第11話

 流石元王城。白くて大きな両開きの扉には、金箔を張った跡がある。あらかた何者かにがされてしまっているが、高いところはうっすらと金が残っている。

「ここかな?」

「だろうな。開けてみよう」

 俺たちが扉に手をかけると、イルザが顔色を変えた。

「魔物って言ったでしょ」

 俺たちは既に開けかけていた扉の隙間から中を見た。それなりに音が鳴ったのだ。中に魔物がいたとして、気づかれないわけがないだろうが……。

「アッ、目合っちゃった」

 隣のヴィルが小さく声を上げる。やっちゃったな。

「目合ったならさっさと開ける! 臨戦態勢取って!」

 イルザに言われるがまま、俺とヴィルは勢いよく扉を蹴破けやぶった。

 中にいたのは、ヴィルの倍ほども背がある、でっぷりとした緑色の魔物だった。顔にも肌にも紫のおできが出来ているし、多分風呂にも入っていない。それなのに服は真っ白の絹で、しかも金糸きんしで縫い付けた模様が縫われている。例えるなら魔物の姫、といった風貌ふうぼうだろうか。

 魔物の後ろにはずらりと瓶が並べられている。魔物にとっては小瓶だろうが、俺達からすれば酒瓶程度の大きさだ。

「まぁまぁ! 姫のお城へいらっしゃい。お茶? ジュース? それともお酒?」

 魔物が気を回してくれているが、全てにおいて口に入れられそうな色はしていない。こんなごつい図体をしておきながら、どうやら毒使いのようだ。

「あんなゲロブスが姫なら私は女王だわ」

 イルザが鼻で笑う。

「でもお前には女王の品格がないだろ」

「あんたにも王子の品格ないけどねぇ」

 お互いに言って傷ついた。この争いはやめておいたほうがよさそうだ。

「姫ねっ、皆とお友達になりたいのっ! 魔界ではほら、姫可愛すぎて馬鹿にされちゃってたから……」

「まぁ確かにオーク界では小ぶりでなよなよしいかな。オークはでかくて顔の派手な美人がモテるから」

 イルザが俺たちに説明してくれるが、これで小ぶりなら魔界にいるオークはどれだけ大きいんだろう。オークは目を潤ませてイルザを見た。

「そぉなの! あなた分かってくれる?」

「分かる分かる。殴り合いじゃなくて話し合いで解決するならそうしましょ」

「いや、殺すけどぉ」

 言葉が通じるのに相手に会話する気がなかったようだ。突然振り下ろされた棍棒をイルザは難なく避けた。目で合図されて呪文を唱えようとしたら棍棒が飛んできた。いや、離れていると思ったけど魔物の攻撃範囲内だったようだ。浮かびかけの炎が消され、呪文が消えてしまう。

「あなたさっき私のこと、ゲロブスって言わなかったぁ? ガリブス! 陰湿なんだよ!」

 オークの意見はごもっともである。言い返す言葉もない。いや、イルザは痩せてはいるけどガリガリではないと援護するべきだろうか。

「イルザは引き締まっているだけだと思うけどな」

 ヴィルがぽつりと漏らすとそっちに棍棒が飛んでいった。なんとか逃げ切ったみたいだが、本人は突然飛んできた棍棒に驚いている。このオークは容姿のことをめちゃくちゃ気にする方なのかもしれない。顔面や体型なんて飯の足しにもならないんだから気にしなきゃいいのに。

 イルザは俺の方に近づいてきた。オークはイルザに敵意むき出しで(当たり前だ)、歯ぎしりをしながら割れんばかりに棍棒を握りしめている。丸太ほどもありそうな棍棒がみしみしと音を立てている。

「魔法」

「『炎の精霊イフリータよ……』うおっ!」

 棍棒が俺の足元すぐに振り下ろされた。ヴィルが後ろから飛び出してきてオークの手の甲を叩いた。みし、と嫌な音が聞こえる。

「ああっ! 痛い、痛いいいいぃぃぃ!」

 ヴィルがオークの骨を折った。しかも木製の棍棒で。オークは棍棒を取り落とし、野太い悲鳴を上げる。手の甲は痛々しく腫れ上がり、手首があらぬ方向にぐにゃりと曲がる。俺たち一行は信じられないものを見る目でヴィルを見た。

 どうなってんだコイツ。

「てへへ」

「てへへじゃねーよ、馬鹿力」

 のたうち回るオークに向かって魔法を唱える。

『炎の精霊イフリータよ、汝の力を我が手に与え給え。火球』

 小さな火球が飛んでオークの顔に当たる。オークは再び悲鳴を上げた。普通の魔物と違ってまだ死なない。正直言葉を話す相手を殺すのは気が引けるが、殺されるかコイツの毒で病気になるかの二択は歓迎できない。

『炎の精霊イフリータよ、汝の力を我が手に与えたま』

 棍棒が俺の腹に食い込んでいた。飛びかかっていくヴィルをオークが乱暴に振り払うと、ヴィルは壁に叩きつけられた。

 地面に俺が嘔吐おうとしたものが広がっていく。体の痙攣けいれんが止まらない。ヤバい、死ぬ。死ぬ。毒なんかよりもっと直接的に、強制的に死のふちに引きずり込まれる感覚。意外と怖いという気持ちは薄い。そんなことよりも、まずい、なんとかしなくてはと焦る気持ちで床の大理石を引っいていた。

 逃げたいが痛すぎてまともに立ち上がれない。旅に出されてたった二日で死ぬなんてあり得るだろうか。俺が死んだところで元々忌み子なのだから、きっと泣いてくれるのは母さんだけだろうが。

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