第6話

空は黄金色からすっかり紺色に変わってしまっていた。夜の小学校に入るというのはできないが、運動場には入ることができたので我々は運動場に入り、適当に座れそうな場所を見つけると腰かけた。彼らと少しは打ち解けたものの私は相手のことをしっかりとわからぬまま会話をするのはあまり気が進まなかったため二人の男に名前を聞いた。すると、彼らは私に軽く自己紹介をした。金髪の方は稲森といい、もう一人の茶髪の男の方は平本という名前だった。稲森は自己紹介を軽く終えると私に向かって煙草を差し出してきた。不良の先輩からもらった煙草は基本的には吸わなきゃいけないというのが暗黙の了解であったが、私は吸いたくなかったので断った。先輩からの煙草の誘いを断ることに恐怖を感じていないわけではなかった。しかし、相手は溝口の知り合いだったためあまり心配する必要がなかったのである。稲森が少し不機嫌そうな顔をしていると、溝口が

「こいつはタバコ吸えないんだよ、あたまが良いし」といって彼らを説得してくれた。不良たちの行動で興味深い一面がこの点である。いくら体制に逆らうことを是とする不良でも自分よりも知能が高い人間に対して反射的に尊敬の念を抱く人間は一定数存在している。誰に対しても牙をむくような人間も中にはいるのだが、そのような血気盛んなものはごく少数だった。

 少しの沈黙が流れ、初夏の蒸し暑い夜には心地の良い風が私の体を吹き抜けた。平本と稲森は互いの女性関係について急に話し始めた。

 「そういえば、稲森、女どうしたの」と平本が言うと

 「ヤってやったよ」私は情事の話を二人がし始めたかのように思った。しかし、その予想は外れていたことを思い知らされる。

 「またやったんだ」と溝口が少し、あきれた雰囲気で相槌を打っていた。

 「横着な態度をとったからボコボコにしたわ。」

稲森は平然とした様子で語っていた。私は唖然としていた。どうやら女をやるというのは情事に限った話ではなくその言葉には暴力的な意味も含まれているらしかった。稲森は自分の恋人に対して婦女暴行すれすれのことをやっているのであった。いや、もしかすると対象が知人というだけで立派な婦女暴行なのかもしれない。私は初対面の人間の前で女性に対して暴力をふるった話をする稲森の神経が理解できなかった。水口や福島とは関わってもいいが、彼らとこの先関わるのは嫌な気持ちになってきた。世の中には悪いことを悪いと認識できない人間は実在するらしい。不良のうち大半が家庭環境に恵まれていない傾向にある。今、一緒にいる中村だって親が離婚していたり、家の中で時折DVが起こったりしていた。そして、そのため中村は世間一般的な言葉でいうところの「道徳性に欠ける」部分がないわけでもなかった。彼らの歪んだ道徳観がそういった環境や親からの遺伝に由来するものであると考えても、実際に自分とは全く違った道徳観を持った人間を目前にすると戸惑いを隠せずにはいられなかった。彼らは女性に対して自分が何をやったのか最近寝たのはいつであるかという話をその後も続けており、私は居心地の悪さを感じた。早急に帰宅したくなったので、塾の用事があるからと適当に理由をつけてその場を離れた。筑豊には祖父母の家しかなかったため小学校から徒歩で祖父母のもとに向かった。知らぬうちに19時を優に超えていたのだが、祭りの熱気は収まっておらず出店の前にはビール缶を持った中年の男性たちがたむろし始めていた。

 祖父母の家に到着すると、祖母が私のために作ってくれていたおかずを平らげた。腹ごしらえが終わると新しくできた中学校の友人とSNSをしたり、テレビを視聴したりして退屈な時間を凌いだ。番組表を呆然と眺めていると「女性のお持ち帰り方」という番組があり気にならないわけではなかったが放送予定時刻が午前2時を過ぎていたため視聴する気は起らなかった。テレビを観ていると犯罪者視点で描かれたドキュメンタリー番組が放送されており、それに集中していると夜も深くなってきた。重い内容の番組であったため視聴後に疲労感に襲われた私は入浴と歯磨きを簡単に済ませ、床に着いた。翌日も祭りはあったのだが、昨日の稲森とまた会わなければいけないかもしれないと考えると一気に行きたくなくなってきた。数学の教師から鬼のように出された週末課題も溜まっていたし万が一、課題が提出できなかった場合にはスクールステイをすることが確定してしまうため北九州の家に帰りたくなってきた。とはいっても帰ったところで結局のところ課題なんぞやらないことはなんとなく予想できていたので結局、もう一度祭りに向かうことにした。

翌日は日曜日であったために昼間であっても酒を嗜んでいる大人がそれなりにいた。昨日のように溝口らと遊ぶのも悪くはなかったが、他の旧友にもあってみたい気持ちになった。くじ屋や焼きそば屋のあるメインストリートを歩いているとジェット風船というものを売っている出店を見つけた。ジェット風船というのは主にプロ野球の試合に使われる風船でため込んだ空気を抜くと勢いよく宙を舞って少し離れた場所に飛んでいくという代物だ。ジェット風船に興味を持った私は即座に10個ほど購入し、人ごみの中で飛ばしてみた。風船は思った以上に勢いよく飛び出し青空の下を駆け抜けていった。この風船が誰かの頭に当たっていた時のことを考えるとさらに飛ばす気が湧いてきた。風船を他人に当てることで叱責されることの恐怖感がないわけではなかったが、結局その恐怖感は好奇心に打ち消されてしまった。周りを見渡してみると鬼の仮面を被った大人がいて私は彼らを遠くから狙い撃ちした。はやめの節分である。最初の一発は当てられなかったものの数を重ねるごとに制度が向上し四回目くらいで鬼に風船を当てられるようになっていた。風船があたり意識外からの攻撃に戸惑う鬼の姿はとても滑稽であった。そうして私が風船遊びを楽しんでいると横から視線を感じた。見てみるといかつい見た目をした中年の男が私の方を少し離れた場所から睨んでいた。男の見た目がビートたけしの仁侠映画に出てきそうな見た目と言うこともあり、さすがにこれ以上風船遊びをしていると良くないことくらいは理解できた。渋々、風船をカバンにしまって私は昨日に中本たちとたむろしていた駄菓子屋へと歩を進めた。


駄菓子屋につくと旧友との再会を期待してただ、茫然と座っていた。祭りが開催されている場所は広いわけではないのですぐに会えるだろうと考えていたのだが、予想に反して旧友と会うことはできなかった。旧友と会うために北九州から筑豊にやってきたというのに中本たち以外とは会えなかった。私は再度、北九州に戻りたくなったので祖父母の家に戻り荷造りをすると今度こそは電車に乗って家に帰宅した。

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