第5話

初めての定期考査を終えると芸術鑑賞会という催しが開かれた。この学校では定期的に劇団や落語家を呼んで芸術を鑑賞するらしい。我々が今回鑑賞した作品は「泥かぶら」というもので「本当の美しさとは何なのか」というのがコンセプトの作品だった。劇をしている方には申し訳ないのだが当時の私には伝えたいことが理解できず、劇の途中も横にいた仙田と小声でテレビゲームの話をしていた。泥かぶらという作品自体を本当に楽しんでいたのは私のクラスでは神本くらいだった。照明がほぼ落とされており、あまり明るさはなかったのだが周りの人間が寝ていることくらいは容易に分かった。

 劇が終わると、帰りの会で我々の態度について石川が小言を言ってきた。寝ていた人間が多く、私のように会話をしていた人間もそれなりにいたので当然と言えば当然なのだが、説教が放課後まで続いてしまったのでさすがに煩わしく思えてきた。私の学校ではスクールステイといって課題が終わってなかったり成績が不振だったりした者が参加しなければいけない強制の居残りイベントがあった。そのため、居残りということに関しては忍耐力を持っている人間が私を含めて一定数いたのだが、さすがに説教をされ続けるということには慣れておらず石川の長い説教にはクラス中の誰もが退屈さを感じているようだった。時計の針が16時半あたりを指していた。いつになっても説教というのはされたくないものである。結局この日はどういう経緯で説教が終わったのかというのははっきりと覚えていない。しかし、石川はかなりの気分屋であり長々と説教していたわりに理由にもならない理由で説教を終わらせるような教師であったため、この日も雲をつかんだような理由で説教を終わらせたのだろう。


 ここで、私自身の話を少ししておこう。私の通っている中学校は福岡県の北九州市にあるのだが私自身がもともと住んでいた場所は北九州ではなく筑豊という場所である。中学校の進学と同時に北九州に引っ越してきたのである。


 翌日は土曜だった。といっても進学校ではあったので土曜日も授業はあった。この日は私の故郷で神幸祭があったので四限目に控えていた苦手な数学が終わり担当していたトイレ掃除を終わらせると家に帰った。四か月ぶりに地元の人間と会えるということで私は制服から私服に着替えると欣喜雀躍の思いで家を飛び出し、筑豊行きの電車に乗った。目的地の駅に着いたのは午後5時くらいであり、祭りもそれなりに盛り上がっていた。私が適当に出店でホットドッグを買っていると後ろにいた男から声をかけられた。

「おれのことおぼえちょう?」

振り返ると、小学校の時に一番仲の良かった中村という男が後ろに立っていた。彼の他にも仲の良かった溝口や福島もいた。我々は出会うや否や路地裏に入った。あまり人目につかなさそうなところにくると中村が持っていた煙草に火をつけ溝口や福島もそれに続くようにして煙草を呑み始めた。

「お前も一本いるか?」と福島が聞いてきた。

私は未成年喫煙というものにあまり魅力を感じない性質の人間であったために断った。すると彼らはいつものように少し不機嫌そうな顔をし「そうか」と一言だけ言うと煙草に口をつけた。彼らが煙草を吸っている間、手持ち無沙汰だった私は小学校時代の担任の話を切り出した。福島と共に担任に悪態をついた話や四人で市民プールに行った話をしていると次第に会話は盛り上がってきた。会話している途中に突然、中村が黙り溝口と福島に目で合図をした。私はその場ではそれが何を意味するのか理解できなかったが目くばせの理由はすぐに分かった。二人の警察が登場したのである。どうしてかはわからなかったのだが我々のいる場所に通報が入り、警察がきたのである。三人は吸っていた煙草を一瞬のうちに投げ捨て持っていた煙草の箱をパンツの中に入れた。しかし、私が知らないうちに彼らは何度も警察にお世話になっているらしく、警察も彼らのことは知っていたため煙草を吸っていたことは簡単に露顕してしまった。補導されている最中に中村が警察に対して

「今回はバレないと思ったんすけどねぇ」と言っていた。警察は中本の発言を軽くあしらっていた。すると、もう一人の警官に補導されていた溝口が突然走り出したのである

「おい待てコラ!」

警察は怒号を飛ばしながら溝口を追った。この状況で逃げようとする精神は素晴らしいがどう考えても逃げられないだろうと私が思っていると案の定、溝口は警察に捕まえられて帰ってきた。三人の補導が終わると警察は私の方にやってきて君は吸ってないのと聞き、ボディチェックをしていいかと尋ねてきた。

「いいですけど、俺は単品ですよ」と言うと、軽く体を触っただけで込み入った身体検査はされずに終わった。

 一連の補導が終わると、二人の警官は我々にどこか別の場所に行くように提案してきた。特に逆らう理由もなかったのでもう一度、出店のある所に戻り四人ではしまきを買った。先ほどの場所に戻るのも気が進まなかったので我々は行きつけの駄菓子屋に行き、店の前でたむろしていた。はしまきを食べ、五分程沈黙が続いた。すると、溝口が何かを思い出したかのように喋り始めた。

「お前らさ、誰にもいうなよ」

急な話題の振り方に少し戸惑った。しかし、溝口はそんな私の様子を気にしないかのように話を再開した。

「俺の家に、指があったんだよ」

溝口以外の人間がいぶかしげな顔をしていた。

「いや、だから一升瓶の中に何かあるから覗いてみたら小指の先っぽが入ってたんだよ」

私と福島と中村は彼の発言を決して疑わなかった。長年付き合ってくると相手の言動が嘘かどうかくらいは簡単に見破ることができる。そして、今回の溝口の発言は嘘に聞こえなかった。何より我々の中では溝口の親がカタギの人ではないということは共通認識であったし、彼の親が数年前に一度麻薬取引で捕まってしまったことを我々は知っていた。

「指詰めたの?誰かが」中本は溝口の話の興味を持っていた。私自身も本か映画でしか聞いたことのないような話に心が躍らないわけではなかった。

「分からん。でも少なくとも俺の親は詰めてねぇよ」

三人はその発言で少し安心した。はしまきを食べてエンコ詰めの話にひと段落着くと特にやることもなかった我々は今いる場所から徒歩で十分ほどのところに母校に行くことにした。私が立ち上がり、小学校に向かおうとしたとき自分よりも背丈の高い二人の男がこちらに向かってくるのを感じた。

「お、溝口じゃん」

一人は髪の毛が茶髪でジャージ姿であり、もう一人は金髪でチャラい感じの男性だった。二人の内、頭髪を黄金色にした方の男が溝口の方によって来た。どうやら彼らは溝口の知り合いらしい。私以外の人間は二人の男と知り合いだったようだが私は初対面であったため軽く挨拶をした。世間一般的にみると明らかに不良のレッテルを張られそうな風貌をしていた二人の登場に少し驚いたが、案外気さくな一面もあったので私は彼らとすぐに打ち解けた。何をしているのかと聞かれたので、小学校に行くと答えると二人は我々についていくと言い出し、計六人で我々の母校である小学校に向かうこととなった。

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