第4話
あの合宿から一か月近くが経過し、人生で初の中間テストを迎えた。何も考えていなかった私は勉強せずに挑み、そのため結果は散々なものだった。はっきりとは覚えていないが恐らく150人中130番だったと思う。テストの結果が返ってくるときに私はこの学校の本質というのが少しわかった。英語、国語、理科、数学。どの教科の時であってもこの学校の人間というのはテストの結果に一喜一憂しており点数の高い人間に対して尊敬の念を抱いている人物すらいた。中学受験をしないと入れない学校であるためこのような光景は当たり前ではあるのだが、当時の愚かな私にはテストの点数がなぜ彼らにとってここまで大切なものなのかということがまるで理解できなかった。同じクラスの中でも神本と森岡は特別点数が高かったらしく学年のなかでもトップレベルに成績が良かった。担任の石川も神本と森岡の成績を返すときに二人のことをほめていた。そのときの石川のコメントの中で印象に残っているものがある
「神本君は秀才タイプで森岡君は天才タイプかなぁ」
石川の言いたいことがなんとなくわかるような気がした。つまり、神本は努力して高い成績をとるタイプで森岡は勉強をせずに高い成績を取るタイプであるということなのである。この分析が全くの見当違いであったことを数年後に気づくのだが、当時の私は知る由もなかった。テスト返却の授業が終わって昼休みの時間がやってきた。私がロッカーでお茶を飲んで一息ついていると廊下から誰かが大声を出しているのが聞こえてきた。耳を澄ませると、聞いたこともないような単語が聞こえてきた。
「ブーストッ!」
教室から顔をだしてみると廊下で和泉と荒巻、神本がヒーロー戦隊ごっこのようなことをしていた。和泉と荒巻が頭のいかれた人だということは雰囲気や他人からの噂によってなんとなく耳にしていたのであまり驚かなかった。しかし、先ほどテストの成績が良いことでほめられていた神本がその遊びに参加していたため私は開いた口がふさがらなかった。頭の良い人間は知能と共に精神も発達しているであろうと深層心理で勝手に思っていたため、神本がヒーロー戦隊ごっこのような幼稚な遊びに加わっているということがとても意外に感じたのである。よく見てみると少し面白さが分かってきたような気がした。床を殴って波動で相手にダメージを与える仕草や伸ばした手からビームが出るような動きそれぞれにしっかりと効果音が付けられておりクオリティが高かった。見ているうちに参加したくなってきたので私も参加してみた。すると、一度も話したことがないにも関わらず和泉達は私の動きに合わせて倒れこんだり攻撃を跳ね返す動きしたりをしてきた。しかし、突然和泉がこんなことを口にした。
「じゃあ、荒巻カフェテリアにいくぞ」
「わかった」
先ほどまで熱くやっていた茶番は急に終わったのである。私はあまりにもはやすぎる展開に戸惑っていたのだが神本はさも当然かのようにして教室に戻っていった。彼の後を追いかけるようにして教室に入り、私は神本に一言添えた
「神本がそういうことをする奴だとは思ってなかったよ。」
彼は「僕がそういう人に見える?」と冷淡に返すと自分の席にもどって昼食をとり始めた。私も茶番によってエネルギーを無駄に消費したらしく腹が音を立てたので席に戻り弁当を口に放り込んだ。
放課後、私が帰るための準備をしていると大柄な男が教室に入ってきて神本を連れ出していた。まさかと思ってよく見るとその男は和泉であった。二人のことは昼休み以来、気になっていたのでいい機会だと思い、私は彼らと共に帰ろうと決心し話かけてみた。
「和泉君と神本君はどういう関係なの?」
「僕たちは小学校からの友達だよ」
神本が私の質問に答えてくれた。多分この二人というのは小学校からの親友みたいな関係なのだろうと勝手に想像した。そして昼間やっていたあの遊びは小学校以来からやっている「茶番」ということを教えてくれ、また「ブースト」は攻撃力を下げる代わりにスピードが上がるというスキルであるということも神本は丁寧に教えてくれた。なかなか面白い人たちであるなと私は思った。神本と二人で話していると横にいた和泉が突然口を開いた。
「ま、おれ小学校のとき神本を9針縫わせたけどね」
またこの手のパターンである。この中学校に内部進学してきた人間が雲をつかんだようなことを言い私が困惑するパターンだ。とは言っても黙ってしまうのも心地よくなかったので適当に本当なのと神本聞いてみた。すると彼は次のように答えた。
「うん。本当だよ。あとすこしずれてたら死んでたか失明だったよ」と神本はすこし笑顔で答えた。あのときに田町から聞いた「和泉が半殺しにした男」というのが神本であったという事実に驚き、背筋が凍りつくような思いがした。この人たちと関わっていると私もいつか和泉に半殺しにされるのではないかと一瞬思った。そもそも、私は和泉とはあまり関わらないでおこうと決めていたのである。先ほどまでこの二人と帰ろうと決めていたものの、今の話をきいて不安な気持ちに押しつぶされそうになったため私は彼らとの会話が終わると二人に対して適当に礼をして一人で家に帰った。
家に帰宅すると教科書の詰め込まれたカバンを床に投げつけるようにして置いた。制服を脱ぎ床に置くとベッドに飛び込んだ。中学校は小学校のときと比べ勉強の難易度も格段に上がっており、なにより新しい環境であったため夕方には疲れが溜まりきっていた。部屋の窓から沈みゆく太陽とそれによって茜色に染まった空が広がっていた。空をみながら小学校のときに仲の良かった人たちのことを考え始めたのだが寂しさが込み上げてきたのですぐにやめた。呆然としていると瞼が重くなり眠ろうとした。あと少しで完全に寝れるというところで母親が帰宅してきた。
「勉強しなさい」
反抗期真っ盛りだった私は母親に対して暴言を吐いたのだが、彼女は気がとても強い女性であったため私が吐いた暴言を百倍にして返してきた。憤りに満ちた私はやるせない気持で勉強机に向かいその日に出された数学の課題をはじめた。しかし、自分から進んではじめた勉強ではなかったため集中力は10分も続かず、教材を片付けた。そのことについても母親は私を叱責した。嫌気がさした私はもう一度部屋に籠った。なんで親はこんなにうるさいんだよと呟き、ベッドに横たわっていると今度こそ本当に寝てしまい。起きた頃には金星が輝き始めていた。
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