第2話

ここで、駆け込み宿について説明する。

開設して五年、高齢者を対象とした宿泊付きの相談施設である。電話、来所相談共に24時間対応で、相談内容は家族関係の愚痴から施設入所の相談、健康問題、相続問題など、多様である。

中でも、家族から虐待を受け、逃げて来た高齢者を一時保護する業務が特徴的で、駆け込み宿と名付けられた所以である。

宿泊室は一人部屋が二室に二人部屋が四室の定員十名という、二階建てのこじんまりとした和風建物である。

職員は所長兼相談員一名、相談員兼事務員一名、寮母二名、夜勤専門で住み込みの管理人一名である。夜間の相談には管理人が応じていた。

非常勤の看護婦一名を加えても六名という小所帯の施設である。

川本所長就任時の職員は、六十過ぎの中田ケイ寮母、新卒二年目の内山亜紀子寮母、八十歳の國枝孫太郎管理人、五十代の今村あい看護婦、そして私斎藤利和である。

中田寮母は、トラックの運転手をした事もある苦労人で、私には東京のお母さん的存在であるが、なかなかの曲者でもあった。

内山寮母は、内気なお嬢さんで、私にとって初めての可愛い後輩、妹的存在であった。

國枝管理人は、面倒見の良い老人だが、頑固一徹なところもあった。理事長と長い付き合いがあり、影の実力者とも言えた。時には、歴代の所長に逆らって、勝手な処遇をすることもあった。

今村看護婦は、週に一度、隣の敬愛病院から派遣されて利用者の健康チェックをするだけだ。

それ以外に、新宿医科大学の精神科医、海老沼が週に一度、駆け込み宿の相談室を借りて、同じ敷地内にある老人ホームの精神科患者に対する診察を行っていたが、駆け込み宿の業務とは無関係である。

ベテランの中田寮母を中心として、家族的な職場と、他施設の職員からは見られていた。

実際、管理人室で夕食を共にするなど、深刻な相談を扱う施設だからこそ、逆に明るく和気藹々とした雰囲気になっていたのであろう。

それが、狂気の宿へと変貌するとは、私も、誰も想像だにしなかった。

発端は、好きな競馬場での國枝の転倒事故だった。

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