第3話

 目が覚めると自分の今いる場所が家ではないということに気づいた。宿泊行事というのはやたらと時間にうるさいため朝が苦手な私にとっては苦痛でしかない。眠い目をこすりながら朝食会場へ向かう途中、だるいとかめんどくさいといった声がそこかしこから聞こえてきた。私と同じような気持ちで今回の行事を過ごしている人は意外にも多いらしい。そもそも修学旅行でもなく、まだ友人もできていない外部生の我々からするとただ規律正しい行動をしているだけで面白みがないのである。朝食はどこにでもあるような感じのスクランブルエッグ、鮭の塩焼き、みそ汁、白飯といったものだった。この場所のまずいと言っている人間が複数人いたものの私は味の違いというのが分かる人間ではなかったので、他の場所と比べて飯が不味いということは微塵も感じなかった。鮭を口に運んだところで昨夜の西本の発言がフラッシュバックしてきた。「僕の性器って…」というあの卑猥極まりない発言である。彼はどういう意図があって私にあのようなことを告白してきたのか気になって仕方がなかった。しかし、さすがに食事の場でしかも大勢の人間が黙々と食事をとっている場で一人の男の性器の話をするのは場にそぐわないと判断したので、本人には何も聞かなかった。

朝食を食べ終えると、少しだけ時間があったので私は西本のもとにいって昨夜のことについて質問してみた。

「お前の性器は本当に2kmもあるのか?」

「当然だよ」

西本は私の質問に答えると、昨夜と同様に目を一点も曇らせることなく自分の性器について語り始めた。

「ま、お前にはわからないけど普段は体中に巻き付けているんだ。だから、一見2kmもないようにみえるんだよ」

言っていることは理解に苦しむが一貫性はあったため私はますます彼と会話を続けたい気持ちになった。彼に排尿のときのことについて尋ねると2km離れた場所から放尿していると答えていた。私は「ここ」だとおもった。彼の性器が実際には2kmもないことは彼と共にトイレをすれば証明できるだろうと思った。しかし、この場で彼をトイレに誘うのはどこか敗北した気持ちが拭えなかったため私は西本との不快な会話を適当に切り上げて朝の集合場所へと向かった。

 今日は班活動を主にするらしい。その一環としてやったのが班一丸となってクイズに答えたりするというものなのだが、クイズに出題されている問題が学校自体に関することであったりまだ出会ったばかりの教師に関することだったりしたため頭を使ったり知識を駆使するというものではなく、どちらかというと「運」の要素が大きく絡んでくるクイズだった。私は運によるクイズ大会というのはあまり好きではなかったためそこまで真剣になれなかった。そうして、斜に構えてクイズ大会をしているとまたしてもあの男が行動を起こした。前回の校長の話に大暴れしたあの男である。彼はクイズ大会の四択問題のときに四つの選択肢すべてに手を挙げるというエネルギッシュなプレーをしていた。これには教師側もすこし面白みを感じたらしく担任は笑っていた。クイズ大会が終わると我々は「マシュマロチャレンジ」というのを始めた。マシュマロチャレンジというのは海外で話題になったゲームであり、制限時間内に乾燥したパスタの麺やセロハンテープなどを駆使してマシュマロを高い位置に置き、一番高い位置にマシュマロを置くことができた人が勝ちというルールのゲームであった。マシュマロを支えるものが乾燥したパスタ麺であったため積み上げることすら困難であった。私は班の人間たちと意見を出し合い、試行錯誤しながらマシュマロタワーを作っていった。制限時間が近づくに我々の班のマシュマロは順調に高い位置へと昇っていた。周りを見渡すと、案外マシュマロを積み上げること自体難しいらしく、マシュマロタワーが壊れている班が大半であった。勝利を確信しかけていた我々は残りの制限時間内にタワーを崩さないように慎重に立ち回っていた。私が安心しきって立っているとタワーの置いてある机が少し揺れた。何事かと思って横を見ると後ろ班のやつらが我々のマシュマロタワーを壊しに来ていたのである。なんと狡猾なやつらだと私は思った。我々は彼らの攻撃に負けじと机を抑えていたのだが、彼らの執念の方が強く結局のところ、彼らの思惑通りに我々のマシュマロタワーは崩れてしまったのである。制限時間が来ると、それぞれの班のマシュマロタワーの高さが計測され一位の班が発表された。最も高い位置にマシュマロを置くことができた班の発表の時、私は驚愕した。一位に輝いた班の中にあの和泉と荒巻がいたのである。サイコパスとかとんでもないやつに限って何か賢さやカリスマ性に恵まれているという事象を体感したような気がした。たかだか学校の行事とは言えあの二人が一位に輝くというのは社会的によくないことのようにも思えてきた。すべての班活動が終えると、われわれは熱気も冷めやらぬままに部屋へと戻った。時刻は夜になっており消灯時間が近づいていた。私は先ほどの班活動での興奮がまだ残っていたためなかなか寝付けなかった。ついには眠気がないまま教師たちによって部屋の電気が消されてしまったのである。特にやることもなかった私は横にいた男と小声で会話を始めた。この合宿は楽しいかや西本の性器がどうのこうのという話をしていた。相手の顔は暗くてはっきりと見えなかったものの西本のことを知っていたことから推測すると内部生であるなということが分かってきた。彼との話に集中していると私は本来聞こえるはずの教師の足音というのが聞こえなくなっており、声のボリュームを下げなかったため「廊下に出てこい」と教師に呼び出されてしまった。当然のごとく、どうして寝ていなかったのかということを詰問された。話し相手が沈黙を決め込んでいたため、私が寝れなかったからですと答えると教師は寝ようとしなかった理由について聞いてきた。

「…」

「…」

数秒間沈黙が続いた。どうして寝ようとしなかったかと言われても退屈だから以外の答えが見つからなかった。だが、そんなことはどうでもよかった。それよりも私はこの状況をどう切りぬけるかということで頭がいっぱいだった。

「もういい、お前ら部屋に戻れ」

予想以上に教師は我々を部屋に戻した。予想以上に叱られなかったために、案外この学校の教師は甘いのではないかとも思ったが、一度叱責をもらった以上は話すわけにはいかなかった。しかし、かといってこのままでは退屈さに押しつぶされそうであったため私は西本の股間がどういう形態をしているのかということについて真剣に考え始めた。すると、不思議なことに私は急激に眠くなってきたような気がした。おそらく脳が無駄なことを考え始めたということに気づいたのだろう。

 朝が来た。体操着から制服に着替えて朝食会場に向かうと前日と同じように友人たちと談笑しながら食事を済ませた。この日はとくにやることもなく閉会式が終わるとバスで母校へと帰宅するだけであった。さすがに閉会式ではあの男は行動を起こさなかった。わたしはそのことにすこし安心しながらも明日からは機会を伺ってあの男に話しかけてみようと決心した。

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