第33話 お蘭の決心
雪花とお蘭が並んで先頭を歩く。その背後に蒼龍と猪三郎、そして最後尾に銀虫がふらふらと付いてくる。
「まあ、きれいなお花。百合ですわね」
「本当だ、きれい・・・」
中辺路の自然を堪能しながら、のんびりと歩く先頭の女性陣を眺めつつ、蒼龍はため息をついた。仕事から手を引くと約束した以上、たとえ雪花たちが伊吹らを襲撃しても助けに入ることはできない。猪三郎の言う通り、指を咥えて見ているしかないのである。しかも、一緒にいる以上、雪花たちの動きを察知して事前に伊吹たちへ警告を発することも不可能だ。これでは、どちらが監視されているのか分からない。
だが、蒼龍にはもっと心配なことがあった。それは雪花の本当の目的が分からないということだ。伊吹たちを追跡もせずに、こうしてお蘭と散策を楽しんでいる雪花の姿を眺めていると、まるで本来の任務を放棄しているようだ。それに対して猪三郎が不平を言う様子もない。二人の理解できない振る舞いが、蒼龍を不安にさせていたのであった。
蒼龍は他にも気にしている点が二つあった。
一つは、銀虫の様子がおかしいことである。この状況に他の誰よりも文句を言い出しそうな乱暴者が、黙ったまま雪花に付き従っている。そして、背後にいるというのに殺気や闘気が全く感じられない。まるで生きる屍だ。彼の身に何があったのか、蒼龍は雪花の関与しかないと大方想像はしていた。
もう一点は、三体の死人の行方である。おそらく隠れているのだろうが、もしかしたら、こうしている間に伊吹たちを襲わせているのかも知れないと、気になって仕方がない。しかし、これだけ慎重に事を運ぼうとする雪花が、そんな無謀な計画を立てるとは思えず、蒼龍は心の中の懸念を払拭しようと努力していた。それは的外れであったにしても、ある意味、正しい考えだった。雪花は、蒼龍とお蘭を伊吹ら一行から引き離そうとしているのである。もし、根来衆が彼らを捕らえようとしているところに蒼龍が出くわせば、仕事の範囲外だと判断して助けようとする可能性がある。それを防ぐため、自分たちに引きつけておくのが雪花たちの目的であった。
「あなた、こうしてゆっくりと進むのもいいと思わない?」
思案中の蒼龍にお蘭が話しかける。しかし、蒼龍は上の空だ。
「聞いてるの、あなた?」
お蘭に睨まれて、蒼龍はようやく気がついた。「ああ、うん」と生返事をする様子を見て、お蘭は拗ねたように前を向く。
「なにか、考え事でもなさっていたのですか?」
雪花が後ろを振り返って声を掛けたとき、鈴の音が鳴った。
「その鈴・・・ きれいな音色ですね」
お蘭が、雪花の腰紐にぶら下がる鈴を目にして話しかける。
「これ? 姉の形見なのよ。私にとっての大事なお守りね」
「お姉さんがいらしたのですか」
「年の離れた姉が一人、私がまだ幼い頃にこの世を去ってしまいました」
少し寂しそうな顔で、雪花は答えた。
「そうなんですね。私、独り子だったので、兄弟姉妹がいたら、どんな感じなのだろうって考えることがあります」
「いい事も、悪い事も、いろいろありますよ。でも、私にとっては姉だけが唯一の、心を許せる肉親でした」
『唯一の』という言葉が、お蘭には気がかりであった。両親は早くに亡くしていたのか、それとも不和であったのか、そんな複雑な事情があるのかも知れないが、質問することもできず、お蘭はただ、うなずくだけである。
「あなたには、素敵な旦那さんがいるから幸せね」
そう言って柔らかな笑顔を向ける雪花に視線を送り、お蘭も自然に笑みがこぼれた。敵と味方に関係なく、誰もが脅威に感じる力を持つ雪花も、お蘭にとっては一人の優しく頼りになる女性である。それに、雪花にとってもお蘭は大切な存在であり、両者の間には不思議な信頼関係があった。
「あんたに好い人は、いないのかい?」
二人の会話を盗み聞きしていたようである。蒼龍が話に割り込んだ。
「そんな人、いませんよ」
「言い寄る男性は数多だろ?」
「皆、体が目当ての人ばかりね」
蒼龍がうなずいて
「そりゃ、仕方がないな」
と返すので、お蘭は驚いて後ろを振り向いた。
「あなたも、邪な気持ちを抱いたりするのね」
お蘭に睨まれた蒼龍は慌てふためく。
「ああ、いや、それは誤解だ」
「何が誤解なんですか?」
猪三郎が大声で笑い出した。
「これはいい。尼子の百鬼夜行にも恐れるものがあったか」
傍から見れば、とても敵対しているようには感じないだろう。まるで旅の仲間のように親しく振る舞う四人の男女。時を同じくして、伊吹たちには危機が迫っていた。
森の中の道は狭く、複雑に蛇行していた。伊吹たち一行は、二列に並んで黙々と進む。聞こえてくるのは山雀の囀りだろうか。新緑に覆われた小道からは姿が見えない。
「そろそろ昼時か。どこかで休憩したいな」
先頭の伊吹が、皆に聞こえるように顔を横に向け、話しかけた。
「そうですね、次に広い空き地があったら、そこで休みましょうか」
後ろにいたお松が答える。誰も反対する者はなく、一行は少し足を速めた。
今は坂を登っていて、そのうち峠に差し掛かるはずである。そこに開けた場所があるかもしれない、と皆は考えていた。果たして、予想通り広い空き地に辿り着いたが、関所が設けられていたのは意外であった。
中世において、交通や物流にとって最大の障害として挙げられるのが関所である。各々の権力が関所を乱立して通行税を徴収していたため、移動や運搬に必要な費用は高くなり、人や物の流れを阻害する要因にもなっていた。戦国時代になり、勢力を拡大した大名たちは邪魔でしかない関所を廃止するようになった。これを強力に推し進めたのが織田信長である。
少なくなったとは言え、未だに関所は残っている。これまでも、伊吹たちは関所を通り、通行税を納めていた。しかし、今回は少し様子が違う。山中ということで、砦の役割もあるはずなのに、建造物はまったくない。代わりに、弓や槍、そして鉄砲を持った兵士が数多く、空き地の周囲に立っている。その兵士に取り囲まれるように、空き地の中央で数人の関守が並び、伊吹たちのほうを眺めていた。
「お前たち、どこから来たのだ?」
居丈高に問いかける関守に、伊吹は不満そうな顔で答える。
「因幡というところだが」
関守は、隣にいた男に目配せした後、低い声で話し始めた。
「因幡から来た者は全員取り調べるよう命じられている。お前たち、ここを通すわけにはいかぬ」
全員が関守の言葉に耳を疑った。なぜ、自分たちがここで捕らえられることになるのか、理解できないからだ。
「いけない、これは追手の罠よ!」
お松が勘づいたが、時すでに遅しである。周囲をぐるりと取り囲まれ、六人は完全に逃げ場を失った。全員が後ろ手に縄で縛られ、そのもう一方の端は別の者の腰に結びつける。こうして数珠つなぎにされたので、誰かが勝手に逃げることはできない。一列に並べられた伊吹たちを間に、兵士たちがその前後を囲み、やがて行進が始まった。
兵士たちは、東の方向に進んだ。後戻りすれば、蒼龍たちと遭遇することになる。それを避けるため、彼らは高野山に至る小辺路を利用するつもりであった。高野山からさらに北西に、目指す根来寺がある。
途中から往来の跡は消え、山の中を分け入るように進み始めた。本来の道を辿らず、最短で小辺路に入るつもりらしい。木の根につまずいて転倒しそうになりながら、六人は歩き続けた。休憩もできず、疲労で足が棒のようになる。日が傾き、あたりが暗くなり始めても、行進は止まらなかった。松明が焚かれ、夜の闇の中で見えるのは前を歩く人の背中だけ。もう、どこを歩いているのか伊吹たちには見当もつかない。
その行進が突然止まった。前方の兵士が異変に気づいたのだ。火薬の匂いである。
「全員、伏せ!」
その掛け声と同時に重い破裂音があたりに鳴り響く。悲鳴と叫び声が聞こえ、その後に剣を交える音で周囲は騒がしくなった。敵襲である。
身動きの取れない六人は、体を伏せたまま為す術もない。討たれた兵士が倒れかかってきたので、驚いた先頭の伊吹が道の端に逃れようとした。その先は崖になっていた。
悲鳴とともに、伊吹は崖から落ちてゆく。その後ろに結び付けられていたお松も伊吹の重みに耐えられず、後に続いた。こうして、源兵衛、お菊、お雪、そして三之丞と、全員が縄でつながったまま崖下に吸い込まれることになった。
そのうち、音が消え、周囲には静寂が戻った。全滅したのか、それとも逃げたのか、伊吹たちを捕らえていた兵士はいなくなったようだ。
崖から転落した伊吹は、何かに後ろ手の縄が引っかかって落ちるのを免れたらしい。今は宙に吊るされた状態になっていた。
「皆、大丈夫か?」
源兵衛の声が聞こえた。伊吹、お松、お菊、三之丞は返事をした。しかし、お雪の声が聞こえない。
「お雪、返事をして」
お松が叫んでも、やはり声は返ってこなかった。三之丞は、木に背中から衝突したものの、頑丈な体のおかげで怪我などはしていないようだ。腰に結ばれた縄が強く下に引っ張るのを感じ、お雪が宙吊りにされていることが分かった。まずは縄を切らなければ自由に動くことができないため、三之丞はどうにか体を移動させて、縄を切ることのできるものがないか背中の感触で探してみる。崖はかなり急ではあるが、垂直に切り立っている訳ではなく、その面は土でできていた。しかし、地中に岩が埋まっていて、尖っているところが見つかったので、そこに縄をあてがい、擦り付け始めた。
「今、縄を切っている。しばらく待ってくれ」
三之丞が皆に伝えてから、どれだけ時間が経過しただろうか。
「三之丞、まだか?」
苛ついた声で怒鳴る伊吹に三之丞は
「もう少しです」
と答える。背中越しに、岩で縄を切るというのは、いかに力のある三之丞でも難しいらしい。
それから少し経って、ようやく縄を切ることに成功した三之丞は、自分の腰に巻き付く縄を手に持ち、お雪を引き上げ始めた。体を抱き上げ、口のところに手をかざして息があるか確認する。
「息が荒いな」
お雪は生きていた。しかし、体が焼けるように熱い。
「お雪が怪我をしたようだ」
「大変、すぐに手当しなくちゃ」
お松の悲痛な叫びが聞こえた。しかし、暗くてどこを怪我しているのか全くわからない。
「とにかく、ここでは手当もできない。この崖を登るのは無理そうだな。下へ降りるしかないか・・・」
「おいおい、先に俺たちを助けてくれ」
伊吹が声を張り上げる。後ろ手でぶら下がっているので、逆さまの状態なのだ。さすがに限界が近いらしい。三之丞は、お雪の腰に括られている縄を引っ張り、お菊を木の上まで持ち上げた。
「お雪さんの容体を見てあげてもらえますか?」
お菊の手の縄を解き、三之丞はお菊にお雪の身を託した。不安定な木の上で、二人はなんとかバランスを保ちながら、それぞれの役割をこなしていく。三之丞は、お菊の腰に巻かれた縄を使い、源兵衛を引き上げようとした。
「ちょっと待ってくれ。お松殿の体も一緒に引っ張ってしまう」
源兵衛の叫び声と同時に、伊吹やお松の悲鳴が聞こえる。どうやら、今まで保たれていた均衡が破られたようだ。三人は再び落下を始めた。
「危ない!」
三之丞が、慌ててお菊の体を支えようとする。腰の縄がピンと張り、お菊は下に引きずられた。
運のいいことに、地面まではほんの少しの高さだったので、お菊の体は斜面の途中で止まった。しかも地面は砂地だったので、落下した他の三人も無傷だ。
無事が確認できた三之丞は、まず、お雪を縛っている縄を全て解いて体を抱きかかえると、慎重に斜面を滑り落ちていった。次に源兵衛の縄を解き、お雪の手当を依頼してから、お菊、お松、伊吹の順に救出を進める。
お松は解放されてすぐ、お雪を探した。
「源兵衛さん、お雪は大丈夫?」
「暗くて何も見えない。すぐに火を起こそう」
最後に助けられた伊吹は三之丞に不満を言う。
「雇い主を先に助けるべきだろ?」
三之丞は何も言わず、源兵衛たちのいる場所へ移動を始める。
兵士は、伊吹たちの武器や荷物は取り上げなかった。源兵衛の持つ医薬品の数々も無事である。しかし、苦労して集めた焚き木で周囲が明るくなり、お雪の様子を目にした源兵衛は愕然とした。手持ちの道具だけでは為す術もない。お雪は、胸と脇腹の二箇所に銃弾を受けていたのだ。
空が赤く色づき始めた頃、蒼龍たちは発心門王子までやって来た。五体王子の一つであるが、藤白神社と同様、今では荒れ果てるままに放置されていた。
「まさか、同じ場所に泊まるつもりじゃないだろうな」
蒼龍が雪花に話しかけた。
「あら、別にいいじゃないですか」
「馴れ合いはしないと言ったはずだ」
「そうですか、残念です。では、また次の機会に」
軽く礼をして雪花は先へと歩き出す。後を追いかける猪三郎は、蒼龍に鋭い視線を送っていた。最後に銀虫が、蒼龍たちなど目もくれずに立ち去ってゆく。三人の背中を目で追いながら、蒼龍は自分の顎を軽く撫でた。
「宿はここしか無さそうなのだが・・・」
発心門王子から東にある小さな集落に、寂れた、しかし、比較的大きな宿があった。宿泊できる場所は他に見当たらないのに、いつもの目印がどこにもない。
「もっと先に進んだのかしら?」
「そうかも知れぬが・・・ さすがに今から進むのは無理があるな。俺たちは、ここに泊まろう」
お蘭の不安そうな顔を見た蒼龍は
「大丈夫、心配はないよ」
と口では言ったものの、なにか腑に落ちないといった様子であった。
夜になり、お蘭は横になっているだけで、なかなか眠ることができなかった。人を殺めなければならない。しかも、その相手はお初かも知れない。命を奪うことが本当に唯一の救いの手段であるのなら、そして自分がそれを実行しなければならないのなら、甘んじてそれを受け入れるしかない、お蘭はそう考えていた。しかし、その時が来たら、本当に自分にできるのか、自信がないのだ。特に、相手がお初なら、躊躇するのは当たり前の話であろう。
思い悩んでいるうちに頭がぼんやりとして、気がつけば黒い門の前で立ち尽くしている自分がいた。隣には、あの老婆が墨で塗ったような瞳をお蘭に向けていた。
「さて、諦めて戻るがいいぞ」
お蘭は首を横に振りながら
「教えてください、どうして命を奪うことが救いになるのですか? それは、自らが選択すべきことではないのですか? 本当に何もかも失ったと他人が判断するなんて、不可能ではないですか?」
と矢継ぎ早に問いかけた。老婆は、その顔を睨みながらも黙して話を聞いた後、こんなことを尋ねた。
「お前は、人生の幕引きを自分自身の判断で決めろというのじゃな。では、相手から殺してくれと頼まれたら、どうするつもりじゃ?」
お蘭は、少し思案した後、おもむろに答えた。
「その時は、生き続けるよう説得しますわ。支えになるものは必ずあるはずだから」
「お前さん、矛盾してるね。相手の選択したことを、否定するのかい?」
「それは・・・」
なんとも意地悪な質問である。お蘭は、門を開けてほしいと願う一心で、老婆を納得させる方法を考えた。
「違います。話していれば、きっと自分にとっての拠り所が見つかるはず。自らそれが得られるまで説得をするのです」
「なるほどな。それで何も見つからなかった時はどうするのじゃ?」
「その時は・・・」
「自分で死ねと突っぱねるかね?」
笛を鳴らすような笑い声を出して、老婆はお蘭のことを嘲る。お蘭は目に涙を潤ませながら
「お願いです。お初ちゃんを助けたいんです。この門を開けて」
と懇願した。老婆の顔が険しくなる。
「どうやって助けると言うのかね?」
「果ての世界に行かせないようにしなきゃ」
「それは本人が望んでいることじゃよ」
「あの子は騙されているんです」
「あの子の決心は固い」
老婆の鋭い目に圧倒され、お蘭はそれ以上言い返すことができなかった。老婆はなおも尋ねる。
「救いとは、何だ?」
お蘭は涙を拭い、老婆の顔を見て答える。
「人は生きている限り苦しみから逃れられない。でも、その人にとっての生きる糧があれば、苦しみを耐えることができるはず。それを見つけることが救いだと思います」
「では、お前にとって生きる糧とは何かね?」
「愛する者です」
老婆の顔のしわが倍に増えた。気味の悪い笑い顔を前に、お蘭は息を呑んだ。
「お前の愛する者はいずれ死ぬ。お前のほうが先になるかも知れぬがな。それでもお前は救われていると言うのかね?」
「それはずっと先の話ですわ」
また喘ぐような甲高い笑い声があたりに響く。老婆は苦しそうに息をしながら、お蘭に言葉を投げかけた。
「おめでたいねえ、本気でそう思っているのかい? 夜があるから朝が存在できる。生と死も同じこと。闇は必ず訪れる。終末の日は誰にも分からん。それは近い将来かも知れぬし、もしかしたら明日かも知れぬ」
黒い目を大きく見開き、老婆は急に小声になった。
「お前の言う通り、生きている限り苦しみから逃れはしない。人は無いものを欲し、手に入れれば失うことを恐れる。それは光と影のようなもの、一方だけが存在することはあり得ない」
お蘭は、ここから逃げ出したくなった。老婆の言葉が、自分から幸福を奪ってしまうように思い、恐れを感じたのだ。その圧倒的な気迫に飲み込まれ、自然に体が震えてしまうのだ。
「分かったら、さっさと自分の世界に戻るんだな。これからは、やがて来る苦しみに怯えながら暮らすがいい」
老婆がそう言い残して立ち去ろうとした時、お蘭は無意識に叫んでいた。
「お待ち下さい!」
老婆が鋭い視線をお蘭に投げ掛ける。その眼力を、お蘭は真正面から受け取った。まだ立ち向かえる力がどこに残っていたのか、自分でも分からない。
「確かに、いつかは愛する者を失うかも知れない。自分が先に死ぬかも知れない。でも、私はそれを甘んじて受け入れるだけ。たとえ、明日この身に何かが起ころうとも、私は精一杯、耐えてみせるわ!」
しばらくの間、二人とも沈黙した。吹きすさぶ風は、お蘭の熱くなった体を冷ましてくれる。
「まだ、そんなことを言える気力があったのかい」
老婆が体を再びお蘭に向けた。お蘭は、自分の思いをすべて吐露し始めた。
「お初ちゃんがどうして自分の身を犠牲にしてまでお姉さんに会いたいのか、私には分からない。分からないままで終わるなんて事、絶対に嫌です。私は、お初ちゃんともう一度きちんと話がしたい。もし、それで納得することができたら、お初ちゃんの気持ちが理解できたら、私は一緒に果ての世界まで行きます。それが、お初ちゃんの選んだ道だから」
お蘭の話を聞いた後、老婆は再び問いかけた。
「では、お初が殺してくれと頼んだら?」
お蘭の目から涙がこぼれた。それを拭おうともせず、彼女は毅然と答える。
「それがあの子の望むことなら、他に道がないのなら、私は手を汚しても構わない」
お蘭が言い終えてからも、老婆の視線が彼女の目から離れることはなかった。お蘭には、その二つの目が自分に向かってくるような錯覚を覚えた。しかし、不意にその目が閉じて、お蘭は束縛から解放された。
「あの子は将来、呪いを受けることになる」
「呪い?」
「永遠に終わることのない呪い、誰も解くことのできない呪いじゃ。果たして、お前にあの子を救うことはできるかな?」
突然、扉から光が漏れ出した。それは複雑な幾何学模様を扉に描き出す。分解された扉の破片はランダムに反転して消えていき、少しずつその奥の世界が露わになる。
「途中で倒れるか、それとも亡者に食われるか、まあ、せいぜい頑張ることだな」
扉の向こうの世界は、今までとは全く異質のものであった。空には血のように赤い雲が渦を巻く。地面も赤黒く色づき、所々に不気味な形をした枯れ木が生えている。そして、遠くに黒々とした山々が連なっていた。これが地獄の世界なのだろうか。お蘭は、その光景に息を呑んだ。
「望み通り、扉を開けてやったんだ。さっさと行ってしまいな」
お蘭は長い間立ち尽くしていたが、やがて両手を握りしめ、震える右足を一歩前に出した。よろよろと進み、門をくぐり抜けた瞬間、背後からの日差しが消え去る。お蘭が振り向いた時、そこにあったはずの門はなくなり、赤茶けた大地だけが目の前に広がっていた。
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