた。

「異議なし」

中田が大きな声で言った。

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