第2話

中学校という新たなコミュニティの中での生活もある程度慣れてきた。新たな友達として神本と森岡、吉岡という奴ら仲良くなったこと以外は特に変わりがなかった。私の学校では入学して数週間後に新入生同士の合宿があり、今日はその一日目である。学校から少し離れた場所にある宿泊施設で数日間過ごして、級友との親睦を深めるというのが今回の行事の趣旨である。いくら同じ学校の人間と同じ場所で同じ夜を数日間過ごすとは言えまだ親しくなったばかりであったため、さほど享楽的な感情にはならなかった。

早朝、学校からバスに乗って我々は宿泊施設へと向かった。バスの中で友人が談笑していたが私は朝早く起きていたため睡魔に襲われ目的地に着くまでの間、取りつかれたように寝ていた。バスが到着すると横にいた小太りの男に起こされた。バスが駐車しているときにこれから三日間も心を開いていない人間と過ごさなければいけないことを考えているとさすがに少し憂鬱に感じてきた。しかし、宿泊施設は案外自然が豊かな場所であったため憂鬱だったはずの私の気持ちは多少癒された。我々はバスを降りると、やるせない気持で今回の行事の開会式が行われる場所へと列になって向かった。会場に入ると、先に到着したと思われる別のクラスの人間が背筋を立てて一言もしゃべらずに座っていた。

開会式が始まった。まずは黙想からはじまり入学式と同様に大人たちのつまらない話が始まった。私はどうせ退屈なものだろうと思い、あたまの中では綺麗な野糞の仕方について思索を巡らせていた。しかし、入学式のときとは大きく違うことが一つだけあった。校長の話が始まると後ろの方から微かに物音が聞こえてきたのである。振り返ってみると、一人の男が校長の話の途中で「フォー―――――――!」と声を上げて、円を描くようにして踊り始めたのである。恐らく、世界のどこをみてもこんな真似ができるのはこいつだけだろうと私は思った。入学初期という常人が緊張状態に陥っているであろうこの時期にこんなことができることに尊敬の念すら抱いた。

結局、その男は開会式が終わると同時に担任に叱られていた。しかし、本人自身は自分の行いに悪気を感じている様子が微塵もないように見えた。なかなか肝っ玉の据わったやつだと思うと同時に私は彼に興味が出てきた。この間の「うんこ」の件からするとどうやら私は「変わった人間」に興味を抱く性質をしているらしいということが分かってきた。クラス単位で行動することがほとんどであったため無念にもその男に話しかけることはできなかった。時刻は13時を回っていたため、私は自分に与えられた部屋へと行き着替えや洗面用具、筆箱やクリアファイルなどの入った重い荷物おいて昼食会場へと足を運んだ。昼食会場にはすでに長蛇の列ができており、15分程待たなければいけなかったため私は人間観察を始めた。入口の方からただならぬ空気を感じたので目を向けてみると明らかに頭のおかしそうな人が二人いた。一人は大柄で常に明後日の方向を見つめており、横にいた人間は目がとても大きく目線は常に下の方にあった。二人は仲がよさそうであり「ジャイアンとスネ夫」「おすぎとピーコ」のような組み合わせに見えた。関わってはいけない人とはこういう人のことを言うのだろうなと思い、今後の学校生活で彼らの横を通ったり、彼らと同じクラスになったりしたときは彼らのことを“腫物を扱うような気持ち”で扱おうと私は決心した。一応、リスクヘッジのために横にいた田町に二人の名前を聞いてみた。大男の方は和泉と言い、目の大きなやつ荒巻という名前らしい。彼らは内部進学してきた人たちであるらしく、二人は私の予想通りに本当に頭のいかれた人であった。聞くところによると和泉は小学校時代に同級生を半殺しにしたりおよそ人間が食べないであろうものを何食わぬ顔で食べていたりしていたらしい。田町から彼らのことを聞いているうちに私は並んでいた列の先頭にまで来ていた。

バイキング形式であったため、好きなものを取り終えると私は田町と共に席に座ってご飯を口の中にかきこんだ。同じテーブルには同じ班員として割り当てられていた西本という男と仙田という男がおり、田町と二人だけでご飯を食べるのは何か勿体ない気がしたので私は二人を田町との会話に混ぜて、四人で和気あいあいと昼ごはんを食べた。食事中も田町は私に和泉のことを話してくれた。彼のことを聞いていると私の学校がおよそ学校という教育機関に呼べる場所ではないなと思えてきた。それほどに和泉という人間の言動が衝撃的だったのである。


夜がくるまでにそこまでの時間は要さなかった。楽しくもないし苦痛でもないイベントを一通り終えると入浴の時間が近づいてきた。先ほど昼食のときに仲が良くなった西本と談笑しながら大浴場に向かった。我々が脱衣所に到着するとすでに来ていた同じクラスの人間が服を脱ぎ始めていた。私がそれに従うように服を脱ぎ始めると、これまで私の話に軽く相槌を打つだけだった西本が突然口を開いた。

「僕の性器って2kmもあるんだよ」

「は?」

私が拍子抜けしていると西本は理解を示していない私に少し不満げな顔で再度、しゃべり始めた。

 「いや、だから僕の陰茎は2kmあって普段は腰に巻いてるんだよ」

彼の性格が寡黙であり言動がその性格と対照的であったということもあって、私は爆笑した。爆笑というのは本来、複数の人間がドット笑うことを意味する言葉である。私は複数の人間がドット笑ったときと同じくらいのエネルギーで笑った。自分の陰茎が2kmもあると豪語する人間の性器が気にならないわけではなかったが万が一、食事中に同級生の下半身のことを思い出したらと考えると不快になってきたため彼に性器を見せてもらうようにねだるようなことはやめた。湯船でのぼせながら入学してから今日までに起こったことを思い返してみた。もしかすると、とんでもない学校にきてしまったのではないか。ここはこの世のディストピアなのではないかということを思ったりもしたが、その一方でそれもそれで人生経験として悪くないなとも思った。湯船から上がって体を洗うと一日の疲れが一気に襲ってきた。一刻もはやく宿に戻りたくなってきたため、一緒に体を洗っていた西本と共に駆け足で宿に戻った。宿に到着するとベッドメイキングをきちんとしてから床に着こうと一瞬考えたが、疲労と元来のめんどくさがりな性格が相まって碌にベッドメイキングをしないまま消灯時間とともに眠りに落ちた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る